隠れた素質は発芽するか
振り向いたアキラの瞳に、真っ先に飛び込んできたのは長く、それでいて真っ黒な闇を思わす髪色であった。この世界で到底目にすることのできないその自分と同じ色に、思わず驚きの含まれた声を漏らしてしまう。しかし、黒髪の男が放った言葉の意味が理解できずに呆けていると、腕の中にいるキュウがぴょんと地面に降りた。キュウの唐突な行動にどうしたものか、と考えあぐねているとキュウが唸り始めて、ぼんっ、なんていう軽やかな音と共に辺りが煙に包まれる。
「キュウっ!?」
煙で姿の見えなくなったキュウを探すようにアキラは声を放つ。もくもくと濃い霧のような煙がようやっと晴れたかと思うと、先までそこに居たアキラの腕に収まる小さなキュウの姿は無く、アキラと同じくらい……否、それよりも大型の狐姿の獣が鎮座していた。ゆらりと揺れる九つの尻尾に大きな
「何用だ、祓い
「え……?」
キュウの声だというのに、まるで身体の芯まで底冷えでもするような声に目を見開く。小さな頃から聴き慣れた声が、それ程までに冷徹なものになるのか、と怖々とキュウを見上げる。しかし、キュウはただ真っ直ぐ警戒するように黒髪の男を見つめていて、アキラの視線に気が付くことはなかった。
「随分と古い呼び方をする。時代に置いて行かれる九尾とは、何とも愉快な」
「ふん、ヒトの世になぞ着いて行きたくもない」
「人間と共に在った故に丸くなったと思ったが……そうでもないようだ」
「それがどうしたというのだ。また、吾を祓うつもりか」
「九尾を二度祓う経験なんて中々無い。御言葉に甘えさせて貰おうか」
ちりり、と肌の痛む程に空間が緊張する。九尾だとか、祓い人だとか、訳の分からない単語が飛び交って頭がおかしくなってしまいそうだったが、キュウを祓うだなんて不穏な話の流れになっていき、アキラは意を決して声を出す。
「……あの!」
ぶわり、とアキラの一声と共に一陣の風が吹く。二人と一匹の間を通り抜ける鋭い風は、動きを止めるに十分なものであった。黒髪の男は、いかにも面白いとで言うような笑みを浮かべて、キュウはハッとしたように尻尾を揺らしてアキラの方を勢い良く振り向き、その大きな口にしまわれている舌でアキラの顔を舐めた。ざらざらとした舌に既視感しかなくて、ようやっと目の前の狐がキュウであることを実感する。何度も謝るようにアキラの顔を舐めるキュウを止めて、目の前にある顎を撫ぜた。
「アキラ、
「障り……? 多分ない、けど。本当にキュウなんだな?」
「……僕が、怖い?」
さっきのような、妙に畏まった──というよりも、
「怖くない、少しびっくりしただけ」
「ほんとう?」
「あぁ」
「なら、逃げよう、アキラ」
「えっ?」
キュウが、ぼんっと音を立てて元の大きさに戻る。自由自在に変化出来るのか、それとも制限があるのかは分からないが、再びキュウはアキラの腕の中に収まった。
「それは困る。陰陽師として才のある少年を放置しておくわけにはいかないのでな」
「ひッ……」
音もなく、黒髪の男がアキラ達の目の前に素早く移動してきた。まるで蛇に睨まれた蛙のように動くことが出来なくなって、アキラは息を呑んで一歩だけ後ずさった。
「お前には、陰陽師としての素質があるのだから」
「お、れ……?」
「そう、お前だ。その黒い髪に、黒い瞳。それが何よりの証拠」
コンプレックスでもある黒髪をそう指摘され、アキラは己の頭に手を伸ばす。けれど、陰陽師だなんて聴き慣れない言葉に訝しげな表情をすることしか出来ず、恐怖でぎゅうとキュウを抱き締めた。
「お主らのような野蛮な者達が蔓延る処に、アキラを行かせる訳がなかろう」
「野蛮、野蛮とは……お前ら妖怪のことではないのか」
「ハ、良く言うわ。誰のせいで吾らが生まれたと思うておる」
ころころ、ころころとキュウの口調が変わる。よく考えれば、意思疎通が出来るというのにアキラはキュウのことを何にも知らないのだ。幼い頃に怪我をしていたのを拾って、そこから一緒にいることだけ。キュウの素と思われる口調の由来も、九尾と呼ばれているだろう所以も、アキラは何も知らない。それに、アキラが何らかの素質があるだなんて言われたのは初めてだった。両親も何度か言ってくれたが、それは明らかに慰めが混じっているもので。だから、だからこそ。ほんの小指程の好奇心が芽生えてしまうのも、仕方のないことなのである。
「……詳しく、教えてもらえますか」
覚悟の決まったようなアキラの顔に、黒髪の男が満足そうな笑みを浮かべる。キュウは、どこか不満げな表情でアキラを見つめていたが、アキラの意志を否定することはなかった。
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