17.人の噂話は程々に


「あの、信濃さん。赤嶺さんとはどういう関係で?」

「同じ中学校」

「……………………」

「……………………」

「……………………え、それだけ?」

「それだけ」

「そうか……そうかぁ…………」



 赤嶺さんと別れて、帰ってきた我らが教室。

 澄まし顔で読書を続けていた信濃さんに、単刀直入に赤嶺さんとの関係を聞いた結果が、これである。俺に一体どうしろと言うんだ。



「じゃあさ、なんで信頼してるの?」

「赤嶺さんは、聞かない」

「聞かない? …………あぁ、そういう事」



 恐らく、彼女が他人に求める最低限にして最上級の条件。それが『左眼について聞かない』。

 これを守らないとそもそも会話の土俵に立てないし、これさえ守れば信頼するとまで言って貰える。


 申し訳ないが、歪であると言わざるを得ない。自分が普通だとアピールするつもりは無いが、少なくとも彼女が歪んでいるのに違いは無い。



「ま、それならそれでいいや……知らない人に着いていっちゃダメだからね?」

「……黒澤くんは?」

「………………うーん」



 そうだよね。俺、出会って一週間だもんね、当然知らない人判定にもなるよね。

 どう反応したら良いものかと頭を悩ませていると、信濃さんは読んでいた本に栞を挟み、こちらに身体ごと向き直る。



「ごめん。黒澤くんは別。黒澤くんは優しいから」

「あーいや、謝らないで……俺も言い方が悪かったよ」



 二人でぺこり、頭を下げ合う。これでこの件に関してはおしまい。

 しかし、と俺は背筋を伸ばす。色々と疑問点が解決されていないことに違いはないんだ。



「じゃあさ、赤嶺さんがどんな人なのかは教えて貰ってもいいかな?」

「……赤嶺さんは、一人だった」



 ちらり、と時計に目を向けた信濃さんは、そのまま目線をこちらに戻してきた。



「私と同じように、一人。でも、私の一人と、赤嶺さんの一人は、違う」

「……つまり?」

「赤嶺さんは、私とは違って、根本的に他人に興味が無い。一人でもいい、じゃなくて、一人がいい、って思ってる」

「……孤独を好んでる、ってこと?」

「そう」



 なるほど、と腕を組む。正直、赤嶺さんに対する印象は補填されていない。信濃さんからの印象と俺の印象に差異はほぼない。

 俺が納得したのは、信濃さんの孤独に対する捉え方についてだ。

 信濃さんは一人になりたくて孤独を選んでいる訳では無い──これが知れただけでも、上々だ。


 しかし、赤嶺さんについては何も理解が進んでいない。



「それじゃあ……なんで赤嶺さんは、俺に話しかけて来たんだ?」

「さあ。一目惚れでもしたんじゃない?」

「だったら、俺はなんて罪作りな男なんだっ……俺にはギターっていう心に決めた恋人が居るのに……!」

「……そう言えば、黒澤くんってギタリストだったね」

「おっと? 忘れられてた?」



 確かに前に彼女の前でギターの話をしたのは放課後デート以来だが……そんなに忘れられる程印象なかっただろうか。割と熱く語ったつもりなんだが。

 首を傾げた俺を見て、信濃さんはそっぽを向いた。



「私の中のギタリストは、黒澤くんみたいに美味しいハンバーグ作らないし、女の子に対して誠実に接しない」

「世界中の美味しいハンバーグ作るギタリストと女の子に対して誠実なギタリストに謝った方がいいよ……多分、居るはずだから」



 照れ隠しにツッコミを入れる。べた褒めされるのにはどうも慣れない。

 信濃さんの言葉はどれもこれも良くも悪くもストレートだ。曲げることも比喩することもオブラートに包むこともない。

 いいとこではあるが、いい事ばかりでは無い。いつかやんわりオブラートの練習をしてもらおうかな。



「まぁそれは置いといて……流石に一目惚れとかじゃなさそうだけどなぁ」

「どうだろ。黒澤くんカッコイイし」

「……ど、どうも」



 オブラートの練習をしてもらおう。絶対。これに付き合ってたら身が持たない。

 今度は俺が顔を逸らす。顔が熱いぜ、こんちくしょう。嬉しいけどさ。


 ごほん、とわざとらしく咳払いをひとつ。ここはカウンターと行こうではないか。やられっぱなしは性にあわない。



「そんなこと言ったら、信濃さんだって可愛いじゃん。一目惚れする人絶対居るよ?」

「ありがとう」

「…………」

「…………」

「……え、それだけ?」

「それだけ」

「そうか……そうかぁ…………!」



 撃沈。完敗。


 全く意に返さない信濃さんに天を仰ぐ。そうだよ、信濃さんは俺の小っ恥ずかしいありとあらゆる発言に対して無表情で返してきているんだ。今更可愛いって言われた程度で、その表情筋が動くとは思えない。



「……どうしたの」

「なんでもない……あ、先生来た」



 諦めの境地に達したところで、担任の先生がやって来た。あと二分でHRだ。

 予習のために机の上に広げていた教科書類を片付け、黒板に向き直ると、そこには後ろ向きでこちらを見てくる男子生徒。



「……木谷くん。もしかしてずっとこっち見てた?」

「うん。見てた」

「せめて話しかけてきてよ……」

「だってすっげぇ仲良さそうに話すからさぁ……入るに入れなかったんだよ……!」

「……なんかごめん」



 約一名が悲しい気持ちに包まれた状態で、無情にも予鈴が鳴り響く。


 今日も一日が始まった。

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