お兄ちゃんと私⑵

 私は仕事が休みの日である休日、さっそくある事を実行するために家を飛び出した。


 目出し帽を深く被り、自分の髪とは違う色のポニーテールのカツラを装着し、目の色を誤魔化すためにカラーコンタクトを付け……と、アイドル星夜いすずだとバレないように変装をした。


「私ってばなんて完璧なんだろう! これじゃあ、大物女優にもなれちゃうね」


 鏡の前で自画自賛をしながら、くるりと一周。


「(うん、これなら弘人さんに会っても大丈夫だ!)」


 弘人さん……それは、義兄になるかもしれない健二さんの息子の名前だった。


「弘人さんにバレないよね? この格好なら」


 なぜ私が、会ったことのない弘人さんにバレないように変装をしているか? というのも、弘人さんを今から尾行するためである。


「来ないなら、直接会いに行けばいいんだよ。私、ナイスアイデア!」


 何回も食事会をしているのに、一向に食事会に現れない弘人さん。このまま弘人さんに一回も会わずに義兄妹になるのは不安だった私は、あることを閃いたのだ。それが尾行だった。


「(弘人さんを尾行すれば、多少人となりが分かるはず! 弘人さんを尾行して不安を解消しなくっちゃ!)」


 なのでアイドルの仕事が休みの今日、尾行を実行することにしたのだった。(ちなみに、健二さんから家までの地図を貰った)

 

「弘人さんの本性を暴いてやる!」


 私は決意を胸に、弘人さんが住む家に向かったのだった。



 健二さんの家は、電車で30分くらいかかった。地図を頼りに、家を探す。


「地図を見たかぎり、家はこっちの方だと思うんだけど」


 健二さんたちが住んでいるのは、たくさんの家が立ち並ぶ住宅街。私は健二さんの家を探すのに手こずっていた。


「(人がいたら聞けるのに……)」


 時刻はお昼を過ぎたあたりみんなお昼の後、家で休んでいるのかまったく人通りがない。


「私のバカ! 尾行することばかり考えて、時間とか考えてなかった!」


 自分の無計画さに泣きたくなった。

 

「(ってか、尾行するのはいいけど、そもそも弘人さんも家から出る保証ないし! うぅっ)」


でも、泣いていては始まらない。なんとか弘人さんの家を見つけ、尾行しないといけない。たとえ本人が家から出なくても、だ!


「(それに家が分かれば、また来れるからね!)」


 私はグッと両手の拳を握ると、あらためて地図を見た。が、やっぱり分からない。


「あのー」


 その時、誰かに声を掛けられた。男の人のようだ。


「はい!」


 人がいた! これは家を聞くチャンスだ!


 あまりの嬉しさに後ろを振り返ると、そこにいたのは歳の近そうな青年がいた。


 癖っ毛の黒髪に、前髪が長いのか目元まで隠されている。背は高くすらっとしていて、シャツの上から上着を羽織り、バックを背負って、とてもラフな格好をしていた。


 どことなく見覚えのある姿。どこで見たっけと頭を悩ませる。


「あのー、もしかして何かお困りですか?」

「うーん」

「あの?」


「あっ!?」


 青年の顔をじっと見つめ、私は気がついてしまった。


「(この人って?!)」


 だってそこにいたのは、自分が尾行しようとしていた健二さんの息子の弘人さんだったからだ。


「あ」

「? どうかしましたか?」

「いや、その」


「(言えない! 本人に向かって、お宅の場所が分からないんです! なんて、言えない!)」


 私は慌てて作戦を考えた。どうやったら、この状況を打破できるのか? どうやったら、この人の本性を探ることができるか? 


 弘人さんは私を心配そうに見ている。

 

 考えに考えた結果、私はその場にうずくまった。

 私が急遽考えた作戦はこうだ。

 お腹が痛いとその場にうずくまり、弘人さんの様子を探る作成だ。


 もし弘人さんが冷たい人なら、私を置いていくだろう。


「だ、大丈夫ですか!?」

「す、すいません、お腹が痛くって」

「きゅ、救急車呼びますか?!」

「いえ、あのー少し休めば大丈夫です」

「だったら、俺の家で休みますか? 近くに俺の家があるので」

「……」


 普通にいい人だった。


「(というか、最初に声をかけてくれた時から分かっていたけどさ)」


 こんなに見知らずの私を心配してくれるとは思ってもいなかった。どう返答しようか迷っていると、弘人さんはあわあわと手を横に振った。


「す、すみません! 見知らぬ男の家は、イヤですよね! ファ、ファミレスで休みますか!?」

「そ、そうですね」

「少し歩いたところにファミレスが、そこに行きますか?」

「は、はい」


 なんとかバレないように演技を続けながら、立ち上がる。すると弘人さんは心配そうに私が立ち上がるのを見ながら、弘人さんはバックから何かを取り出した。


「あの、よかったらこれ」

「えっ」

「その格好じゃ寒いと思うんで。あっこれはさっき買ってきたばかりの上着なんで、安心してください!」

「でも、買ってきたばかりなのに私なんかに、申し訳ないです!」

「気にしないでください! えっと困った時はお互い様って言うじゃないですか」

「うっ」

「どうかしましたか?」

「いえ、良心が痛んだといいますか……」

「?」


 さすがに上着は申し訳なかったので、お断りした。弘人さんは「気にしないでください」と言ってくれた。


 あまりの優しさに、私は疑った自分を恥じた。


「(優しい人って実際に居るんだ、知らなかった)」


 今まで母親が芸能事務所をやっている関係で、私にわざと優しくしてくる人は何人も見てきた。

 そのたびにこの世の中、本当に優しい人なんて居ないって思いこんでいた。

 今の私は変装した一般人。助ける義理なんてないのに。


「(そんな私のために、こんなに優しくしてくれるなんて)」


 正直、弘人さんの優しさに泣きそうになった。でも変に思われたくなくって、必死に涙を堪えた。


「あの、ありがとうございます!」


 私は謝罪もこめて、弘人さんに頭を下げた。弘人さんはそんな私を見て慌てていたけど。


「どういたしまして」


 そう言いながら、弘人さんはニコリと笑ってくれた。裏表のない、優しい笑顔。


「っ!」


 その笑顔に私の胸は、ドキっと鳴った。

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