同情はいらない


「座敷童子、さん?」


 そう呼んでいいのか悪いのか分からず、言葉の節々にクエスチョンマークを浮かべながらアキラは目の前の少女を見つめる。人形のように切り揃えられたおかっぱの、綺麗な黒髪。瞳は、黒目の面積が広く可愛らしい顔立ちをしているというのに底知れぬ恐ろしさを感じ取らさせた。


「そんなに畏まらなくてもいいのよ。私は童子なのだから」

「騙されるなよ、アキラ。其奴そやつは悠に五百の時を生きておる」

「ごひゃく……」


 数字にはこれ以上驚かないだろう、そうハルの年齢を聞いて思っていたというのに、こんなにも小さな、己の腰にも届かないような女の子が己の数百倍の年数を生きていると思うとどうにも頭がこんがらがってしまう。黒曜石の輝きを持つ瞳を瞬かせているアキラを見て、揶揄からかう暇もなくネタバラシをされた座敷童子は、キュウを見て恭しく頭を下げた。


「狐の方にお逢いできるとは思ってもおりませんでした。封印を解かれた噂はかねがね」

「ふん、その態とらしい口調。どこにおろうとも変わらんな」

「……ふふ」


 キュウは、座敷童子と面識があるのだろう。不遜そうに鼻を鳴らすキュウにも、機嫌を損ねる様子は一切ない。座敷童子の本質を探ることなんてできず、助けを求めるようにミツの方へ視線を向けると、ミツはキュウと座敷童子の対話を見ながら呆れたような表情を浮かべていた。


「座敷童子は一人じゃねェんだ」

「やっぱり、総称なんですね」

「そ。ソッチにも幸せを運ぶ妖精っていう伝承は無かったか?」

「ありました。家に住み込んで、クッキーとかを上げるとささやかな幸せをくれる、みたいなお話が」

「座敷童子も似たようなモンだ。人間と友好的な数少ない妖怪でな、家に憑いて富をもたらすこともある。マ、悪戯をする割合の方が多いが」


 悪戯? とアキラが座敷童子の方に目を向けると、座敷童子がどうやってかキュウの尻尾をふわふわと浮かべて遊んでいた。大妖怪とも呼ばれているキュウによくそんな真似ができるな、とギョッとする。慣れているのか、キュウは不機嫌そうな表情を浮かべながらも咎めることなく悪戯を身に受けていた。どうやら、悪戯を咎め拒んだ時の座敷童子の対処の方が面倒らしい。


「私はね、幸せそうな家が好きなのよ。だからね、私の誰かはきっと貴方のことを知っている筈よ」

「もしかして、俺の家にも?」

「えぇ。私は見ていないから分からないけれど、貴方が健やかに育ってきたことだけは分かるわ」

「良かったじゃねェか。座敷童子のお気に入りになったってよ」

「良かった、です……?」


 ミツの言葉に困惑する様子を見せながらも、アキラは嬉しそうな表情を見せていた。そりゃあ、言外に良い両親に恵まれたのだ、と告げられれば誇らしいに決まっている。座敷童子は言いたいことは全て口にしたようで、皿の上に置いてある煎餅に手を伸ばす。パリ、パリという軽快な音と共にぱらぱらと煎餅の粉が皿の上に舞い落ちた。


「丁度良い、何か妖怪の情報は入ってねェか? コイツに陰陽道を用いた妖怪の対処ってのを見せてやりたくてな」

「それならここから西に真っ直ぐ行ったところに、変死の情報が上がっているわ。十中八九妖怪でしょうね」

「了解、なら行ってくるわ」

「えぇ、気を付けて」


 赤色の袖を振る座敷童子を背に、ミツはアキラの手を引いて家から出る。座敷童子の横で満足そうにもう一枚の煎餅を味わっていたキュウも、アキラの肩に飛び乗った。


「沈丁との繋ぎ目にある家の座敷童子ってのは、他の個体と少し違ってな。私ら陰陽師に情報を与えてくれんだ」

「さっきみたいな妖怪の情報を、ですか?」

「あぁ。座敷童子にとっては、お気に入りの人間が取り殺されるのが一番気に食わないらしい」


 私ら人間に協力するのも嫌がらないくらいにな。と告げるミツの言葉に違和感を覚えてアキラは首を傾げる。まるで、妖怪全てが人間を嫌っているような物言いだ、と考えてしまって前を歩くミツに問うた。


「妖怪は、人間を嫌っているんですか?」

「そりゃそうだ」


 当たり前だろう、とでも言うようにあっけらかんとミツは言い放つ。九尾のキュウに、座敷童子。アキラが見た妖怪は、どちらも人間に友好的に見えた。だからこそ、妖怪が人間を嫌っているという陰陽師にとっては常識であろう情報を、上手く頭の中で処理をすることができないのだ。


「妖怪というのはヒトの感情から成る。悪い感情からだ。同族嫌悪と言うのが一番分かりやすいか? 何にしろ、吾もお主以外の人間をあまり好こうとは思わん」

「……俺が、キュウを助けたから?」

「どうであろろうな。お主が吾を放っておったならば、吾は弱りながらもお主を呪い殺しておったやもしれん。が、例えばの話を語っておっても何物にも成らん。お主が吾を助けたから、吾は、お主は此処にいる。吾はお主を信頼しておる。それだけの話だ」


 それだけの話。そうキュウは言ってのけるが、アキラにはどうにもそうは思えなかった。助けて一緒に過ごす、無視して日常に意識を向ける。様々な選択肢があった筈だ。幾重にも重なる選択肢のうち、アキラはどれを選ぶことだって出来た。助けるという一つの選択肢を選んで、今の二人の関係は出来上がっている。それは、まるで。運命のようであった。


「しっかし不思議だな。座敷童子すら見えなかった癖に、どうしてお前に九尾が見えたんだ?」

「吾の見解はアキラの霊力と吾の妖力の波長が合った、というものだが」

「そんなことあるのか? 雷が自分の元に当たる程の確率だろ」


 事実解明に意識を向けそうになったミツだが、そういえばと思い出したようにアキラに声を掛ける。


「今からお前が見るのは、人間に一切の友好の感情を持たないであろう妖怪だ。そこの狐と、さっき見たような座敷童子とは何もかもが違う。人間を恨み、他者を貶めようとする感情の塊。決して油断をするな、決して同情心を持つな」

「同情心、ですか?」

「妖怪に同情した途端、その弱いに等しい感情につけ込まれる。妖怪と対峙するには、強い精神力を持たなきゃならねェ。いくらお前の耐性が高くても、悪い感情に引き込まれないようにな」


 脅しにも近いその言葉に、アキラは神妙な顔で頷いた。一変したミツの刺々しい言葉が、表情が、感情が。真実味をこれでもかという程に、高めていたからだった。座敷童子に聞いた妖怪の情報を頼りに、二人と一匹は足を進める。

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