19.恩人と玩具
「しっかし、意外とおっちょこちょいなんだな。迎えに来たのは中々ポイント高ぇが、連絡先交換してんだから連絡くれれば良かったのに」
迎えに行った赤嶺さんが、完全に頭の中から抜け落ちていたスマホの存在を思い出させてくれた。
IT社会に生きる若者として有るまじき姿を晒し意気消沈した俺とひとしきり笑ってご機嫌な赤嶺さんは、二人揃っていつもの空き教室へと入る。
「来たよー……お、机用意してくれたんだ。ありがとう」
「構わない」
「悪いねぇ。しかし……こんな使われてなさそうな教室見つけるとは、運がいいな」
ホントだよ、と肩をすくめる。赤嶺さんには入口から見て奥の席、その前に向かい合わせで置いてある机にそれぞれ俺と信濃さんが座る。
この場合の上座下座ってどうなるんだろうか、とぼんやり考えながら弁当箱を机の上にセット。赤嶺さんも机の上にコンビニの焼きそばパンとサラダを置いていた。
「しかし……あの信濃がダチと、しかも野郎と一緒にメシねぇ……最初聞いた時はなんかの間違いかと思ったぜ?」
「黒澤くんがいい人なのが悪い。そういう赤嶺さんこそ、他人に興味を持つなんて珍しい」
「そこの男が面白いのが悪い」
「え、俺ぇ?」
全ての責任を押し付けられ狼狽する。こっちは自分のポリシーに則って毎日を必死に生きてるだけだと言うのに、何が悪いというのだ。
別に不快になった訳ではないので、わざとらしく首を傾げながら二人の顔をキョロキョロと交互に見てみる。信濃さんは全く反応してくれないが、赤嶺さんがくっくっと笑ってくれたので良しとしよう。
「ま、黒澤はほっといてさっさと食おうぜ? 時間は限られてんだからさ」
「そうね。食べるよ、黒澤くん」
「あ、はい……頂きます……」
俺の頂きますにならい、二人も小さく頂きますと復唱。そのまま自分の昼食に手をつけ始める。今日のメインは、時間が無かったので手抜きの冷凍唐揚げだ。これが中々美味いんだ。食品メーカー各社に感謝。
──さて、なんの話題を振ろうか。
もぐもぐとサラダから食べる赤嶺さんとひょいっとタコさんウィンナーを食べる信濃さん。この二人の共通の話題から入るのが丸い訳だが……俺の知る共通の話題は、二人が同中である事くらいか。
「二人って同中なんだよね? 北中ってどんなんなの?」
「ん? あー……そういやこの辺の人間じゃねぇんだっけか」
「そうなんよ。岡山のクソ田舎から来た田舎者じゃけん、この辺のことなんも知らんのよ」
おぉ、と感心した様子の赤嶺さん。ちなみにこれ以上キツい方言になると、最早若者には判別不可能だ。
それじゃあ説明しないとな、と赤嶺さんはごくんと口の中のサラダを飲み込む。
「北中は……まぁそんなに特色があるってわけでも無いな。あ、バドは滅茶苦茶強い。全国区の強豪だな……そんくらい」
「ふぅん? 学力はどんなもんなん?」
「中の上。その中でも学力高い人だけ、ここに来てる。この学校偏差値高いし」
それは痛感した。ここの入学試験滅茶苦茶難しかった。流石私立の進学校である。
「でも、信濃はその中でも特に頭良かったよな。統一模試百位以内とかだったろ?」
「え! 凄い……」
「凄くない。まだ上に八十人くらい居る」
謙遜……では無いのだろう。数十万人に勝っているという自信より、八十人に負けてるという劣等感を抱く。
向上心があっていいと、人は褒めるのだろう。確かに成長しようとする気概は、褒められて然るべきだ。
「信濃さんは凄いよ。それだけ頑張ったんだよね」
だから俺は、結果ではなく努力を褒める。結果ばかり見られる世界、俺くらいは頑張ってるところを褒めたって許されるだろう。
「ありがとう」
感謝の言葉の後に、お茶を啜る。少し大きなカップを両手で持つと、まるで小動物が餌を食べてるみたいでなんとも愛らしい。
「……へぇ?」
そんな俺たちの様子を、面白いものを見るかのような目で見てきていた赤嶺さんが、頬杖をついて信濃さんに笑いかけていた。
その視線に気付いた信濃さんが目を向ける。二人の視線が交わる。
「……信濃。コイツの言葉は随分素直に受け取るんだな。アイツらとは大違いだな」
「当たり前。黒澤くんは信用できる」
「なんだ? こいつがツラ良くて人当たりが良いからか?」
踏み込む。容赦無く、遠慮無く。
そこに思いやりや気遣いなんてものは感じられない。ただ自分が知りたいからという、素直な感情が見え隠れしていた。
──ある意味、羨ましい。
信濃さんは、そんな赤嶺さんから一切目を逸らさなかった。
「黒澤くんは、隠した。私の眼を周りから」
信濃さんが発した言葉は、たったそれだけ。
だが、赤嶺さんは全て合点がいったと言わんばかりに目を閉じ天を仰いでいた。
「……黒澤。素直に答えろ……信濃の左眼、知りたくないのか?」
「知りたいさ。でも、信濃さんはそれを望んでいない。なら聞く気は微塵もない」
当たり前だろう? と同意を求めるように語りかける。
赤嶺さんは──それはそれは、高らかに笑った。
「ははははははっ! いやぁ……かっこいいねぇ……やっぱりお前、最高だよ」
──俺の赤嶺さんに対する印象は、どこか大人びた、達観したような目をする女の子だった。
だけど、今。彼女の目は爛々と輝いていた──まるで、親に買って貰ったゲームが面白かった子供みたいな、純粋な瞳だった。
昼休みは、まだ半分も終わってない。
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