妖生まれしヒトの思念


「お前は、そこの狐以外に妖怪という存在を目にしたことがあるか」

「ようかい?」


 モンスターじゃなくて、と言いたげなアキラのクエスチョンマークで溢れた鸚鵡おうむ返しに、黒髪の男は頷く。


「この世に生きるモノのあらゆる思念が募って生まれた存在だ。憎しみ、恨み、辛み、絶望。様々な感情というものが妖怪の生みの親となる」

「はぁ……」


 成程、と適当に相槌を打ってみるが、黒髪の男は説明することに脳を使っているのだろうか、つらつらとそのまま妖怪について語り始める。

 曰く、妖怪は人間に取り憑くことができて、取り憑かれたモノは感情の抑制ができなくなり、下手をすれば妖怪に思考を乗っ取られてしまう。また、人間を呪うこともできて、妖怪の機嫌を損ねた人間が呪殺されて変死と処理されることも多々ある。


「変死のニュースとやらを、見たことはないか?」

「あ……あります。冒険者でもないのに、町の中心で喰われた状態で見つかったっていうやつですか?」


 変死のニュースは、多くて週に一度、少なくとも月に一度は流れる。死因も不明、死者の関連性も無し、死する前の行動もいつも通り。そんな、情報の一切無い事件にも近いニュースが国中に走る度に国民皆が怯えていた。ただでさえモンスターが存在し、いつ町に襲い掛かってくるのかすら分からないのに、町の中でも恐怖に怯えなければいけないという事実が少なくとも国民を焦燥させていた。魔法省が原因判明の為に日々働いているが、それでも数十年の間続く変死の原因は不明である。


「あぁ、それだ。その原因の殆どが、妖怪の仕業なんだ」

「死者に関連性が無いのも、妖怪の機嫌を損ねた人間だから……ってことですか?」

「随分と理解が早いな。此方としては助かる」

「それは、どうも……」


 名前も知らない人に褒められても複雑な気分になるというものだ。それも、数十年間決して原因の暴かれることのなかったことが、いとも簡単に解けていくものだから疑ってしまう。


「それよりも、少年。アキラと言ったか」

「あ、はい。アキラです」

「そうか。俺の名はハルだ」

(……すごい、自由な人だな)


 口調な割にマイペースな黒髪の男──ハルに、自分のペースを崩されそうになりながらも何とか受け応える。聞いたこともない難しい単語を必死に頭の中に埋め込み、アキラは改めてハルの容姿を眺めた。アキラと同じ黒髪は、長くとも丁寧に手入れされているのか、後ろで粗雑に垂らされていたとしてもボサボサになっているようには見えない。長い前髪が左目を隠していて、どこかミステリアスな雰囲気をかもし出していた。二十代後半にも、前半にも見えるようなハルからは、どうにも長く生きねば発されないような貫禄なようなものが感じ取れて、年齢というものを見目からは教えようとはしてくれない。衣服は、学校やそこらの地域では見たことのないキッチリとした黒い服の上に、何やら桃色の花弁が散りばめられたローブのような物を羽織っている。ローブ、といっても本来のローブよりはゆったりとしておらず、どこか暖かな印象が見受けられた。だが、その印象もハル本人の視線の鋭さによって打ち消されているのだが。


「では、俺たちの住む処に来てもらおうか」

「はい?」

「なんだ、気掛かりでもあるのか?」


 唐突なハルの言葉に、思わずアキラは聞き返してしまう。来てもらう、とはどういう意味なのかと理解できずに百面相しているアキラに、ハルは不思議そうな顔を浮かべていた。


「俺、家に帰らなくちゃいけないので……」

「あぁ、そのことなら心配するな。俺が式神を送ってお前の両親に説明をしている」

「はい??」

「息子さんに魔力が芽生えた、能力を更に高める為に、一ヶ月間寮に住んでもらってマンツーマンで指導をすると」

(もしかしてこの人、他人の話聞かないタイプだな……!?)


 背後に雷が落ちたかのような衝撃に襲われたアキラは、驚いた表情のまま立ち尽くす。少しの時間話しただけで、この目の前の男が見た目口調にそぐわず、かなり自分勝手なタイプだと判断することができてしまった。もう両親に説明が終わっている、だなんて逃げるにもどうしようもない状況に戸惑うことしかできない。


「あまりに性急すぎるだろう、陰陽師よ」

「お前ら妖怪が大人しくしていれば、急ぐ必要はないんだがな」

「ふん、吾は他の妖怪なぞ知らん」

「妖怪は霊力のある者を嫌っている。半端に力が目覚めた状態では、狙われるぞ。まだ本領を発揮できないお前に、守れるのか」


 ハルの言葉に、キュウが忌々しそうに尻尾を揺らしてバシバシと毛並みの良い尻尾をアキラの腕に当てる。


「ねぇ、キュウ。その口調って」

「……もしかして、嫌?」


 きゅる、と悲しそうに喉を鳴らすキュウに首を横に振る。嫌な訳ではないのだ、聞いたことのない語尾であったり、言葉であったりするけれども、今までの口調よりもずっとキュウに合っている気がする。


「どうして、俺の前で変えてたんだ?」

「不審がられると思っておったのだ。この時代には、使われぬ物故」

「キュウは、そっちの方が話しやすいんだろ? なら、それでいいよ。キュウのこともっと知りたいし」

「感謝する、アキラ」


 ぺろ、と頬を舐められてアキラはくすりと笑う。何か過去にあったとしても、キュウはキュウなのだ。それ以上でも、それ以下でもない。キュウを存分に撫で回した後、アキラはハルに向かって口を開く。


「俺が狙われる、っていう話。本当ですか?」

「面倒な嘘は吐かん」

「それじゃあ、キュウが傷付くかもしれないってことですよね」

「数が多ければな」

「俺に力があるっていうやつ……えっと」

「陰陽道のことか」


 頷く。アキラが一等恐れていること、それはキュウが己のせいで傷付くことなのだ。キュウがどれだけ強かろうと、アキラのせいでキュウが酷い目に遭うのは絶対に避けたかった。それは、過去傷を負って苦しそうに喘ぐキュウを見てからずっと思っていることである。腕の中で悔しそうに目を逸らしているキュウを見て、覚悟を決める。


「ハルさんに、着いて行きます。俺に力を下さい」


 その決意によって今までアキラの中で渦巻いていた不満が、風に乗って巻き上がって消えていくような、そんな感覚がした。


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