13.食事は美味しく楽しく頂きます



「............」

「............」

「........................」

「........................」



 ........................。



「「................................................」」



 沈黙。


 俺と信濃さんの間に流れているのは、何処か重苦しい雰囲気。元々あまり喋る方ではない信濃さんだが、お喋りであることを自覚している俺がここまで喋らないのは中々ない。自分で言うのもおかしいが、喋ることがアイデンティティみたいな人間なのだ、俺は。


 さて、そんな黙り切った俺と信濃さんの間にあるのは、何も重苦しい雰囲気だけではない。向かい合った俺たちの間にあるのは、ふたつの包み。


 ──俺のお手製弁当である。



「......開ける」

「......うん」



 移動した飲食スペースにて、俺と信濃さんは運命の一瞬を迎えようとしていた。


 信濃さんに俺の弁当を食べてもらう──聞く人が聞いたら、何運命の一瞬などと大袈裟に言っているのだと鼻で笑われるかもしれない。が、俺にとっては受験の時より緊張する一時。


 ゆっくりと、信濃さんの手元に置いてある包みが彼女の手によって解かれていく。姿を現した、シンプルなお弁当箱。銀色の箱が、かぱっと開かれる。



「…………わあ」



 いつも信濃さんが食べてるお弁当と同じくらいの大きさのお弁当箱に、ゴマ塩を振った白ご飯。いつも以上に気合を入れた焼きムラのないだし巻き卵に、好物だと話していたハンバーグ。彩りに入れたブロッコリーと花の形に切った人参。

 見た目はいい。持ってくる途中で傾いていなかったのも一安心。後は味が受け入れられるかどうかである。



「……頂きます」

「……どうぞ」



 きちんと両手を合わせ、目を閉じる信濃さん。箸を手に取り、さぁ緊張の一瞬。信濃さんが真っ先に手を付けたのは、やはりハンバーグだった。


 一口大に箸で切り分けたそれを、信濃さんはゆっくりと口に運ぶ。



「…………お」

「お?」

「おいしい…………!」



 ──後に、ずっと後……それこそ、墓石に入るその瞬間まで、この時の光景を忘れることはなかった。


 ずっと無表情で、無感情で、時々見せるのは不満顔だったり驚きだったりと、正の感情は見えなかった信濃さん。


 そんな彼女が今、目をきらきらと輝かせていた。おいしいと、俺が作ったハンバーグをもぐもぐと食べ進めていた。


 本当に、嬉しそうに。



「…………はああああああああああああああっ…………よかったあ…………」



 思わず大きくため息。そのままずるりとずり落ちる。行儀が悪いと言われても仕方ない体勢だが、朝から気を張っていたのだ、ちょっと許してほしい。

 もぐもぐと、一心不乱に箸を進める信濃さん。口いっぱいに食べる様子は、まるで小動物のようだった。



「ん……これ、わざわざ冷えた時に美味しいハンバーグを作った?」

「ああ、よくわかったね。お袋に手伝ってもらってさ、いろいろ教えてもらったんだ」

「そう……やっぱり、黒澤くんは凄い」



 ──凄い。


 あまりにも自然に出てきたその言葉が、もうどうしようもなく嬉しかった。頑張って作った料理を美味しい美味しいと食べてくれることが、こんなに嬉しいとは思わなかった。

 そもそも、家族以外の誰かに料理を振舞うという行為自体が初めてだった。それがここまで喜ばれるとなると、早寝早起き頑張った甲斐があった。


 これは帰りにお袋にデザート買わないとなぁ……と思いながら、一心不乱に食べ進める信濃さんを眺める。



「喜んでくれてよかったよ……」

「……黒澤くん、嬉しい?」

「そりゃあね……昼ご飯いらないって言ってた人が、俺の弁当美味い美味いって言ってくれてるんだから……」

「こんなご飯なら、毎日食べたい」

「あはは……んっ!?」



 あまりにも自然に出てきた彼女のセリフ。思わず反応がワンテンポ遅れた。地元では(しーやつーから)ツッコミの天才とまで言われた俺としては、かなりの失態である。


 毎日食べたい。これ以上ないくらいの誉め言葉であることは間違いないし、きっと信濃さんは全く何の意識もなく口にしたのだろう。


 だけど、それは、流石に、心臓に悪い。



「……? 黒澤くん?」

「へ、あ、いや、なんでもない……うん……なんでもないんだ……」



 狼狽した俺の様子に首を傾げる信濃さん。


 君、さっき漱石の三四郎読んでたよね? 確か恋愛小説だったよね? あれかい、君は月が綺麗だったってさらりと行ってしまうタイプか。


 これは早いとこ慣れないとなぁ……と、俺は自分の弁当箱を開ける。



「……黒澤くん、お弁当大きい」

「ん? そりゃあ……これくらい食べないと足りないからね」

「そう……いっぱい食べたら、おっきくなれるかな」

「……………………ごめん、断言できない」



 自分の頭のてっぺんをぽんぽんと叩きながら、自分の弁当箱と俺の弁当箱を交互に見る。


 もし……もし二回目以降があったら、カルシウムとたんぱく質がしっかりと採れるメニューにしよう、と心に誓った。



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