陰陽師に成る覚悟


 じゃり、じゃらり。と地面に散らばる大小様々な砂利石を踏み分けながら林の奥へとずんずん足を踏み込んで行く。先までは木々の間からちらりと晴れ間が覗いていたのだが、奥へ奥へと行く度に隙間から差し込む光という光が遮断されていた。昼間だというのに、まるで夜のような静けさと暗さが辺りを包み込む。ひゅるりと不穏な雰囲気が身体を通り抜けているようで、アキラは思わず身体を震えさせた。二人分の足音は、恐ろしいまでに木々に反射して、嫌に大きく林の中に響いている。魔法世界にも幽霊、なんていう概念は存在するがそれは魔法化学によってしっかりと証明されている。故に、このよう恐怖をもたらす現象など数少ないに等しいのだ。当然、そんな世界で生きてきたアキラも所謂いわゆる怪奇現象というものに差し当たったこともなく、恐怖でキュウを思い切り抱き締めてしまうのも仕方のないことであった。


「……ここだな」


 ミツが突然足を止める。辺りを警戒しながら歩いていた為に、アキラは気付いて止まることもできずに、ミツの背中に勢い良く顔をぶつける。ミツと背丈が頭一つ分ほど違うために、アキラは止まったミツの背中から恐る恐る顔を覗かせる。辺りの薄暗い雰囲気とはまるで違う。景色は同じだが、そこに渦巻いているモヤの濃さが尋常なものではなかった。長時間覗き込んでいれば、まるでその深淵に呑み込まれてしまいそうな程に暗く、底の見えない闇。此方が深淵を見ている時、深淵もまた此方をのぞきこんでいる、とは誰の言葉だったか。そう、その言葉を体現するような闇がアキラ達の目の前には広がっていた。


「出てこない……ですね」

「マ、そりゃ簡単に私らの前には出てこねェだろうな」


 ミツは仕方ない、とでも言うように肩を竦めてしゅるりと髪を解くために簪を引き抜いた。その勢いでふわりと白い髪が背にかかってひゅうるりと吹く風にはためく。ミツの後ろに立っていたアキラにもミツの髪が重なるかと思ったが、それを許さなかったキュウが尻尾でぱしりとミツの髪を横に下ろさせた。ミツは袖から式神を取り出し、湿り気を見せる地面に設置する。ちりりとした感覚がすることから、その式神がミツの霊力が含まれたものであることが分かる。瑠璃色をした簪を、式神に向かってびょうと投げ付けると、まるで吸い込まれるようにして式神の中心に刺さった。簪を解いた勢いで、片目にかかったシルクの髪を右手で払い、息を吸う。


りんぴょうとうしゃかいじんれつざいぜん


 聞き慣れない呪文と共に、まるで魔法陣でも描くようにして指を横、縦と九回動かし、言い終わったと共にドン、と地面を踏み鳴らした。凛と鳴り響く鈴のようにミツの声が林中に巡るったかと思えば、簪に串刺しにされた式神がじり、とまるで火に炙られたように焦げて地面に溶け込む。瞬間、ぶわりと奥の方に渦巻いていた黒いモヤがぐるりと一箇所に集まり、一つの形を成した。


「う、わ!?」


 先までは軽く吹いていた風がびゅう、と強いものに変わり、アキラは思わず目を思い切り瞑ってしまう。次に目を開けた時に、アキラの目の前に現れていたのは──


「だぁれ、おねえちゃんたち」

「こ、ども……?」


 ぼさぼさの白い髪に、まるで死装束かのような真白い衣服を纏った、少年と称するにも小さすぎる子供の姿であった。どこまでも無邪気な声がアキラの耳朶を叩く。はく、と震えるアキラの唇からは、震えた声しか漏れ出なかった。


「お前が、一反木綿か」

「おねえちゃん、ぼくと同じしろいかみ。おそろい」

「力を扱えるようになってから然程さほど日は経っていねェようだな」


 辿々しい口調も、まるで子供のようにしか思えない。ミツの背中に庇われている状態になっているアキラはキュウに促されて一歩後ろに下がる。


「妖怪の言葉を真に受け止めてはならぬぞ」

「……キュウが、言うんだ。ソレ」


 茶化すような言葉を紡いでいなければ、冷静でいられそうになかった。ふん、と鼻を鳴らすキュウは震えるアキラの手に気が付いているのか、いつもよりもアキラに寄り添ってその温もりを伝えている。


「人間を襲うのを、止める気はないな?」


 ミツの言葉には、どこか確信が混ざっているような気がした。


「どうして、やめなきゃいけないの」

「どうして」

「ぼくのこと、おなかのなかでころしたのに」

「どうして?」


 純粋な疑問が、アキラを襲う。どうして、なぜ、どうして。分からないことを何でも聞いてみる子供のように、一反木綿は告げる。怖かった、あまりに、恐ろしかった。妖怪とは、ヒトの思念とは、このような形なのだと。ミツの背中越しに見える一反木綿の表情は、本当に何もわかっていないように見えた。己を殺した人間に復讐して何が悪いのか、水子の無念をそっくりそのまま形にしたような、そんな存在だった。


「ぼくがね、だっこして、って首にだきつくとね、みんなうごかなくなっちゃうの。ぎゅう、ってしてほしくて、お顔にちかづくとね、うごかなくなっちゃうの」

「お前が殺してんだ、全員」

「でも、しかたないよね。ぼくを、ころしたんだから」


 先まで無邪気な子供の様子をしていた一反木綿の雰囲気が、一気に薄暗いものに変わる。ぐるぐると一反木綿の周りで渦巻く黒いモヤの勢いが増して、ミツに襲い掛かろうとした。


「どうしてわるいの? ぼくはしたいことをしてるだけ、だから、おねえちゃんたちもおなじように」


 ぼくといっしょになって。そうしてミツに飛び掛かろうとした一反木綿だったが、ミツの実力に敵いなどせず、べしゃりと地面に崩れ落ちる。一反木綿が崩れ落ちた場所には先ほどミツが突き刺した簪が存在していた。まるで、動く術を奪われたかのように一反木綿が簪を中心に蠢く。肌を焼くような熱が簪を中心に伝わってきて、その熱と共鳴でもするように、一反木綿の身体から黒いモヤが取り除かれていった。


「よし」


 ミツがそう声を漏らして、地面に刺さったままの簪をぐいと引き抜く。まだ、ヒトの形が残ったままの一反木綿は、意識を失っているのか、それとも力を吸い取られたからなのか、ぴくりとも動かなかった。


「初っ端から随分重いモン見せちまったな、別の案件選びゃ良かったか」

「……いえ」


 アキラは首を振る。陰陽師というものが、どんなものを背負ってその使命を成し遂げているのか、一欠片だけで分かった気がしたから。


「むしろ、覚悟が決まりました」


 顔を青ざめさせながらも、ぎゅうとその掌を握ってミツと対面するアキラに、ミツは満足そうな笑みを浮かべてアキラの頭をぐしゃぐしゃと搔き撫ぜた。

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