お兄ちゃんと私⑶


「(ステキな笑顔だな)」


 人の笑顔を見ただけで、胸がドキッとした。

 今までそんなこと起きたことなかったので、正直戸惑っている。


「(この気持ちは何だろう? よく分からない)」


「では、そろそろ行きますか。ずっとここにいたら冷えちゃいますからね」

「は、はい!」


 戸惑う私に対して、弘人さんはまた優しく笑いかけてくれた。その笑顔を見ただけで、胸がギューっと苦しくなった。


「(何コレ、何コレ、何コレ!?)」


 よく分からない感情に私は振り回される。


 弘人さんが話しかけてくれるたびにどもってしまう。目線を逸らしてしまう。


 でも、どうか大目に見てほしい。


「(意味わかんない、こんな感情知らないんだけど!?)」


 私自身、混乱してよく分からなかったからだ。



「お待たせしました。カフェオレとほうじ茶になります」

「ありがとうございます」

「あ、りがとうございます」


 私の目の前に置かれるほうじ茶の湯呑み。


「ここのファミレス、いろんなお茶が取り揃えてあるんですよ」

「そ、そうなんですね」

「それにどのお茶も、美味しいんですよ」

「へ、へー」


 弘人さんの話を聞きながら、私は頷く。なるべく弘人さんの目を見ないよう、気をつけて。


「(またドキドキしたら、困るからね)」


 あれから数十分後、弘人さんが言っていたファミレスについた。


 席に案内されると、私は弘人さんと向かい合って座った。すごく緊張した。


「(緊張するのは、慣れているはずなのにどうしたんだろう?)」


 はぁーっとついため息を吐いてしまう。弘人さんに会ってから訳がわからないことが起きている。

 

 顔に出ていたのだろう。弘人さんが声をかけてくれた。


「大丈夫ですか? まだ、お腹痛いですか?」

 

 弘人さんは店に着くまで、私に対してずっと気遣ってくれた。嬉しいと思いつつも、気まづい。


「(……申し訳ないな)」


 私は、正直ファミレスにくる間中反省していた。

 なぜなら、弘人さんに嘘をついてしまっているからだ。いくら本性を探るためとはいえ、やり過ぎてしまった気がする。


 「(弘人さんこんなにいい人なのに!)」


 気遣いもでき、優しくて、笑顔が素敵で……もう一度、弘人さんにバレないように顔を伺う。


「やっぱり寒い日には、あったかい飲み物が1番ですよね」

「!? そ、そうですね」


 が、たまたまこっちを見た弘人さんと顔が合ってしまう。慌てて私は視線をそらした。弘人さんは不思議そうな顔をしている。


「(うぅ、やっぱり目を見ないなんて変だよね。でも、まともに顔を見れないんなもん!!)」


 きっと弘人さんからしたら、変な子だって思ってるんだろうな。


 チラリと時計を見る。弘人さんと出会ってから1時間近く経っていた。


 もう少し、弘人さんと一緒にいたい気がするけど……悩んだ末、話を切り上げることに決めた。だってさすがに付き合わせるのは、申し訳なかったから。


「あの、ありがとうございます。おかげで腹痛は治ったみたいです」

「そうですか、それならよかったです」

「わ、わざわざ付き添っていただきありがとうございます。もう大丈夫ですから、帰っていただいても大丈夫ですよ! さすがにずっと付き添ってもらうのも悪いですし」


 私がそう言うと、弘人さんはゆるゆると首を横に振った。


「気にしないでください、俺は……今日は用事なかったんで」


 そう言って弘人さんは、頬をかいた。

 私の思い違いかもしれないが、それは弘人さんが私に気を遣って嘘をついているのだと思った。


「本当にありがとうございました! あの、私がここの支払いを払うので!」

「えっいいですよ! 俺がしたかっただけですから」

「でも!」

「さっきも言ったでしょ、困った時はお互い様って」

「うっそれを言われると何もいえないですよ」

「ありがとうだけで、俺は充分ですから」


 私は湯呑みを口にし、中身を飲み干す。

 

 弘人さんもカフェオレを飲み終わったようで、カップをテーブルに置いた。


 私はそれを見計らい、弘人さんに言った。


「で、では、もしもう一度会えたその時にお礼をさせてください」


 さすがにお礼をしないのは、なんだかモヤモヤする。私は気持ちをこめて、弘人さんの瞳をじっと見ながらいった。


「……わかりました、その時はよろしくお願いします」

「はい!」


 弘人さんはこくんと頷いてくれた。


 なんだかすごく嬉しかった。約束ってこんなに嬉しいんだなって。つい頬が緩んでしまう。


 すると、次に弘人さんが真剣な顔をして私をじっと見つめてきた。


「あの、失礼かもしれないんですが」

「はい?」

「かわいいですね」

「へっ!?」

「笑顔がとても素敵です」


 弘人さんは何でもないように、そう言ってきた。今度は穏やかな笑顔を浮かべて。


「ありがとうございます」、今までなら私はそう言っていただろう。100%お世辞だって分かるからだ。。

きっと弘人さんが言った言葉もお世辞だろう……なのに、


「会った時からずっと顔が強張っていたので、心配していたんです」

「あ、ありがとうござい、ます」

「うん、とってもいい笑顔です」


 弘人さんが言った言葉は、私の胸にクリティカルヒットした。うまく言葉が話せない。顔は熱くなり、胸はドキドキと高鳴る。


「あの、顔が赤くなっていますが大丈夫ですか!?」

「だ、大丈夫です」


「(本当は、大丈夫じゃないけど)」


 けれど誤魔化したのは、なんで顔が赤いのか理由を尋ねられてもうまく答えられないと思ったからだ。

 それに、弘人さんにこれ以上、心配もかけたくなかったし。


「わ、私帰ります!?」

「へっ?」

「よ、用事があるのを思い出したので!」


 私は椅子から勢いよく立ち上がると、1000円札を財布から取り出し、弘人さんに押し付けた。


「あの、おつり!」

「おつりはあげます! それじゃあ!」


 そのまま走って店を飛び出すし、私は駅に向かって走っていった。

このまま弘人さんと、話していられないと思ったからだ。


「(だって、こんなに胸がドキドキするんだもん!!)」


 この時の私には分からなかった。これが一体なんなのか。


「あのー、もしかして何かお困りですか?」


「気にしないでください! えっと困った時はお互い様って言うじゃないですか」  


「笑顔がとても素敵です」


 けれど、私は思った。優しく接してくれた弘人さんを見て、この人となら家族になってもいいって。


「(弘人さんがお兄ちゃんかぁ)」


 でも、何故か胸がツキリと痛んだ。今思えば、私は弘人さんと"兄妹"になってしまうことが嫌だったのだろう。

 だって、兄妹になったら妹としてしか見られなくなるからだ。



「はじめまして、星夜いすず(ほしや いすず)っていいます」


 それから私は弘人さん、お兄ちゃんと兄妹になった。

 胸がドキドキして恥ずかしかったけど、お兄ちゃんといられるのがすごく嬉しかったことを覚えている。


 その時の私は、お兄ちゃんに対して名前のつけられない感情を抱いていた。


 けど、少しずつ。


「いすずちゃん、よろしく」


 少しずつ。


「いすず、ご飯できたぞ」


 お兄ちゃんを知っていくうちに、お兄ちゃんに対して恋をしているのだと気がついた。


 きっと私は初めてお兄ちゃんに出会った日、お兄ちゃんの笑顔を見た時から、恋の芽は育っていたのだろう。


 出会った時に見られなかったたくさんの表情。


 いいところも、わるいところも。


 優しくて、時に頼りがいがあって、血のつながりがないのに私に妹として受け入れてくれたお兄ちゃん。


 どんなお兄ちゃんも私は大好きで、お兄ちゃんを妹以上の気持ちで見てしまっている。


「お兄ちゃん、お帰りなさい。重そうな荷物ですね、大丈夫ですか?」


 お兄ちゃんとの生活は、とっても楽しい。このまま続いていけばって、そう思っている。


 でも、それ以上を望む私がいる。


 お兄ちゃんに好きになってほしい。


 お兄ちゃんに抱きしめてほしい。


 お兄ちゃんにキスをしてほしい。


「お兄ちゃん、好きだよ」


 どうやったらお兄ちゃんは、私の気持ちに気がついてくれますか?




(お兄ちゃんと私)

 



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