陰陽寮入学前日
「成功……?」
「成功も大成功だ! 初めてにしちゃやるじゃねェか」
まるで自分のことのように喜ぶミツは、もう癖になってしまったかのようにアキラの頭を撫で回す。ひらりと地面に落ちた式神をミツは拾い上げて、アキラにひょいと投げ渡す。紙故に、ひらひらと不器用に舞いながらもアキラの方に投げられたソレを、何とかぱしりと掴み取って、沈丁に戻ろうとするミツの後ろについていった。
「一回使った式神って、何度も使えるんですか?」
「他の術で燃え尽きたりしない限り使えるな。マ、大抵移動に使った式神くらいしか二度も使えねェが」
やってきた時とは正反対に、自信のついた足取りで沈丁の地面を踏み抜く。ミツの向かった先は、当然ミツの屋敷で。やはり何度見ても他とは違った美麗さを見せている。優れた陰陽師とは、収入というのも増えるのか、とどこか下世話なことを考えながらもアキラはミツの屋敷の中に再度入る。客間の扉をガラリと開けたミツは、ぴたりとその動きを止めた。妖怪討伐の時のようにミツの背中にぶつかってしまったアキラは、くぐもった声を上げた。
「むぐ」
「前を見て歩かぬか」
「だって……」
呆れたような言葉を紡ぐキュウに反論しようとしたが、それを遮るようミツの大きな怒鳴り声が屋敷内に響いた。
「なッんで此処にいる、テメェ!!」
ミツがこうも荒々しく声を上げる相手なんぞ、アキラが今日見知った仲で一人しかない。ミツの後ろからひょこりと顔を覗かせると、案の定そこにはハルが居て、まるで自分の家かのように寛いで茶を飲んでいた。
「帰ったか」
「帰ったかじゃねェんだよクソボケ、なんでテメェが此処に居ンのか聞いてんだ!」
「討伐が早めに終わったからな。待っていた」
ハルの何とでもないような口調に、後ろに立っているアキラでも分かるほどにミツの背中がふるふると震える。その原因が怒りだということは分かりきっているため、アキラは慌ててミツの前に出てハル声を掛けた。
「お疲れ様です、ハルさん」
「あぁ。聞いたぞ、妖怪討伐を見届けたようだな」
「座敷童子から、ですか?」
「いや、此奴からだ」
ハルが指差す先にはひらり、ひらりと蝶の形をした紙が飛んでいる。アキラが見たことのある式神とはだいぶ形の違うソレに、釘付けになっていると蝶形の式神がアキラの方へと飛んできて、アキラの鼻の上にちょこりと乗る。
「随分と便利な奴でな、情報収集を得意としている」
「すごい、なんでも出来るんですね」
「陰陽道は万能ではない」
そう言って、ハルは人差し指で蝶を引き寄せて、ただの紙へと戻す。ハルが茶を再度啜ったところで、ある程度冷静になったミツがハルに問う。
「……なんで戻ってきた」
「上の面倒な話に付き合ってきた。あと、そいつの入学書を入手したからな」
「入学書?」
アキラが首を傾げると、何やらが書かれた紙が一人でにアキラの元に飛んでくる。それをくしゃりとならないように丁寧掴んで中を見てみると、陰陽寮入学届という文字が並んでいた。
「陰陽寮……?」
「魔法学校の陰陽師版のようなものだ。年齢構わず様々なものがそこで学んでいる」
とんとん拍子で進んでいくアキラの身置き場の話にアキラ本人が着いていけず、思わず後ろに立つミツの顔を見る。ミツは、あまりに言葉足らずなハルに呆れたような溜息を吐いた。
「簡単に言うと、学校に入学して陰陽道を極めろって話だな」
「えっ、ミツさんが教えてくれるんじゃ……?」
「私は実践専門だ。理念理屈云々はちゃんとした奴に教えてもらった方が良い」
「なる、ほど……」
てっきり、ミツが師匠となって教えてくれるのだと思っていたアキラは、少し残念そうに顔を落とす。そんなアキラを見たミツは、心配するなと言ってのけた。
「陰陽寮の教師も、生徒も中々にネジの外れた奴らばかりだが、魔法界にいるような奴はいねェよ。皆同じような経験をしてきたからな」
こくり、不安げに頷いてアキラはハルに向き直る。
「一ヶ月間、俺はミツさんのとこと陰陽寮を行き来して修行をする……っていうことですか?」
「そうだ。明日は陰陽寮に行く。準備はいらないが、一週間後には袴を一人で着れるようにはなっておいた方が良い。いつまでも着替えで其奴を頼るわけにもいかないだろう」
「が、がんばります……」
アキラの言葉に満足げな表情を浮かべて、ハルはアキラの手を引いて外に出る扉の方へ向かう。
「オイ、どこに連れてく気だ?」
「俺の家だが?」
「此処に住ませりゃいいだろ」
「女のお前の家に住ませる訳にはいかない。そうお達しだ」
「はーァ、お堅い野郎共だな」
「口を慎んだ方が良い」
ハルの言葉に、ミツは肩を竦める。いったい何の話かはアキラには分からなかったが、アキラはハルの家に住むことになるらしい。綺麗な女性であるミツともしかしたら一緒に住むことになるかもしれない、なんて胸が弾みかけたのは確かだが、と考えたところで思考を振り落とすために首を振る。しかし、先ほどからハルが告げている上、とは何なのだろうか。そう首を捻っているうちにアキラは扉の前に着いていた。
「じゃあ、またなアキラ。そこの野郎に酷ェことされたら、すぐに駆け込んで来るんだぞ」
「ははっ、ありがとうごさいます。ミツさん」
手を振ると、ミツも手を振り返してくれる。まるで迷子の子供を案内するかのようにアキラの手を引くハルの手を、キュウがぱしりと思い切り叩いた。
「手を離さぬか、不愉快だ」
「これが一番効率的だろう」
「どこがだ? 口を閉じ、はよう行かぬか」
顔を合わせれば冷戦状態の一人と一匹に、アキラは困ったように宥める。ハルのこととなるとキュウの機嫌がすぐに悪くなってしまうのだ。機嫌を損ねたキュウ構っているうちに、あっという間にハルの屋敷の前に着いてしまったのである。
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