七月の悪魔

家宇治 克

第1話

 休みの日に、突然知らされた話。

 同級生のたかおみ君が、事故に遭って亡くなった。

 それが、7月のことだった。


 でも、そんなことを言われても、現実感がないし、なんなら、タチの悪い嘘とすら思う。

 けれど、その日の午後に、先生から電話が来て、ようやく話が本当だったと信じられた。


 月曜日の暗くて落ち込んだ雰囲気は、教室の雰囲気と相まって、息が苦しくて仕方がなかった。

 先生の話も、通夜の案内も、頭に入ってこなかったのを覚えてる。


 たかおみ君とはあまり親しくなかった、というのもあってなのか、私自身、あまりショックを受けていなかった。

 薄情なだけと言われたら、そんな気もする。


 通夜に顔を出し、線香をあげて、また、いつも通りの日常に戻った。


 しかし、その直後から、変な話を聞くようになった。



「たかおみ君の姿を見た」



 もうこの世のどこにもいない彼を、見たという人が続出した。


 それは教室内で、廊下で、玄関で、校門で。

 まるで「ここにいる」かのように、彼は姿を見せては消えるらしい。

 そんな馬鹿な、でも嘘とも本当とも証明できない。


 私は、御伽噺のような噂話に、耳を傾けるだけだった。


 いつも通りの放課後に、私はなんとなく、たかおみ君の足跡を辿る。

 生きてる彼らが見た、死んだ彼を追ってみたかった。

 教室、廊下、玄関、校門──……彼を追いかけていくと、いつの間にか、彼の事故現場にたどり着いた。


 手向けられた花を見下ろす、私と同じ学校の生徒。

 その後ろ姿は、何度だって見ている。



「たかおみ君」



 私が呼ぶと、彼は振り返った。

 遺影と同じ、屈託なく笑う彼は、本当は生きているのではと錯覚してしまう。


「君は、僕が見えるの?」


「見えるよ。色んな人が、君を見ていた」


 素朴な会話に咲く花もなし。

 重めの沈黙が、その場をゆっくり通っていく。


「実はさ、僕。7って数字に、縁がないんだよね」


 話題が無いなりに、彼は話してくれた。

 ラッキーな数字のはずなのに、怪我をしたり、彼女にフラれたり、ネットショッピングに失敗したり。

 家族と話している時に、『いつか7の付く日に死ぬんじゃないか』と笑ったこと。それが、本当になったこと。


「まさか、脇見運転してる車がさ、歩道に突っ込んでくるって思わないじゃん」


「そうだよね」


「まだ人生これからって時に、寂しいよ。やりたいこともあったしさ、苦しいなぁ」


「そうだよね」


 未練をこぼす彼に、私は何も出来ない。

 ただ話を聞いて、頷いて、それだけ。

 たかおみ君は、話を聞いてもらえて嬉しかったのか、表情が晴れていく。


 スッキリした顔で、私に言った。


「あぁ、話せてよかったよ。あんまり話をしたことがなかったけど、君って話しやすいんだね」


「たかおみ君も、話上手で面白かったよ」


「もっと話がしたい」


「いいね、もっと聞きたいな」


「本当に!?」




「じゃあ一緒に来てよ」




 クラクションが鳴る。

 大きな音に驚いて、すぐ横を見れば、ブレーキが壊れたトラックが、私に向かって突き進んでくる。


 避けることも、止まることも出来ない距離で。私が恐怖に強ばる様子を。


 反対側の歩道で微笑む彼。


 たかおみ君は、色んな人に好かれていた。けれど、いい子ではなかったのかもしれない。

 痛みが置き去りにされるほど、強い力に吹き飛ばされた。そして、私は自分の死を悟って地面に広がる赤を見つめた。


 それは奇しくも、たかおみ君が亡くなった7月7日の、ちょうど7日後だった。

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七月の悪魔 家宇治 克 @mamiya-Katsumi

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