師匠と成るヒト


 奇異なものに向けるような視線を身体いっぱいに感じながら暫く歩き、森の中まで入ってようやく着いたのはとある屋敷の前だった。他の家と同じくらいの大きさだが、外見だけで高価な屋敷だということが分かる。沈丁の特産品やら、常識などを知らないアキラでもこの屋敷に住む人はお金持ちなのだ、と分かる程にだ。


「ここは?」

「友人の家だ」


 規格外の友人はやはり規格外なのか。そう思ってしまってアキラは改めて屋敷を見上げる。悠々とそびえ立つ屋敷に臆することなく、ハルはずんずんと扉の前まで歩いて行った。


「ミツ、いるか」


 静かな口調と、何があろうと荒いものにならないような表情とは裏腹に、ハルは物凄い力で引き戸の扉をガンガンと叩く。見た目が豪華絢爛ごうかけんらんでなくとも、いかにも上質な材料で作ってあるだろう扉を乱雑に叩くハルにアキラはギョッとする。そんなに荒く叩いてもいいのか、とアキラがおろおろしていると、屋敷の奥の方から誰かが凄い勢いで駆けてくるのが聞こえた。


「お前の力で思いっきり叩くなって言ってるだろ! 髪裁ち切るぞこのクソ怪力野朗が!!」

「わっ!?」


 ガラリと勢い良く開かれた扉の奥には、綺麗な白髪の女性が立っていた。その女性の美しさに見惚れてしまう前に、薄い唇から信じられないような暴言がまろび出てきたものだから、一瞬見ている光景と耳に届いた声とでギャップを起こして固まってしまった。ハルを睨み上げた後、ハルの後ろで驚いた声を上げたアキラを女性は覗き込む。まるで品定めのような時間が流れ、アキラは己を見つめる女性を観察することしかできなかった。シルクのように太陽の光に透き通る白い髪は一つに緩く纏められ、アキラを見詰める瞳はまるで血液をそのまま映し出したよう赤く、先の言葉が嘘のように柔らかみを帯びている。ハルの羽織の形を服にしたような、アキラのいた国では見たことのない優美な、長丈のワンピースをベルトのようなもので締めている服を纏っている──後で聞いたところ、この服は着物というものらしい──。


「へェ、随分と質の良い力を持ってるじゃないか」

「俺が見つけた」

「お前は黙ってろ。……霊力の籠もりに籠った黒髪に意志の強い瞳、ほんとにこれで芽生えたばかり?」

「九尾の妖力を浴びてな」

「お前にゃ聞いてねェ。だがまァ、その服装だけは頂けないな。魔法学校に通っているのか?」


 まさに一触即発、というよりも女性がずっとハルを目の敵にしているようだが。ぽんぽんと交わされる会話を聞いていると、女性がアキラの瞳を覗き込んで問う。着替える余裕なんてものは無かったため、アキラの服装は魔法学校の制服のままなのだ。


「魔法学校の帰りに、ハルさんと出会ったので」

「そりゃ災難だったな。誘拐じゃねェか? ちゃんと自分の意思でここに来たのか?」

「はい。キュウを守るために、強くなりに来ました」


 キュウ? と女性はアキラが腕に抱えるキュウをじぃと見詰める。それにしても、随分外見と口調が一致しない女性だ。口を閉じていれば、まるで今にも消えてしまいそうな儚い雰囲気を持っているというのに、口を開いてしまえば触れれば爆発でもしてしまいそうな振舞いをしている。キュウを眺めていた女性は、キュウの正体に気が付いたようで思い切り後ずさった。


「おま、え……九尾!?」

「騒がしいと思うたら、なんだ。あの時の負け犬ではないか」


 ケラケラと愉快そうに笑うキュウに、女性は忌々しげに顔を歪める。何か因縁でもあるのかはアキラには分からないが、過去女性がキュウに負けることがあったのかもしれない。ハルの年齢のこともあり、何百年前かの話になるのだろうが。


「封印が解けてから行方知れずだった九尾が、まさか陰陽師のつぼみに取り憑いているとはなァ……」

「取り憑いてなぞおらん。今の吾はアキラの使い魔だ」


 キュウの言葉に呆気にとられたような表情を浮かべた女性だが、すぐに破顔して声を上げながら笑い出す。女性のコロコロと動く感情に着いて行けていないアキラは、目をぱちくりとさせながら女性の言葉を待った。


「九尾を使い魔にするのは傑作すぎるだろ! 将来有望にも程がある。少年、今何歳だ?」

「ぇあ、十六です……」

「十六!? まだ赤子じゃないか!」

「俺らにとったら誰でも赤子だろう」

「それもそうか」


 スンッ、と笑いを引っ込めた女性は、生っ白い手をアキラの方に伸ばして握手を求める。


「私はミツ。そこのクソ野郎に振り回される同士、よろしく」

「アキラです。よろしくお願いします」


 ぎゅう、と手が握られたと思えば、ミツの方に引っ張られる。構えも何もしていなかった為に、引かれるままにアキラの身体は揺らいで、ミツの方に倒れ込みそうになった。女性に倒れ込むわけにはいかない、と何とか筋力を総動員させてギリギリで堪える。急に動いたことによって、結われた真白な髪がなびき、まるでカーテンのように広がった。


「どうせ私に育成を押し付ける気だったんだろ? 今回ばかりは文句無しに受けてやる」

「そうか、助かる」

「面倒臭がりのお前にアキラを任せていりゃあ、才能も潰れるってもんだ」

「遺憾の意を呈す。俺ほど育成に適した人間はいない」

「はァ? 新人の心を大勢折っといて何言ってんだ。はやくコイツのことを私に預けて、妖怪討伐にでも行って来な」

「……まぁいい。任せたぞ」


 そう言って、どこか不服そうな表情でハルは指を鳴らす。ぱちんっ、と軽快な音が鳴った後に水の澄んだ涼やかさを残してハルはその場から姿を消した。今まで己の前に居たというのに、急に目の前から消えたハルにアキラは大層驚いてきょろきょろと辺りを見渡す。本当に陰陽道について何も知らないようなアキラの様子に、ミツは面白そうに笑う。


「陰陽道の応用だ。あんなのが出来るのは、アイツか私くらいだが……アイツも新しい素質のある人間を嬉しがってんだ、格好付けたいんだろうよ」

「四百年振りだって言ってましたもんね」

「あァ。随分早い方だがな。その上、能力にも期待できると来た。浮き足立つのもおかしくない」


 ミツは、いつの間にかハルに握らせられていた紙の切れ端に綴られた文字を見て、アキラを屋敷の中に案内する。


「早速始めるぞ。一ヶ月で基礎基本、お前に全部詰め込んでやる」

「っはい! よろしくお願いします!!」


 バッ、と勢い良くアキラは頭を下げる。今からキツい修行と、とんでも無い量の知識暗記をさせられるとは知らずに、アキラはミツの後ろを着いて、屋敷の中に足を踏み込んだのだった。

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