ブッコローと知の象徴

新星エビマヨネーズ

1. 消えた本

 町外れの公園に、大きなクスノキがあります。のぼり始めた朝日が、生い茂った葉の隙間からチラチラ差し込むと、の中で誰かが目を覚ましました。

 オレンジ色の体に、茶色い翼。大きな耳に、丸いクチバシ。寝ぼけまなこの片方はまぶしそうに青空を見上げ、もう片方はくるくると部屋の中を見回しています。

 R.B.ブッコロー。それがこのミミズクの名前です。

 どうして公園にミミズクが住んでいるかって?それは、彼がなんでも知りたがりで、森での暮らしに少々退屈してしまったからです。新しい刺激を求めて、ブッコローはただ一羽、この町へと羽ばたいてきたのでした。彼がどんなに好奇心旺盛なミミズクか、ほら、両耳の羽角うかくを見ればすぐにおわかりでしょう。なんとも素敵な虹色に覆われているではありませんか。最新流行に敏感な都会派のミミズクでなければ、こうはなりません。

 やがてブッコローの片目は、壁かけのカレンダーにとまりました。


 《グランコローおじいちゃん 誕生会 よる10時》


「そうだ、『恋しいジュリエット』、おじいちゃんの誕生会だ」

 ——恋しいジュリエット、といっても、ガールフレンドのことではありません。14いしい10時ジュリエット、つまり今夜の予定のこと。数字とくればなんでも語呂合わせにするのが、彼のクセなのです。

 さて、本来夜行性のミミズクにとって、真夜中の集会なんていつものことですが、人間の生活にすっかり慣れたブッコローがこのお招きに預かるためには、今のうちからたっぷり昼寝をしておかなくてはいけません。

 ところが、二度寝は得意のはずのブッコロー、今朝はどうしたことでしょう。

「どうもソワソワして寝付けない。久しぶりで森のみんなに会えるからかな?まったく、自分のパーティでもあるまいに」

 仕方なく、ブッコローはコーヒーを淹れることにして、本棚の前で一口すすりました。きっと本でも読んでいれば、そのうち眠くなるだろうと考えたのです。

「さて、どれにしよう。難しい本ならすぐに眠たくなりそうだ。しかし、頭を使いすぎて目が冴えてもいけない。ではこの何十回も読んだ本にしようか?いいや、退屈どころか、何度読んでも夢中になってしまう」

 本棚に並んだ背表紙をあれこれ眺め回していたブッコローは、突然叫びました。

「あ!本がない!」

 いいえ、本棚には、いつもの本がきちんと揃っています。

「グランコローおじいちゃんにもらった本が!」

 首と目玉をぐるぐる回し、ブッコローは大きく広げた翼の中を慌てて探しました。

 そう、なくしてしまったのは、彼がいつも脇に抱えていたはずの、おじいさまから頂いた特別な本です。

 胸の羽毛から尻尾まで念入りに探り、しまいには体を逆さまにしてぴょんぴょん飛び跳ねてみましたが、まるで破れたクッションにように、辺りに羽毛が散らかるばかり。

「どおりで落ち着かないはずだ!」

 無理もありません。なにせあの本は、受け取ったときからずっと大切に脇に抱えて、片時も離したことがなかったのですから。

「一体いつ、どこで無くしたのだろう?」

 部屋中をうろうろと歩き回り、タンスもベッドもじゅうたんもみんなひっくり返してみましたが、どこにも本は見つかりません。

「考えたくもないほど、面倒なことだ」

 すっかり冷めたコーヒーを一口すすり、大きなため息をひとつ。

「昨日出かけた場所をたどって、探すほかない」

 今こそ寝床に潜って、みんな忘れて眠りたいところですが、このままでは今夜おじいさまに合わせる顔がありません。

 ブッコローは、しぶしぶの外へと身を乗り出しました。

 さわやかな初夏の風が、クスノキの葉をさらさらと撫でていきます。

「昨日の朝、まず出かけたのは競馬場だ」

 大きく翼を広げて、ブッコローはよく晴れた青空へと舞い上がりました。

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