第5話 菜々七位!

 勉強しているのかどうかは知らないけど、楽器の練習はしていたらしい。

 ほかのパートにいる菜々ななの友だちからは

「ねえねえ、菜々ってすごいよ。トランペット、普通に吹けるようになってるよ」

という情報が入ってきていた。

 ……「普通に吹ける」のがすごいのか、という問題はあるが。

 でも、唇を震わせて安定した音を出すことから、息の強さのコントロール、そして木管のキーとはまるで違うピストン操作に、中間試験をはさむひと月足らずのあいだに慣れた、というのは、やはり「すごい」と思う。

 わたしがチューバを練習した経験からしてもそう思う。

 そして、そうこうするうちに期末の時期になり……。

 期末が終わった。

 例によってコースが違うので、わたしは菜々のテストの成績がわからない。

 今度は部でも会う機会があったけど、その話はしなかった。

 怖くて。

 ボケ菜々はべつに悲しんではいないようだったが?

 もしかすると、ショックすぎて悲しい表情すらできないのかも知れない。

 だから、ボケ菜々の妹梨々りりから電話がかかってきたとき、わたしは観念した。

 これでボケ菜々との部活の日々は終わりを告げるのだ、と。

 「お姉ちゃん……」

と告げる梨々の声が震えている。わたしはいよいよ観念を深くした。

 そのわたしに梨々が告げる。

 はじけるような声で。

 「期末の成績、普通科で学年七位でした」

 はい。

 ナナイさんってだれ?

 いや。

 「なない」ってどういう成績?

 わからなくなっているわたしに、梨々は続ける。

 「お姉ちゃん、数学は満点、英語も二つ減点されただけ、日本史満点で、九〇点超え七科目、総合で学年七位でした!」

 この梨々という菜々の妹は、何があっても動じず、どんなことが起こっても冷静に受け止める子だ。

 その梨々が興奮気味なのが、その声からも伝わって来る!

 「とくに日本史満点はお姉ちゃん一人だけだったっていうことで、先生から特別に褒められた、っていうことです」

 七位……。

 菜々のいる普通科は、わたしの特別進学コースと違って、生徒数が多かったはず。

 しかも、特別進学コースはいろいろ制約も多いので、特別進学コースに入れる成績なのに普通科にいるという生徒もいる。上位はだいたいその子たちが奪ってしまうはずなのだが。

 それで、位?

 ボケが!

 「なんだそれは!」

と電話口で叫びたいところだった。

 相手がボケ菜々本人なら、そうしていただろう。

 でも、おしとやかで落ち着いた妹相手には、それをやるのはあまりに恥ずかしい。

 だから、多少、控えめに

「それはよかった、おめでとう、って、菜々には伝えて、あと」

 わたしは、その妹以上に興奮していた。

 「そういう良いニュースは、梨々ちゃんに伝えさせないで、自分で言え、って言って」

 「はい」

という梨々の反応もとても楽しげだった。

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