26.次の約束
「……疲れた」
「あはは、そりゃああんなに動き回ったらね……しんどくない?」
「大丈夫。そっちは?」
「もーまんたい」
日が長くなってきて、夕方と言われる時間になっても暗くならなくなってきている。
少し影が伸びたくらいの時間。俺たち二人は住処の街に帰ってきていた。
服も買った。お昼も食べて、俺が行きたいところに言って欲しいと言われたので、少し悩んだ後で新しい文具を探すために雑貨屋をハシゴした。
俺の隣には、学生鞄を持ったワンピース姿の信濃さん。これまで制服姿の彼女と外出していたせいかあまり意識はしてこなかったが、いざ私服を身に纏った彼女と共に遊ぶと、正真正銘「デート」なのだと強く意識させられた。
「……そういえば、こういう服の洗濯ってどうすれば良いんだろう」
首を傾げながら、自分のワンピースをまじまじと見つめる信濃さん。
確かに、ファッションに疎かったらその辺の知識はなくても仕方ないよな、と俺は家での家事を思い出す。
「あーそれ? 洗濯表示確認して洗濯機行けるようならネットに入れて洗濯かなぁ。あと、困ったらおしゃれ着用洗剤を使ったらいいよ。分かんなかったら……人類の叡智に頼ればいい」
ひらひらと、手に持ったスマホを見せる。正しく使えば俺たちの生活を豊かにしてくれるこの文明の利器。頼らない選択肢はない。俺が使いこなせているのかと聞かれたら、頷くことはできそうにないが。
信濃さんはふむと頷いたかと思うと、自らのスマホのメモアプリに何やら文字を打ち込んでいた。おそらく、俺の言葉を忘れないようにするためだろう。マメな子だ。
「……本当にその服、気に入ってくれたんだね」
「気に入った。大切にしたい」
ここまで喜んでくれるのなら、もう少し早く誘っても良かったかな、なんて少しだけ後悔。
だけど、どこかうきうきな様子で隣を歩く信濃さんを見たら、杞憂だと割り切れる。
「それは良かった。じゃあ、次遊びに行く時はそれ着て来てくれるのかな?」
「勿論。むしろ、ゴールデンウィーク中にもう一度デートに行きたい」
「お、乗り気じゃない。俺もまだ予定埋まってないし……そうだな……3日後とかどう?」
「問題ない。ちょっと遠くの図書館に行きたい」
「良いね。お昼は……俺のお弁当で、どう? 安上がりだし」
お弁当。
その単語に分かりやすく反応した信濃さんは、分かりやすく表情が明るくなった。
毎回毎回、本当に楽しみにしてくれてるし、食べる時も本当に美味しそうに食べてくれている。作り手としてはこんなに嬉しいことはない。
今日はよく知らない場所に行くということもあり出先で済ませる話にしたが、若干落ち込んでいたくらいだ。
「……ハンバーグ、食べたい」
「ははっ、本当に好きだね、ハンバーグ」
「黒澤くんのハンバーグが好き。世界で一番美味しい」
「……そこまで言われると、さすがに照れるなぁ」
最近、信濃さんが好意だったり謝意だったりの伝え方があまりにも真っ直ぐ過ぎて狼狽えてしまう。
毎回毎回、勘違いしてしまいそうになる。男子高校生なんて、女の子からちょっと優しくされるだけで簡単に勘違いしてしまうチョロい生命体なのだ。
そうはなりたくないものだ。
「ま、それじゃあ今回も頑張って作るよ。ハンバーグ以外は?」
「……そう言えば、この前入れてくれてたきゅうりとキャベツの浅漬け。本当に美味しかった。手間じゃなければ、また食べたい」
「おっけい。浅漬けね」
ありがとう、食品メーカーの浅漬けの素。信濃さんの胃袋をがっちり掴みましたよ。
確かに美味しい。あれメインで食べたくなるくらい美味しい。それはそれとして、若干悔しいのは何故だろうか。
「さて、と……それじゃあ、今日は楽しかったよ。また3日後、だね」
「……こっちも。楽しかった。服、本当にありがとう……くしゅんっ」
マンションの入り口の別れ際。最後に一言二言会話を交わそうとしたら、信濃さんが可愛いくしゃみを一つ。
少し薄い生地のワンピース。身体が冷えてしまったのだろうか。
俺は信濃さんをそこに待たせ、近くにある自販機からホットのココアを買い、その手に握らせる。
「はいこれ。身体冷やしちゃったかな。帰ったらしっかり暖まってね」
「……毎回思うけど、黒澤くんの優しさはちょっとすごい」
「だって……その方が嬉しいでしょ?」
「それは……そうだけど」
しばし俺と自分の手の中のココアを見比べていた信濃さんは、やがて俺がココアを買った自販機に向かう。
スマホをかざして何かを買ったかと思うと、それを俺に向かって差し出してくる。
入学式の次の日に買ってくれたものと同じ、ホットのお茶だった。
「……お返し。受け取ってくれたら、私も嬉しい」
「それじゃあ、喜んで貰おうかな。ありがとう、信濃さん」
「……ん。じゃあ、また今度」
「うん。また今度」
小さく手を振った信濃さんが、一人先に階段を登っていく。
その背中を見送った俺は、早速そのお茶の蓋を開け、息を吹きかけて冷ましながら一口。
「……熱いなぁ、やっぱり」
四月末。日が沈んできたとはいえ、熱いお茶は少し季節外れだった。
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