24.向き不向き

「……え、これでにーきゅっぱ!!? やっす!!」

「アウトレットなんてそういうもの」

「はえー……俺てっきりただのショッピングモールの類かと」

「ならショッピングモールって呼ぶ」

「……そうだね!」



 ようやくたどり着いたアウトレットにて、俺は数々の商品に目を向けていた。

 値段、安い。質、良い。デザイン、良い……のも、ある。

 楽しい。見てるだけで超楽しい。



「うーん……これは買いすぎちゃいそうな……じゃない、信濃さんの服を買いに来たんだ……」



 スマホを取り出し、昨日必死に勉強してまとめたメモを取り出す。

 いくつか考えてきたコーディネートに近い服を見繕って、実際に組み合わせて調整してみよう。



「んじゃあ、実際に試着してもらおうかな。まずは、そうだな……ん?」



 目当ての服を見つけたので、着てもらおうとしたところで、近くに信濃さんが居ないことに気付く。

 周りを見渡すと、すぐに見つけた。何やら、とある服をじっと見つめていた。

 茶色を基調としたワンピース。全体的にシックなデザインだ。下に着るシャツとリボンタイもセットになっていた。


 そのワンピースを、じっと見つめていたが……やがて、ひとつため息をつき、こちらに向き直る。



「……信濃さん。そのワンピースが気になるの?」

「……大丈夫。私には似合わない」

「そんなわけない。絶対似合う」

「いや……サイズ」



 言われてから、ハッとした。


 彼女の背はかなり低い。普通のサイズでは大きすぎてしまう。

 完全に失念していた。下手したら、ここにサイズがない可能性すらある。



「気にしないで。いつもの事」

「……ごめん」

「大丈夫」

「でも……諦めたくは、無いなぁ」



 どうしようもないと言えばそれまでだろう。背なんて、どうしようも無いものの典型だろう。それで夢を諦めたやつだって居る。

 でも、それで気になった服を着れないなんて、悲しすぎる。



「……さてと、店員さん! ちょっと良いですか?」

「はい! 何でしょうか?」

「このワンピースなんですけど……彼女の背にあったサイズのものって有りますかね?」

「そうですね……確認してきますので差し支え無ければ、身長を教えて貰ってもよろしいですか?」

「へ、え、っと……143センチ、です……」

「かしこまりました。少々お待ちください」



 近くにいた店員さんに話しかけ、確認してもらう。

 しかし、信濃さんって143センチなんだ。本当に小さいんだな。



「さてと、無かったとしたら……最悪他の店だな……」

「……よく店員さんと話せる」

「ん? 何が?」

「私には、そんな風に初対面の人に話しかけるなんて出来ない」

「あぁ……別に気にしなくていいんじゃない? このご時世、最悪店に行かなくても買い物できるし」



 便利な世の中になったもので、家に居ながら買い物ができる。こんな便利な世の中を作ってくれた天才と、それを支える人々に感謝。

 それはそれとして、店先に出向いての買い物はやはりいい物だ。何か困ったことがあった時に店員さんに相談しやすい。今回だってそうだ。


 各々自分に合った買い物スタイルで行けばいい。



「お待たせいたしました! 丁度こちら、お子様とのペアルック用でご用意していたものがございました! 試着なさいますか?」

「本当ですか! ありがとうございます! ほら、信濃さんっ」



 やがて、店員さんが店の奥から戻ってきた。手には先程まで信濃さんの目を奪っていたワンピースの、一回り小さいサイズ。

 受け取った信濃さんが、それをまじまじと見つめる。少しだけ、本当に少しだけ、目が迷っているように見えた。



「大丈夫。見るのは俺と、店員のお姉さんだけだよ」

「……黒澤くん、だけがいい。それなら、着てみたい」



 人見知りだと、笑わない。信濃さんにとって、おそらくそれが何より重大で、行動原理になっているから。

 店員さんに目配せをする。にこりと営業スマイル──とは思えないくらい優しい笑みを浮かべてくれた彼女は、何かありましたらお声がけ下さいと一言残して、持ち場に戻って行った。



「んじゃ、試着室に行ってみよっか」

「……ん」



 信濃さんから鞄を受け取り(これまた学校指定の通学鞄だった)、試着室の中に入っていく信濃さんを見送る。カーテンが閉められ、彼女の姿が消える。


 そのすぐ近くの壁に背を預ける。ワイヤレスイヤホンを付けようかと一瞬考えて、やめる。もし信濃さんが話しかけてきて、気付かないなんてことにはなりたくない。



「……黒澤くん、ありがとう」

「お、どしたどした?」



 危惧していた通り、カーテンの向こうから信濃さんの声が聞こえてきた。

 彼女が最近よく口にする言葉。それがありがとうだ。彼女はよく、俺にその言葉を伝えてくる。


 感謝されるのは悪い気分では無い。



「私一人だったら、これを着れなかった──黒澤くんが、居たから」

「どういたしまして。着終わったら言ってね。あ、なんか困ったことがあっても!」

「……ん」



 カーテンの向こうから聞こえてくる声は、いつもより少しだけ小さくて、いつもと同じように起伏は無い。

 でも、嬉しいんだろうなということだけは、何故かひしひしと伝わってきた。




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