第13話 いすずとストレッチ
転んでてきたケガの痛みは次の日マシになっていたので、朝5時に起きて練習をしていた。
近所の周りを走ったり、フォームを確認したり、決めたトレーニングをこなしていく。
一通りトレーニングを終え、リビングでストレッチをする。
こう見えて体は柔らかいので、ストレッチをやるのは苦ではなかった。
「1、2、3、4」
前足を伸ばし、前足に向かっててを伸ばす。
「5、6、7、8......」
ぐぅぅーっと体を伸ばしていると、いきなり背中に重みがました。ふわっと甘い香りがする。犯人はすぐ誰だかわかった。
「いすず、お前何やってんだ……」
「何って、ストレッチの手伝いをしてあげてるだけだけど?」
「いや、ただ体重のせてるだけじゃないか!?」
「ほら、お兄ちゃん。1、2、3、4」
俺の背中にのっているいすずは、そりゃあもう楽しそうだった。
だが、俺は頭を抱えたくなった。
「っ!」
「あれれ? お兄ちゃんどうしたの? 動き止まってるよー」
「べ、別に」
「ふーん」
なぜなら、ダイレクトに2つの膨らみが当たっていたからだ。そこまで想像して、顔が熱くなった。
いすずは、妹。いすずは、妹。頭の中にすり込んでいく。
「い、いすずさん。早くどいてくれませんか?」
「えーなんでー」
「ほら、お兄ちゃんなりのペースでストレッチをやりたいからさ」
だからどいて欲しいとお願いするも、いすずは「クスッ」と笑った。
とても嫌な予感がした。慌てて離れようとしたけど、いすずは離してくれない。それどころかいすずは俺の耳元に顔を寄せ、囁くように話し始めたのだ。耳がぞわっとして、体が震えた。
「なになに、まさか何かを感じちゃった」
「っ!」
「何を感じちゃったの、背中に? お兄ちゃん教えてよ」
「それは、」
「ん? それは、なに?」
きっと背中に張りついているいすずは、ニヨニヨと笑っていることだろう。
「言わないと離れないよ?」
さらに体を密着させ、くっついてくるいすず。限界だった。
耐えられないものは、耐えられないのだ。
「なぁ、いすず」
「なにかな? お兄ちゃんって!?」
俺は後ろに向かって腕を回すと、いすずの横腹に手を伸ばした。そして指を動かし、
「にゃ!?」
「こちょこちょ」
「ちょ、お兄ちゃん、やめっ」
いすずの横腹をくすぐった。
いすずがくすぐりに弱ければ退いてくれると考えたからだ。
どうやらいすずは、くすぐられるのが苦手らしい。変な声を出している。
「離れないと、くすぐり続けるぞ? いいのか?」
一度くすぐるのをやめ、ひっついているいすずに向かっていった。
「降参して離れなさい。そしたら許してやるよ」
「誰が、誰が降参するって!」
しかしいすずはさらに俺に体重を預けると、
「童貞お兄ちゃんをまだからかいたいから、絶対離れない!」
っと強気でいった。
なので俺はいすずの横腹を再度くすぐった。
こちょこちょ。
「ぷ、くふふ」
こちょこちょ。
「や、やめ、んっあ!」
こちょこちょ。
「ひぅ、んっ? やぁ」
こちょこちょこちょ……
なんかやたら耳元で、卑猥な声が聞こえてくるんだけど。
これそのまま、続けていいのか?
なんかいけないことをしてる気分になるんだけど。
「ど、どうしたのお兄ちゃん? もうやめるの? 根性ないね? まっお兄ちゃんだからしょうがないか」
その言葉に、ピキッとなる。
「……いったな」
「へっ? きゃっ!?」
俺はいすずの腕を引き、床になんとか押し倒すとそのままいすずの脇腹をくすぐった。
「兄を怒らせると、怖いんだぞ!」
「ちょっ、おに、お兄ちゃん。ひゃあ!? ふっうぅ」
「こちょこちょ」
「にゃ、だめ!? そこは、んやぁ」
「こちょこちょ」
「うっ、お兄ちゃん! わた、私が悪かったから、あっ」
とことんいすずの脇腹をくすぐり、いすずが「やめて」と声を上げてもやめなかった。
2分が経った。
そろそろいいだろう。さすがにやり過ぎは可哀想だしな。
ふぅーと一息ついていると、下から「お兄ちゃん」と呼ぶ声が聞こえる。
「あっ」
気がつけば俺はいすずを押し倒していた。そして、下にいるいすずは「はぁ、はぁ」っと呼吸が乱れ、目にはうっすら涙が出ている。顔を赤くさせ、服は乱れていた。
他人から見たら完全に、ヤバいやつだ。
や、り、す、ぎ、た☆
俺は慌てていすずの上から退くと、いすずに土下座した。
「いすず、ごめん! さすがにやりすぎた!」
俺は一体、何をやってるんだ!!
いすずのことだ、きっと「お兄ちゃんのバカ」とか罵ってくるだろう。そう思っていた。
が、いつまでたってもいすずの罵り声は聞こえてこない。不思議に思って顔を上げると、いすずは嬉しそうに顔を赤らめてる。
「ふふ♡」
「い、いすずさん?」
「べ、別にドSなお兄ちゃんがかっこいいって思ったわけじゃないからね!」
「はぁ?」
「もっとやって欲しいって、思ったわけじゃないからね!」
なんかよく分からないけど、怒られなくてよかった。
ちなみにいすずは、毎日のようにストレッチを邪魔してくるようになった。
「お兄ちゃん、くすぐらないの?」
「めんどい」
「ふん、腰抜けお兄ちゃんめ!」
放っておいたら、めちゃくちゃ不満そうだった。
なんで、不満なんだ。普通は「お兄ちゃんのバカ!」って怒ったりするんじゃないか?
そこまで考えて、俺はある考えが浮かんだ。もしかしたら、いすずはそうなのかもしれない!
「なぁ、いすず」
「なに」
「いすずってもしかして、ドMなのか?」
「ぶっ?!」
ギューギューとくっついてくるいすずに、俺はいった。いすずはその言葉を聞くと、後ろて暴れ出した。
「は、はぁ? 何言ってるの! 私がドMなわけないじゃない!」
「でも、くすぐらないと不満そうだし。俺がやり返すと嬉しそうな顔をしているし。あと、他には……」
頭の中で数えながら、指を折っていく。
「うっ、それはお兄ちゃんのことが、ゴニョゴニョだからで」
「えっ? なんかいったか?」
「別に! とにかく私はドSだから!」
「どこが、ドSなんだよ」
「全部ですけど!」
全部ってなんのことを言ってるんだ?
うーんと考えてみる。
あれか、いつもあからかってくることを言いたいのか?
「お兄ちゃんのざぁこ♪」
まぁ、たしかにいすずにやられることはある。けど、返りうちされると、
「お兄ちゃんのバカ!」
って顔を赤らめながら嬉しそうなんだけどな。
「結論、いすずはドMです」
「今の話聞いてた、私ドSなんだけど!?」
「ふむふむ、まだ言うか。なら」
「え?」
俺はいすずの体を離すと、いすずに近づき耳元で囁いた。
「なぁ、いすず」
「な、なにお兄ちゃん」
「お前のこと、沢山いじめていいかな?」
「にゃっ!?」
「お前が嫌だっていうまでやめない。もっと俺に困った顔を見せてほしいな」
「あわわっ」
まっこんなんじゃ、いすずも「なまぬるい」とか言ってきそうだな。
「は、はい」
が、いすずの顔はそれはもうとろけていて、目がハートになっている。
「やっぱりいすず、ドMじゃん」
「はっ!? ちっち違うもん! それはお兄ちゃんが言ったからで!」
「えっ俺が言ったから?」
「なんで今はちゃんと聞きとれんのよ! バカバカ」
ポカポカといすずは、俺の胸を叩いてきた。
「とにかく、私はドSだから!」
「ドM」
「なんかいった? お兄ちゃん」
「いえ、なにも」
これ以上いうのはやめておこう。じゃなきゃ、めんどくさそうなことになりそうだからだ。
「分かってくれればいいよ、お兄ちゃん」
「あっいすず」
「なに、お兄ちゃん?」
俺はもう一度、いすずの耳元で囁いた。
「お前のこと、食べていい?」
「ひゃい」
「やっぱり、ドMじゃん」
「だから、違うって!」
結局ドSドM論争は、終わらなかった。
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