20.迷惑



「いったいどういうことなの!?」



 教室に響く女の子の、悲鳴にも似た甲高い叫び声が耳を襲う。

 目の前で俺に向かって形相で迫るのは、先週俺と信濃さんの関係を迫った時に最後、声を上げようとした人だった。彼女以外にも、所謂北中出身者──全員女子──が、俺の机の周りを取り囲んでいた。



「えっと……赤嶺さんのこと……だよね」

「それ以外にあると思う!? 朝だけじゃなく、昼まで一緒って!」



 参ったな、と内心では思いつつ表情は崩さない。ここで反応してしまうと、一気に崩れてしまいそうだ。普段より一層気を張りつめているな、と他人事のように自己を省みていた。

 きっかけは、昼休みの最後──三人で並んで空き教室を出て、三人で並んで教室に帰っている所だった。


 行きはバラバラだったから誰にも目撃されていなかったが、帰りは一堂に会してしまっていたのが不味かった。二人の相手に気を取られて周りが疎かになっていた──というのは、言い訳に過ぎないだろう。


 案の定、北中出身の人達がそれを目撃した。してしまった。


 自分の教室に戻って行った赤嶺さん、図書室へと向かった信濃さん──残された俺に、注目の的が集まってしまうのは当然だろう。

 案の定、自分の席に戻ってみると彼女たちが俺の席の前に仁王立ちしていた。それを見て表情を変えなかったのは、流石に褒めていただきたい。



「信濃さんだけじゃなく、赤嶺さんまで!? あんた、一体何したのよ!」

「そんな事言われてもなぁ……赤嶺さんの方から話しかけてきたんだよ」



 今回も俺は、事実のみを言うのみ。自分で言いたくはないが、かなり温厚な性格の俺が機嫌を損ねているくらい、この状況に疲弊している。

 どうやら、北中の人たちにとって赤嶺さんと話すことは信濃さんと友人になるくらい大きな出来事らしい。俺にとっては何が大事足りえるのか全く理解できないが。


 しかし、それで納得するようなら、彼女たちはわざわざ隣の教室まで人目を気にせず乗り込んだりしない。

 案の定、俺の机に手をついて身を乗り出してくる。制汗剤の匂いが、少しキツい。



「いい加減にして!! なんで出会って一週間のあなたが、信濃さんや赤嶺さんと話せるの!! 私たちは三年かけてもできなかったのに!!」



 ──知らないよ!! 君たちの問題だろ!!!


 叫んでしまいたかった。非難してしまいたかった。指摘してしまいたかった。

 だけど、何を言っても聞き入れてくれそうにない絶望感を感じてしまっていた俺は、何も喋れなかった。

 



「──そういうトコだろ」



 いよいよ手が付けられなくなってきたその時、俺に救いの手を差し伸べてくれたのは、丁度教室に帰ってきた木谷くんだった。

 普段は朗らかな笑顔を浮かべている彼が、今は眉を潜め、彼女たちをその長身から見下ろしている。かなりの威圧感だ。


 たじろぐ彼女たちを他所に、木谷くんはフンと鼻を鳴らす。



「高校生にもなって他人の迷惑も考えられねぇ人間だ。どうせ信濃さんや赤嶺さんにも迷惑がられてるんだろ。黒澤くんだって可哀そうだよ、ただ皆に優しくしてるだけで厄介なのに絡まれて……」

「なっ……あんたは関係ないでしょ!」

「あ? てめぇらが占拠してるその席、誰ンだと思ってんだ? あぁ?」



 最早苛立ちを隠そうともしない木谷くんは、女子生徒の前に立ち腰に手を当てメンチを切る。

 凡そ一般人が醸し出すとは思えないほどの威圧感を出す木谷くんに、完全に委縮してしまい何も喋れなくなった女子生徒。

 そんな彼女たちを一頻り睨みつけた木谷くんは、わざとらしく大きなため息を吐く。



「さっさとどけ。俺たちの時間を浪費させるな」



 最後にひと睨み。何も言葉を喋れなくなった彼女たちは、逃げるように教室を後にして行った。

 彼女たちが廊下に出た途端、教室からは拍手が上がった。主に、木谷くんと同じ中学の人達だろうか。それ以外の人たちも、皆晴れやかな表情をしていた。



「よく言った、木谷!」

「この前からめんどくさかったんだよアイツら!」

「黒澤も気にすんなよ! ちゃんと見てっからな!」

「なんかあったら言ってよね!」



 木谷くんを賞賛する声と、俺を擁護する声が半々くらい。

 その声に軽く手を挙げて反応した木谷くんは、自分の席に横向きでドカッと座った。



「……ごめんね、木谷くん。迷惑かけて」

「いやいや、別に黒澤には怒ってねぇって。なーんにも悪くないんだし。それより、他に聞きたい言葉があるかなー俺は」



 先程までの怖い顔から一変、にかっと快活な笑顔を浮かべて見せてくれる。

 その笑顔に安心した俺は、ようやく安堵のため息をついた。朝から張りつめていた緊張感が、ようやく解れた。



「そうだね……ありがとう。木谷くん」

「いいってことよ。ま、マジでなんかあったら言えよ? 事情は詳しく知らねぇけど、話くらいならいつでも聞くぜ?」

「それは心強い。頼りにさせてもらうよ」



 幾分か気が紛れるのを感じながら、深く椅子に腰かける。


 昼休みは、もうすぐ終わる。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る