サクラ咲く隠国
「う、わぁ……っ!」
「これはまた、見事な」
一気に開けた視界に、アキラは感嘆の声を漏らす。陰陽師のすることに対して素直ではないキュウも、こればかりは堪えきれなかったようで褒めるような言葉を口にした。それもそうだろう、何しろ、今目の前に広がっている景色はこの世ではないと錯覚してしまう程に美しいものなのだから。鳥居を中心に四方八方に広がる花の咲き誇った木々、鳥居からは真っ直ぐに長く、長く階段が続いているのだが、それにそっと寄り添うように壮大な桃色の花弁が乱れ咲いた木々が悠々と並んでいる。ざぁっ、と風が通れば踊るように木々が揺れる。その揺れに伴って桃色の花弁が振り落とされ、まるで吹雪のようにあちらこちらに花弁が降り落ちた。
アキラがちら、とハルの方を見遣ると何ともないように式神を懐にしまっていた。きっと彼には日常のことなのだろう、なんて考えているとハルの羽織る服に、同じ花弁が描かれていることに気がつく。
「ハルさん、その服の花ってもしかして同じですか?」
「羽織の絵柄か? そうだな、この花はサクラといって、魔力の一切ない場所にしか咲かない」
「魔力の、一切ない場所……」
「実のところ、沈丁にしか咲かない花だ」
「じんちょう?」
「陰陽師の住まう国の名だ。さ、行くぞ。迷わないように真っ直ぐ前を見ておくことだ」
そう告げると、ハルはスタスタと前に進んでいく。それに遅れないようにアキラも後ろに着いて行くが、ハルの発言に首を傾げてキュウに問うてみた。
「こんな階段しかない道なのに、迷うとかあるのか?」
「道には迷わぬだろうが、どうやらここは溜まり場らしいな」
「溜まり場?」
「ヒトの思念の溜まり場だ。妖怪にもなれず、そこにふよふよ漂っているのみの存在。普通にしておれば害なぞ無に等しいが、こういった場ではその性質が引き出される」
キュウは、ひょいとアキラの腕から飛び降りて守るかのようにアキラの少し後ろを歩く。前には陰陽師であるハルが、後ろには九尾であるキュウが。何が襲ってこようと無事生き残れるであろう最強の布陣である。
「思念は妖怪になり、己の存在を認められようとしておる。故に、普段は奥底に仕舞われているヒトの感情を引き摺り出しやすいのだ。そこのところ、お主は耐性があるようだが」
「耐性あるんだ、俺」
「陰陽師になる者には大抵耐性というものがある。お前は、その中でも耐性がかなり高い方だ」
キュウとハルに言葉の念押しをされても、実感というものがまるでない。他人の話でも聞いているような感覚になりながらも、ハルに着いていくために階段を登り続ける。
「……先が見えないんですけど、本当に沈丁ってところに繋がってるんですか?」
「このまま昇れば着く」
「なんか、すごい……その、天国とかに向かって登ってる感じなんですけど」
戸惑いがふんだんに含まれた表情をしながら問う。先からずっと階段を登っているが、どれだけ歩こうと出口のようなものが見えやしない。本当に辿り着くのか、と心配になってしまって思ったことを口にすると、ハルは振り返って無表情のまま、口を開いた。
「陰陽師なんて皆死んでいるようなものだ。安心して良い」
「どういうことですか!?」
陰陽師なんて皆死んでいるようなもの。その言葉に驚いてしまってアキラは声を荒げた。しかし、その声にハルは何も反応を返すことがなく、先と同じようにただただ階段を登り続ける。どれだけ不安がっても、もう覚悟を決めた以上、戻ることなんてできない。アキラは気を切り替えて、先から気になっていたことを口にしてみた。
「あの、ハルさん」
「なんだ」
「さっき、ハルさんが鳥居の前で式神を使った時、水が流れるような感覚がしたんです。けど、周りに水なんて無くって……アレって、ハルさんの能力ですか?」
「なんだ、気が付いていたのか」
「え?」
「魔法だけならず、陰陽道にも属性というものが存在する。魔法学校の授業でやらなかったか?」
属性、それは火とか、水とかそういった類のものだ。燭台に火を付ける時はそのまま火属性の魔法を、シャワーを浴びる際は水属性の魔法を。それぞれの状況に異なった魔法を同じような威力で放つことが出来るのが理想だが、人には人の得意不得意があるように、得意な魔法と苦手な魔法というものが存在する。魔法学校で学んだことをそのまま告げると、満足そうにハルが頷くのが見えた。
「どうやら、脳の作りが良いのは本当のようだ。よく学んでいたな」
「……ありがとうございます」
家族以外に褒められ慣れていないアキラは、どこか擽ったくて口籠もりながら下を向く。今までの頑張りが、やっと誰かに認められた気がして嬉しくなってしまったのだ。
「多少省くが、陰陽道というのは全ての事象が
陰陽と、木、火、土、金、水で成り立っていると考えられている。俺のは先、お前が感じたように水に秀でているのだが、お前は……まだ未熟だが、木であろうな」
「木、ですか?」
「お前の言葉の節々には、春の香りが感じられる。木というのは、春の象徴。お前が
感覚論に近いハルの言葉に、曖昧な表情でアキラは頷く。まぁ、突然陰陽道の理論なぞ語られても上手く理解できないのが当然だろう。
「これらの五行は陰陽道の基本も基本。嫌というほど叩き込まれるだろう、覚悟しておけ」
「……はい!」
不安要素の塊だが、基礎も知らない理論で悩みに悩んでも意味のないことだ。基礎を理解すてから理論というのは理解の形を成し始める。
「春の伊吹、か」
「如何した、アキラ」
「いや、なんだかキュウとお揃いみたいだと思って」
「吾と?」
「あぁ。キュウはいつも、暖かい匂いがするから。春って、暖かいだろ?」
くるり、と後ろを向いて告げるとキュウが顔には出さないが、嬉しそうに尻尾を左右に揺らしているのが見える。いくら過去、世紀を揺るがそうとしたであろう大妖怪でも、生きるモノなのだ。ただ一人、愛しく思っている人間に褒められては嬉しくならないのがおかしいというもの。
「着くぞ、衝撃に注意しろ」
「衝撃って、」
前から聞こえたハルの声に、返事をしようとしたその時。再び、アキラの視界は眩い光に覆われて、意識を光の中に落としてしまったのであった。
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