小さな旅立ち


「力はもうお前の中にある。俺達は、お前に技術を与えるのみ」

「俺達?」

「あぁ。陰陽師の住まう国。今から其処に行く」

「そんな国が……」


 聞いたこともない、と訝しげな視線を向けると、ハルは何やら真っ白な紙に筆を走らせながら答える。何をしているのかはアキラには分からないけれど、どうやら必要な行動のようだ。


「陰陽師達は多くの人間の前に姿を現すのを嫌う。殆どが魔力無しの黒髪だと言えば、理由は分かる筈だ」

「……なるほど」


 アキラと同じような境遇、それかもっと酷い境遇に身を置いていた人間ばかりなのだろう。魔力無しなんて数百年に一人生まれるレベルだと聞いていたのに、思ったより多くの仲間がいるようでアキラは少し安心してしまった。


「アキラ、何か家にあるもので必要なものはあるか」

「必要な物?」

「一ヶ月。その短い期間で基本を叩き込む。応用やらは、その後俺が正式にお前を引き抜いてから教えられることになるが……取り敢えず一ヶ月の間お前は家から離れることになる」

「教科書とか、着替え……くらいですかね」

「着替えは気にしなくて良い。教科書だな、持って来させよう」


 持って来させよう。そう告げたハルを不思議そうに見つめていると、ハルは両手を合わせてパンっと大きな音を立てた。それほど大きな音ではないのというのに、心臓の奥の方まで響くような音に身体が震える。数秒ほどして、道の奥の方から何かが飛んでくる様子が見えて、アキラは思わず目を擦った。


「……紙?」

「式神とやらだ。陰陽師の使う、使い魔に近い」


 キュウの話にへぇ、と相槌を打つ。見慣れた使い魔のような姿ではない、ヒトの形をした紙をした式神とやらがアキラ達の方へ向かってくるのを物珍しそうに見つめる。やがて、ハルの前で力を失ったかのようにひらりと地面に落ちていく式神は、地面に触れた瞬間に小さな爆発音を上げてアキラのよく使うバッグへと姿を変えた。


「えっ」

「よし、準備できたな」

「魔法……?」

「陰陽道だ」


 目をぱちくりとさせた後に、アキラは弾かれたようにバッグに飛び付く。中をゴソゴソと漁ると、その中には確かにアキラが普段使っている教科書類が入っていた。すごい、と感嘆の声を漏らすと共に、見慣れぬ便箋をアキラは見つめる。アキラへ、と宛名が書いてあるその字は見覚えがあって、裏返してみると両親の名前が刻まれてあった。


「これ……」

「心優しい両親だな。お前の話を聞いた直ぐに、手紙をしたためていた」


 ハルの言葉もよく聞かず、アキラは手紙の封に手をかける。魔力無しのアキラでも開けられるように、薄く糊で止められていた。



 ──アキラへ

アキラが魔力に目覚めたと聞きました。今までたくさん苦労してきた貴方の努力がやっと報われたみたいで、お母さんは本当に嬉しいです。アキラの魔力は少し特別で、モンスターに狙われやすくなるそうで、アキラと一ヶ月とはいえ離れるのは寂しいですが、アキラのためを思って応援しています。頑張れ!!


怪我をせずに、無事に戻ってくるように



「母さん、父さん……」


 母親の温かい言葉と、どこかぶっきらぼうだが、アキラを気遣う父親の言葉に手紙をぎゅうと握る。大切に、宝物を扱うように手紙を封筒の中にしまってアキラはバッグを手に持ち、立ち上がった。


「準備、できました」

「よろしい。行くぞ」


 前を行くハルの背中を、腕の中にキュウを抱えたまま追いかける。


「母殿も、父殿も。アキラのことを愛おしく思っているのだな」

「うん……もっと、素直にしてれば良かったかな」

「ヒトの子には反抗期なるものがあると聞く。素直になれぬのはその時の特権というものよ。また、御二方はアキラの愛情を感じ取っていた筈だ」

「分かるのか?」

「お主は、随分と分かりやすい表情をする故な」


 小っ恥ずかしくなってしまって、アキラは己の頬を掻く。どうしてもドキドキと鼓動を奏でる心臓を落ち着かせるために、キュウと談笑しているといつの間にか目的地辿り着いたようで、大きくて赤い、扉のない門のような物の前で、ハルが足を止めた。


「少し待て」

「でっか……」

「鳥居だな、久しく目にしておらなんだが、よもや隠されていたとは」

「隠されていたって?」

「そこな男の術かは知らんが、定められた道を歩かねば辿り着けぬようになっておる」

「陰陽道って凄いんだな」


 再び感心したような声を上げる。この短い時間で、初めて出会うものが多くて驚くことばかりだ。鳥居と呼ばれる物の奥には、どこにでもあるような森が続いている。アキラとキュウの会話を背に聞いていたハルは、懐から一つの式神を取り出して見えない壁に貼り付けるかのように鳥居の入り口に、式神を貼り付けた。ハルが手を離しても、式神は空中に浮かんだまま落ちることはない。二つ指を唇に当て、ハルは息を送り込むようにして呟く。


急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう


 聞いたこともないような言葉の並びを綴ったかと思うと、唇から指を滑らすように動かして式神に二つ指を付ける。瞬間、ざわりと木々の揺らめく音が聞こえ、アキラ達の周りを水が取り囲んでいるような錯覚に陥る。清らかな涼しさと共に、眩い光が襲ってきて目を瞑り、次に目を開けた時には先の光景ではなくなっていた。

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