一反木綿の痕跡追いし
半刻ほど歩いた頃、一つの町を横切ったミツ一行はとある林の中腹部で足を止める。これから起こることに緊張で胸をドキドキさせっぱなしのアキラは、少しでも気分を紛らわせるためにと辺りをきょろきょろと見渡していたが、それが運の尽きでもあった。林を観察していたアキラが目にしたのは、頼りなく立っている木の棒の一つ一つに、ボロ切れの白い布が巻かれている様子であった。立っている木の棒にどのような理由があっても気味の悪いソレに、アキラは思わずごくりと唾を飲み込む。恐ろしい様子だというのに、何故か目を離すことが出来ずにじィっと視線をそちらの方にやっていると、白い布が巻かれていない一つの木の棒を中心に、何やらドス黒い煙のようなものが渦巻いているのが見える。
「見えるか?」
「黒いモヤ、が」
「ソレが妖怪の生まれる原因にもなる人間の思念だ」
「アレが……」
明らかに人工的に作られているだろう木の棒達は、黒いモヤを渦巻かせて薄く林中に広がっていた。恐怖の感情をちらりと見せるアキラの気を逸らさせるように、キュウが尻尾をアキラの首周りに沿わせる。
「変死の理由は覚えているよな?」
「は、はい。窒息死って言ってましたよね」
林に入る前に村の住民達に聞いた変死の情報を答える。黒髪の少年と白髪の綺麗な女性のコンビに怪訝そうな視線を向けられることもあったが、それはもう慣れっこなためにただ情報を集める為に尽力していた。この辺りで起こる変死の死因は窒息死。それも、紐でも、人の手でもなく何か布のようなもので締められた痕が残っているらしい。魔法での殺害は、魔力の痕跡によって見つかりやすいために当然行われることは少ない。が、規定通り魔法での殺害を疑われて調査も入ったそうだが、魔法の痕跡は一切残っていなかったそうだ。犯人の目処も殺害方法も目処が立たずに結局、数件起きた事件は変死として処理されている。そしてその情報が座敷童子に渡り、今ここにミツとアキラがいるというわけだ。
「あの布見て、どう思う?」
「……そう、ですね。窒息死というなら、あの布でも出来るな……と」
あまり考えたくないことだが、躊躇いながらアキラは考えを紡ぐ。アキラのその答えにミツは、鋭い瞳で布の方を見つめながら頷いた。
「私も同じだ。むしろ、アレしかないだろうな」
「どうしてですか?」
「ありゃあ墓だ。墓ってもんはな、人間の思念が溜まりやすいんだよ」
「お、墓……」
思ってもみない答えに、アキラは絶句する。アキラの見たことのある墓というものは石に見事なまでに名前などが刻まれ、その下に棺桶が埋まっているようなものである。あんな、表現は悪いが粗雑な作りをした墓は、アキラが初めて目にするものであった。
「どこにでもあるだろ、古くからの習慣ってのが。あの墓がそうだ」
「じゃあ、あの白い布がかかっていないお墓はもしかして……」
「あァ。妖怪になってどっかを飛び回ってんだろうよ」
アキラはもう一度視線を墓の方に戻して、見つめる。墓と聞いた途端、先までは気味の悪いものでしかなかった物体が、どこか物悲しいもののように見えて仕方がなかった。
「木綿の布だな」
今の今まで黙っていたキュウが唐突に告げるものだから、アキラは横に目を向ける。布がどのような物か知って、何になるのだろうか。
「知ってんのか、九尾」
「ちぃと昔に耳にしたことがあるような気がしてなぁ」
教えてやろうか、とミツに挑戦的な響きを含んだ問いを投げ掛けると、ミツは舌打ちを盛大にかました。治安の悪いソレにアキラは一瞬肩をビクつかせるが、自分に向けられた物ではないために事の成り行きをオロオロとしながら見守る。
「教えろ、クソ狐」
「全く、それがヒトに物を頼む態度か?」
「人間じゃねェだろ」
「言葉の綾というものを知らんのか、お前は」
やれやれ、と態とらしく溜息を吐くキュウに、ミツは眉間の皺を深くする。今にも言い争いが祓い合いになってしまいそうな雰囲気に、アキラはおずおずと口を出した。
「キュウ、知ってるなら教えて欲しい」
「ふん、お主の頼みなら仕方がないな」
「なら最初から話せばいいだろ、合理的の頭文字もない野郎だな」
「吾にヒトの常識とやらを押し付けられても困る」
再度林の中に響くのはミツの不機嫌そうな舌打ち。本当にキュウとミツは相性というものが悪いようだ。咎めるようにキュウの尻尾を一撫ですると、キュウはミツを揶揄うのに満足したのか言葉を紡ぎ出す。
「
「布の妖怪ってこと?」
「さァ。あの頃はまだ布の形しか取れなかったようだが、今は分からん」
「使えねェな」
「そも、一反木綿の情報を知り得なかったお前に言われとうないわ」
ケラケラっ、と愉快そうな笑い声を零した後に、キュウはアキラの肩から降りて墓の方に近付く。危険だからとアキラが止めようとしたが、その制止を聞かずにキュウは黒いモヤに向かって尻尾を一振りした。すると、たちどころに黒いモヤが一気に晴れて墓の本来の姿が明らかになる。
「アイツ……妖怪なのに穢れを祓いやがった」
「ケガレ?」
「思念の塊のことをそう言うんだよ。霊力じゃなきゃ祓えねェと思ってたが……」
「ふん、妖力も使いようによってはできるのだ」
自慢げな顔をして、あっという間に穢れとやらを祓ったキュウは再びアキラの肩の上に飛び乗る。そして、褒めろとでも言うようにアキラの頰に己の体を押し付けてくる。アキラはそのお願いを叶えるために、肩に乗っていたキュウを腕の中に抱えて、これでもかという程に撫でてやった。
「奴はこの林の更に奥の方に居るようだぞ。吾はもう疲れた、これ以上手出しはせん」
「大妖怪が何言ってんだ……マ、いい。行くぞ、アキラ」
「はい!」
自由気ままなキュウに呆れ返った溜息をミツは吐いて、林の先を進む。キュウに己の仕事の一部を奪われたのが気に障ったのか、それとも陰陽師の手際というものをアキラに見せてやるためか、ミツはいつもよりも気合いが入っているようだった。
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