見習いでも分かる式神入門


 ミツから受け取った衣服を広げてみると、ふわりと嗅ぎ慣れない木の優しい匂いがアキラの鼻腔びこうに届く。衣服は、今アキラが身に纏っている深い緑色が主体となった制服とは違って、白が貴重とされた、下半身の部分は灰色のどこか清楚さを思わすようなものであった。羽織や着物と似た雰囲気だが、どこか違うように見える。またしても知らない文化に触れたアキラは、衣服に一通り目を通してからミツの方に視線をやった。


「これは……?」

「袴だ。陰陽師見習いが着るんだよ、ソレ。少しばかり動きにくいだろうが、慣れるまでは我慢してくれ」


 魔法学校を嫌う奴も此処にはいるしな、というミツの言葉に納得してアキラは頷く。しかし、着ようとしても見たこともない袴という衣服を着れる筈もなく、どうしようかと視線を彷徨さまよわせていると、ミツが式神を引き戸の扉……障子を隔てた隣の部屋に二枚寄越して、そこに移動するように告げた。


「分からなきゃ式神に言いな。身を任せときゃすぐに終わる」


 ありがとうございます、とミツに頭を下げてアキラは隣の部屋へと向かう。先まで居た部屋は客間だったのだろう、物置化としている隣の部屋には、衣服であったり、茶入れであったり、はたまたアキラの見たこともない道具であったりが所狭しと置かれていた。アキラは、己の制服を脱いで袴とやらに手を掛ける。どこから足を入れるのか、どこから手を抜くのか全くもってわかりやしない。


「教えてくれるか?」


 アキラの周りを期待するようにふわふわと浮いている式神に声をかけると、待ってました! とでも言うように元は紙であったとは思えないような息の合った動きで袴を持ち上げたりと着るのを補助してくれた。初めて魔法を見る子供のように目を輝かせて導かれるがままに動いていると、いつのまにか着替え終わっていた。陰陽師見習いとして、これからこの姿で過ごすとなると、早めに自分の力で着替えられるようにならないとな、なんて思いつつ障子を開くと、出かける準備を完了させたミツと、縁側から退散していたキュウがアキラの姿を視界に捉えていた。


「いいじゃないか、サマになってる」

「あ、ありがとうございます……」


 褒められるのが擽ったく、尻すぼみな返事となってしまう。機嫌の良さそうなキュウが、アキラの肩にふわりと飛び上がって乗り、その柔らかな尻尾でアキラの頬を擽った。


「魔法学校とやらのけったいな制服よりも、其方そちらの方が似合うてるではないか」

「ほんと?」


 肯定するように尻尾をゆるりと揺らして、キュウは特等席でもあるアキラの肩の上に腰を落ち着かせる。大体は腕の中に居るキュウだが、特に機嫌の良い時はアキラの肩の上に乗りたがるのだ。陰陽師という道に進もうと決めた時は大層機嫌が悪かったが、今まで似合っていないと何度も思っていた制服を脱ぎ捨てて新たな衣装に身を包んだことに気を好くしているのだろう。


「随分と仲が良いじゃないか」

「俺が七歳の時から一緒なので」

「あの九尾と仲良く対話を試みる人間という時点で驚きでしかないが、まさか九尾が懐くとはなァ……」


 感心したようにしげしげとキュウを覗くミツに、キュウは不満そうに鼻を鳴らした。キュウの機嫌を損ねるのはミツでも本望ではないらしい。すぐにパッと顔を背けて、アキラに数枚のまだ命を吹き込まれていない式神を手渡した。


「私手製の式神だ。いずれ自分で作らせるが、暫くは私のを使え」

「自分が作ったのじゃなくても使えるんですか?」

「式神は二つの作り方があるんだ。一つは最初から自分の霊力を組み込む方法、もう一つは霊力を組み込まずに作る方法。この二つの違いはなんだと思う?」


 前者の方法で作ったであろう式神を取り出して、アキラの前でひらひらと揺らす。唐突に投げ掛けられた問いに答えるために。アキラは己の手の中にある式神と、目の前で揺らされている式神をじぃと観察した。意識を集中させて式神を見つめると、手の上の式神からは何も伝わってこないというのに、ミツの方からは肌をきかねない熱さが伝わってくる。アキラの持つ式神は、うんともすんとも言わないが、どこまでも真っ白なソレは自然のあらゆる現象に染まってしまいそうで──。そこまでの思考に至ったアキラは、確信を持つことはできなくても口を開く。


「霊力を組み込むと、作った本人しか使えない?」

「当たらずしも遠からず、ってところか。霊力を組み込んでいる方は、その本人の……所謂いわゆる属性に染まっている。私の火のようにな。だから、その本人が特化しているものと同じ五行を得意とする者が扱いやすいように作られている」

「ごぎょう……」

「あぁ、陰陽道における五つの要素のことな」


 分からない言葉があれば、何の文句も言うことなしに教えてくれるミツの後ろを着いて歩く。ハルとミツの家まで向かっている時とは違った道を歩いていたが服装のせいか先程ほどの視線を感じることなかった。


「んで、霊力が組み込まれてない方はまっさらな状態だ。火も、水も、木も。どんな属性にでも力を吹き込んだ本人の色に染まる。本来なら、修行する奴の属性に合った式神を用意するのが一番良いんだが……いかんせん、木ってのは少ねェんだ」

「多い少ないがあるんですね」

「多い少ない、っつーより木が極端に少ない。どうも、属性っての本人の性質によって変わるらしいんだ。そこのところの研究は未だ進んでないけどな」

「ハルさんみたいな落ち着いたヒトは水……みたいな?」

「ある程度はな。私みたいな……言葉にするなら怒りか? 怒りの感情を多くその身に宿す奴は火が多いってのもあるな」


 なるほど、とようやく今まで聞いた話の中で合点がいったようにアキラは頷く。確かに、ミツのようなどこか苛烈さを見せる性格のヒトが、火を得意とするのには納得がいったからである。


「例が少ないから何とも言えねェが。木ってのは名の通り穏やかな奴に宿りやすいってのが通称だな」

「穏やかな……?」

「陰陽師になる奴は、何かと過去に語りたくもないような経験をしてきた奴が多い。例外も居るが、魔力無しだと蔑まれたやつばかりだ。だからこそ、魔力有りの人間に仕返しをしたい、だとか見返したい。過去、強い復讐心を持つ奴も居たが……マ、穏やかな奴は少ないって訳だ」

「……なるほど」

「復讐するか、無関心か。そんな奴ばっかだから木が少ないんだとよ」


 私が言えたことじゃねェが、とミツはケラケラと笑う。そうやってちょっとした講座のようなものを聞きながら歩いていると、とある小さな小屋の前に辿り着いたのだった。

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