23.田舎者にはキツイ電車乗り換え
「さて信濃さん。お恥ずかしい話なのだが、岡山の田舎に難易度の高い乗り換えなんてものも存在しない。なんなら、電車じゃなくて気車が走ってるとこもある」
「きしゃ? 蒸気?」
「あぁ……気動車って言って、ディーゼルエンジンなんだよ」
「へぇ……知らなかった」
翌日。俺と信濃さんは約束通り朝十時にロビーに集合していた。いつも通り制服を見に包んだ信濃さんに、身の丈話がてら雑談スタート。話題が尽きることはない、話せと言われたら何日でも話続けられるのが俺の特技だ。
ちなみに、気動車が走っているのもマジだし、路線図は簡単。下手すりゃ一両編成だ。大阪から越してきた恭介は、「なんでバスが線路を走ってるの?」と口にしていた。田舎舐めとんのか。
岡山舐めんな。岡山市は意外と都会なんだぞ。東京様や神奈川様、大阪様の足元にも及びませんが。
「つまり、何が言いたいの?」
「アウトレットに行こうと言い出したのはわたくしめですが、辿り着ける気がしません。案内してくださいお願いします都会怖いです」
「分かった」
家で路線図を眺めていた時、あまりにも複雑に入り組みすぎて訳が分からなかった。私鉄やらなんやら乗り換えが訳わかんない。そもそも電車の席がまっすぐ前向いてないのがおかしい。席数少なすぎるよ。
出張経験が何度かあって都会にも出たことがある親父はともかく、俺やしーやつーは何にも理解できなかった。
「ごめん……いつか必ず理解してみせるから……」
「私も理解できてないから、多分無理」
「まじか……生粋の都会っ子でも無理なのか……」
「あ、話してなかった。私、ここの生まれじゃないよ」
突然明かされる衝撃の事実。
あまりにも慣れた様子で歩いていくもんだから、生まれも育ちもここだと勘違いしていた。
「元々山梨に居た。中学で伯父さんと一緒に暮らすようになってから、こっちに来た」
「へえぇ……山梨。富士山?」
「そう、富士山」
「でかかった?」
「でかかった」
でかかったのかー、そうかー、一度見てみないなー。
……ますます信濃さんの昔話が気になる。割と、真面目に、気になる。
北中でのいざこざはおそらく彼女の本質では無い。北中に入学した時にはすでに、彼女はこうなっていたのだろう。
つまり、彼女の原点は……山梨時代。小学生の時。
まだ両親と暮らしていたであろう時。
「んじゃあ、案内よろしくね、信濃さん」
「任された」
いつか、彼女の口から聞きたい。聞かせて欲しい。
でも今はいい。
「じゃあ、よろしく」
「ん」
いつか。
────────駅────────
おかしいだろ人の量。世界にこんなに人間が居るなんておかしいよ。俺の世界に人間はこんなに居ない。
「黒澤くん。顔怖い」
「…………はっ!」
意識が遠くに行っていた。危ない危ない。
田舎者からすると、まず徒歩十五分なんて移動をしない。基本的に自転車か車だ。電車なんて余程の距離の移動でない限り使わない。
つまり、徒歩十五分歩いて駅まで来て、そこから数キロ先のアウトレットに行くなんて、普通なら車で一気に行くか自転車でダチとともに喋りながら出かける距離。
「都会怖い……なんでみんなそんなすいすい歩けるの……みんな歩くの速いし……」
「慣れ。私も最初そうだった」
つまり、もう俺は若干疲れてきている。都会の人、みんな健脚が過ぎる。
信濃さんは相変わらず涼しい顔で、スマホをポチポチと触っていた。
「じゃ、行こうか」
「え? 切符買わないの?」
「え? 切符買うの?」
「え?」
「え?」
言い忘れてた。電車通学通勤なんて基本しないから、交通系ICカードなんてもの持ってるわけない。
かなり間。周りを通る人達が、迷惑そうに俺たちを避けていく。
「……券売機でICカード買えるから、買って。一々切符買われたら、迷惑」
「はい……買い方教えて下さい……」
「本当はスマホにアプリ入れて欲しいけど……時間が勿体ない」
「了解です……発行代は?」
「五百円」
「はい……」
いつも切符を買っている券売機。そこで初めてICカードを発券した。ついでに、千円分チャージ。
その時の様子は割愛させてもらおう。お恥ずかしながら、機械は少し苦手だ。
そして、遂に手に入れたICカード。
「うわぁ……都会の人っぽい!」
「その感想が田舎の人っぽい」
「ぐふっ」
今日の一撃はかなり鋭い。視線もいつもよりじとっとしている。
前々から感じていたが、信濃さんは負の感情に関してはかなり素直に出る気がする。木谷くんに初めて話しかけられた時しかり、涙を流していた時しかり。
また笑顔を見たいものだ。それが今日だと、嬉しいな。
「と、ともかく……これで電車に乗れるぜ!」
「そうね。じゃあ行こう」
「お、乗り気だねぇ」
「当然。黒澤くんとのデートだし」
「おうふ」
ましてや、照れ顔なんていつになったら見れるのだろうか。そもそも照れることがあるのだろうか。
勝手にダメージを食らっていた俺に首を傾げる信濃さんからは、とてもじゃないがそんな姿はイメージできそうにない。
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