18.三人目
昼休み。早速信濃さんと共にいつもの教室へ向かおうとお弁当をカバンから出しているところで、元気よく振り返ってきた木谷くんが口を開いた。
「なぁ黒澤くんや! 一緒に春高バレーのオレンジコートを目指さないか?」
「それ、クラス中の男子に行って回ってるよね……残念だけど、俺部活に入るつもりはないんだよ」
がっくりと肩を落とす木谷くん。申し訳ないが、俺は高校でも帰宅部でいるつもりだ。
そう言えば、信濃さんは部活とか考えているのだろうか。少なくとも、運動部はありえないだろう。
「信濃さんは? 部活なんか入るの?」
「入るわけない。運動部なんて論外」
「ぐふっ」
信濃さんの言葉で、木谷くんが不必要な精神的ダメージを負っていた。信濃さんが身体弱いって話聞いてたはずなのに。
完全にノックアウトされた木谷くんには目もくれず、お弁当箱を持ってそそくさと出ていってしまった。何気に、それなりに珍しい俺以外の人間と信濃さんが会話を交わすシーンだ……三秒で終わったが。
「……まぁ、その、どんまい。明日はきっといい事あるよ」
「憐れむなぁ……惨めになるだろぉ……!」
木谷くんに一言告げ、信濃さんの背中を追う。
追いつき、並ぶ。今日は左側。こっちの方が、彼女の死角を補い易い。
信濃さんの綺麗な目が見えないのは少し残念だが、安全には変えられない。信濃さんには廊下の窓側を歩いてもらうのが、最近の通例だった。
「信濃さんってさ、ずっと帰宅部だったの?」
「そう」
「んとなると……委員会とかは? 図書委員とか」
「私は本が好きなんじゃなくて、本を読むのが好き」
「あー……なるほど」
図書委員になってしまったら、本には触れるのに読まない時間が増えてもどかしい……こんな所だろうか。
推察に過ぎないが、そこまで的外れでもないだろう結論を持って歩を進める……その中で通り過ぎたりすれ違う生徒たちの目線が俺の隣へと集まる。
やはり、信濃さんへの目線は凄い。そろそろ慣れて欲しい、と思わなくも無いが、これはもう暫く続くのだろう。自分も若干諦めの境地に入りかけている。
「お、黒澤……と、信濃か。本当に仲良いんだなお前ら。どこ行くんだ?」
さて、高校内での俺の交友関係で、俺を苗字で呼び捨てにする女の子は一人しかいない。
案の定、女子トイレから出てきて俺に声をかけてきたのは、今朝話したばかりの赤嶺さんだった。
周囲からの注目度がさらに上昇する。恐らく学年内でもトップクラスに目を惹く二人。それが一堂に会したのだから、当然と言えば当然。
「あー…………教室じゃ人目が気になるからさ、空き教室でお昼を食べてくるんだ」
そんな場に巻き込まれた哀れな仔羊ことこの俺黒澤奏は、正直に答えても大丈夫かどうか信濃さんにアイコンタクトで確認を取る。こくりと頷いたのを確認した俺は、手に持った弁当箱を眼前に掲げて見せる。今日は俺が作った弁当だ。そこそこ自信作だ。
ほーん、と俺と信濃さんとを交互に見比べる赤嶺さんは、やがてにやりと笑って見せた。
「なぁ、アタシも一緒に行っていいか?」
さて、どうしたものか。
俺個人としては全然問題ない。余程相手をするのがしんどい人からサシで食べようと頼まれでもしない限りは、ある程度場を持たせることはできる。
つまるところ、俺の隣に立つ信濃さんに全権が委ねられている。しかし、朝は俺が赤嶺さんとの密談場所に使おうとしたら物凄い顔をしていた訳だし、望みは薄そうだ。
「──構わない」
そう高を括っていたから、信濃さんの返答には本当に驚かされた。
赤嶺さんはそんな信濃さんの返答に一瞬だけ眉を上げて見せたが、はっ、と笑い捨てた。
「わーった。先に行ってろ」
そのまますたすたと自分の教室へと入っていった彼女の背中を見送り、俺は信濃さんの顔を覗き込む。赤嶺さんが入っていった教室の扉へと目線が向けられていた。
「……いいの?」
「大丈夫。私が居るから」
「……えっと、自分が居ない時にあの教室を使われるのが嫌なの?」
「そう」
基準が分かんない。流石にこれは理解出来そうにない。
確かにあの教室は長いこと使われている様子もない。おそらく俺たちが久しぶりの使用者なのだろう。最初に入った時は少し埃っぽかった。
だけど、なぜそんなに拘るのかが分からない。
「……分かった。嫌なら仕方ないよね」
しかし、飲み込んでみせる。
感情の部分はどうしようもない。俺がおかしいと理解できないと言ったところで、信濃さんが嫌なことに変わりは無い。
他人の嫌がることをしない。小学生の時に散々教えられたことだ。
「さてと、それじゃあ行きますか」
「ん」
そんな些細なことより、この後訪れる信濃さんと赤嶺さんとの昼食……それの方がどうにも気がかりで、気が落ち込みそうになると同時に、胸が踊る。
信濃さんと赤嶺さんがどんな会話を交わすのかに、純粋に興味が湧く。タイプが完全に違う二人のマッチアップ。果たしてどんな化学反応を起こしてくれるのだろうか。
──なんて現実逃避をしながら、信濃さんがお弁当箱と共に持ち出していた本に目を向ける。
活字ばかり読んでいた彼女にしては珍しく、長期連載されている少年漫画の最新刊が握られていた。
「……赤嶺さん何処で食べてるか分からないよね」
「……ちょっと探してくるね」
──なお、空き教室に辿り着いたタイミングで赤嶺さんに集合場所を伝えていない事に気付き、来た道を戻ることになった。
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