16.優男と眼帯少女と金髪少女




「よぉ、優男。ちょっとツラ貸せ」

「だってさ」

「......ええ?」



 休み明けの月曜日。信濃さんと並んで登校して、他愛のない話をしていた時だった。


 朝の8時5分前。まだまだ教室内に人が揃っていない状態だ。特に何もすることの無い俺は、ぼーっと教科書類を眺めていた。そんな突然俺に話しかけてくる二人組。



「えっと......赤嶺さん? と木谷くん。なしたよ?」

「いやぁ、なんか黒澤くんに会いたいって言ってたから、連れてきた」

「そういう事。おい、ちょっと世間話してかないか? 別に取って食わねぇから......なぁお嬢サマ? ちょっとコイツ借りていいか?」

「......構わない。黒澤くんは私のものでは無い」



 赤嶺さんが黙々と読書を続ける信濃さんにニヤリと笑いかける。ちらりと一瞥してみたが、赤嶺さんの存在を確認するとすぐに読書に戻る。相変わらず読書家だ。しかし、今日のチョイスは中々謎だ。なんなんだ『歯ブラシ大全』って。

 決まりだな、と赤嶺さんが笑う。まぁ何もやること無かったから良いかと、ガタリと席を立つ──その時、俺たち......正確には、俺と赤嶺さんを射抜く目線に気付く。


 一瞬だけ、周りを見渡す。別のクラスの、しかも金髪で目立つ赤嶺さんが入ってきているということもあり注目自体は集めていた。しかし、その中でも特異な目線を向ける同級生......北中出身の方々。



「あー......木谷くんはどうするの?」

「んー? 俺はいいや。まだ今日のログボ貰ってねぇんだ」



 木谷くんが離れていく。その後ろ姿に一人安堵。

 北中のいざこざに木谷くんまで巻き込みたくは無い。いつか話を付けなきゃいけないとは思っているのだが、如何せん北中の人たちに囲まれて尋問を受けた日から、彼らとの距離がどうしても遠くなっている。


 俺悪くないよなぁ……とは思いつつ、こちらからアクションを取った方がいいのかもと頭を捻る。とりあえず今は、赤嶺さんの件が先だ。



「そっか。じゃあ……行こっか?」

「あぁ。場所は任せる」

「じゃあ空き教室……いや、屋上行こうか」



 いつもの空き教室と一瞬思ったが、信濃さんが物凄い顔をしたので止めておく。どうやらあそこは信濃さんのテリトリーとなってしまっているらしい。

 学校の屋上。入学初日に確認したが、この学校では屋上への侵入が許されているようで、鍵は空いていた。あそこなら今の時間、誰か別の人間が来るということはないだろう。

 俺の言葉に頷いた赤嶺さんは、そのまま踵を返して歩き出す。信濃さんと木谷くんに行ってくるねと言葉を残して、その後を着いていく。



「しっかし、本当に信濃と仲がいいんだな。うちのクラスの同中の奴らが、一緒に登下校してるとこ見たって噂してたぜ?」

「あぁ……ホントすごい偶然なんだけどさ、住んでるマンションが同じなんだよ」

「それで毎日送り迎えってか? 殊勝なことで」

「それはどうも」



 廊下を歩いていると、信濃さんと共に歩く時のように視線を感じた。無論それは俺に向けてというより、その隣……赤嶺さんへと向けられるものだった。

 信濃さんとは系統が違うが、彼女もまた人の目を引く美少女。しかも目立つ金髪とくれば、人の目線を一身に集めるのは火を見るよりも明らか。


 彼女たちは人から見られることに慣れているようだが、俺はそうでもない。

 降り注がれる目線を耐え、歩くこと暫く。ようやくたどり着いた屋上は、心地い良い風が吹いていた。



「さて、と……どんな話なのかな?」

「単刀直入に聞こう。信濃の昔話を聞きたいか?」

「……聞きたいと言えば聞きたいけど……うん。そうだね……有難い申し出だけど、やめておくよ」



 俺が特に悩む様子もなく決断をしたことに、赤嶺さんはピクリと眉を動かす。理由を言ってみろ、とばかりに首を傾げるので、ゆっくりと自分の心を言葉にしていく。



「そりゃあ、知りたいとも思ったし、前に赤嶺さんと会った時は、信濃さんの昔話が聞ける! って嬉しかった。けど……まだ早い」

「早い、ねぇ……」

「そう。それに嫌だろう? 出会って数日の男が、自分の昔の話を知ってたら」



 違いない、と赤嶺さんが笑う。俺も笑みを浮かべてみせる。

 なんか凄い勢いで距離を詰めてるから勘違いしてしまいそうになるが、出会って一週間弱だ。来週末のデートの約束まで取り付けているものの、だ。


 どこに彼女の地雷があるか分からない現状、慎重に行くに越したことはない。



「やっぱりお前、おもしれーヤツだな。男子高校生なんて、股間と脳みそ直列に繋がってるやつしか居ないと思ってたのに」

「こらっ、まだお日様が出たばかりでしょ。せめて放課後にしなさい。それに、そうじゃない男の子だって居るかもしれないでしょ」

「へぇ、お前は?」

「……ノーコメントで」



 世の男子をフォローするついでに俺自身の保身に走るつもりだったが、どストレートに突っ込まれては口をつぐむしかなかった。

 嘘はつきたくない。たとえ俺自身が不利益を被ることになっても。

 笑いたきゃ笑え。俺は街中で可愛い女の子見かけたら目で追っちゃう普通の男子高校生なんだ。


 全てを受け入れる体勢に入った俺を見た赤嶺さんは、高らかに笑った。



「いやぁ、気に入った気に入った! おい、スマホ出せ。連絡先交換するぞ。うちのクラスつまんねーやつばっかでさ、退屈なんだよ。暇な時話し相手になりやがれ」

「え、あ、はい。ウェルカムウェルカム」



 スマホを取り出した赤嶺さんにならって、俺もスマホを出す。マナーモードにしていたスマホにはメッセージが来ていた。


 そのメッセージを見た時──思わず目を見開いた。



「…………」

「どうした?」

「……信濃さんから」



 たった一文。その一文をどう噛み砕いていいか、図りかねていた。



『赤嶺さんは、信頼できる』



 その一文と赤嶺さんの顔を交互に見比べる。

 申し訳ないが、どうにも接点が見えそうにない二人だった。



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