25.お人形さん
大前提だが、信濃さんはマジでほんとにすっごい可愛い。
小動物のように小柄な体躯、もふもふな癖のある茶色の髪、病弱にも見える白い肌に少し切れ長の瞳。
眼帯という特殊なアイテムが無くてもきっと他の人の目を独り占めしていたであろう信濃さん。自分を着飾るということにとことん無頓着だったからこそ、そこまで目立っていなかったと言うだけだ。
俺の個人的な意見にはなってしまうが、俺がこれまで出会ってきた中で一番可愛いと思ったのは、間違いなく信濃さんだ。
そんな彼女が、彼女に非常によく似合うワンピースを身に纏ったら、どうなる?
「終わった」
「お、どれど……れ…………」
試着室の中でワンピースのスカートを軽く摘む信濃さんを見た時、俺は全ての語彙を失ってしまった。
心臓が飛び跳ね、目線が信濃さんから話せなくなってしまった。お世辞でも褒め言葉がすらすら出てくる口が、何も語らない。
結論から言ってしまうと、ぼっけぇ破壊力。
まるで絵本の中から出てきてしまったのではないかと思ってしまうくらい。不思議の国のアリスから出てきたアリスのよう。
身体の小ささも相まって、まるで大きなお人形さんのよう。
これを見ているのが、俺だけで良かったような、こんなに可愛い信濃さんをもっと皆に見てもらいたいような。
「…………く、黒澤くん?」
「へ、あ、ごめん…………その、すっごい、可愛いよ。うん、すごい、似合ってる」
思わずしどろもどろになってしまう。普段はすらすら語れるこの口が、シンプルな賛辞しか出てこない。
それくらい、信濃さんが可愛い。表に出したら、百人中九十五人は振り返るほどだ。
髪のセットもスキンケアもしてなくてこれだ。本気でメイクアップしたらと考えると恐ろしい。本人にその気があるかどうかはさておきだが。
「……黒澤くん、顔真っ赤」
「あー……やっぱり? うん、ちょっと、すごい」
自分でも薄々感づいていたが、やはり顔が熱い。
どんなにグラマラスなおねーさんに話しかけられても何ともなかったのに、何故かこの着飾った信濃さんを見ていると心臓が締め付けられる。
──これ、本当にまずいかもしれない。
「……勘違いするな。黒澤奏」
小さく、誰にも聞こえないよう口の中で呟く。
信濃さんが俺に求めているのはその関係じゃない。あくまで理解者。あくまで友達。そこを履き違えちゃいけない。俺は、いい人になりたいんだ。いい人で居たいんだ。
小さく、小さく呼吸を整える。目を閉じ、思考を整える。
──よし、もう大丈夫。
目を開け、信濃さんに笑いかける。
「信濃さん、サイズがあって良かったね。どうする? 買っちゃう?」
「買う。このまま着てく」
「りょーかい。それじゃあ、店員さん呼んでくるね。大丈夫かな?」
「……頑張る」
信濃さんの了承を得てから、店員さんに声を掛ける。
試着室の中に佇む信濃さんを見た店員さんまでもが彼女に見惚れてしまうというちょっとしたハプニングこそあったものの、値札を切って貰って会計に進む。
値札の値段は、想像よりちょっぴり高い程度。このくらいなら全然出せる。
「……私が出す。出させて。」
「信濃さん……気持ちだけ貰っとく……じゃ、納得しなさそうだね……半分ずつ、でどうかな?」
「お願い。後で出す」
いいもの見れたし、感謝の意味も込めて財布を引っ込めてもらおうと思ったけど、いつにも増して真剣な表情で腕を掴まれては折れざるを得ない。
とりあえず全額出して後で貰うという形で納得してもらった。
店員さんににこやかに送り出された俺たちは、そのままその店を後にする。
「……少し、歩きにくい」
「ロングスカートみたいなものだからね。危ないからゆっくり行こうか」
「ありがとう……財布しまわないで。お金」
「はは、忘れてくれなかったか」
「忘れない」
このまま言われなければ黙ってお昼と思ってたけど、流石しっかり者の信濃さん。
半額のお金を受け取った俺は、今度こそ財布をカバンにしまう。一円単位まできっちりと渡されてしまった。
「ありがとう、黒澤くん。今度から週末のデートはこれを着てくる」
「そんなに気に入ったの? なら良かったよ」
「気に入ったのは、そっち」
ぴっ、とまっすぐ指を刺される。刺された胸の中心が、小さく跳ねた。
「黒澤くんが好きそうだから。制服よりこっちの方を着る」
勘違いするな。と再び強く決意を抱く。これは、信濃さんが優しいからだ。
「それはありがたい。毎週末が楽しみだよ……さてと、移動やらなんやらで結構時間使っちゃったね。どうする? 少し早いけどお昼にする?」
「……そうする。パスタがいい」
「りょーかいっ! 来る途中に美味しそうなお店、あったよね。あそこにしよっか」
「構わない」
そんな胸の中を、話を逸らすことで無理やり押し付ける。
若干不自然だったと思ったが、信濃さんはそんな俺に何も言わなかった。
大丈夫。今日はもう大丈夫。
ここからお昼を食べるために店を移動するまで、頭の中をその言葉で埋めつくしていた。
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