12.反省も後悔もきちんとする


「…………その」

「構わない」

「えっと……」

「構わない」

「……あの」

「構わない」

「まだ何も言ってないんだけど……せめて何か言わせて……」



 彼女お得意の返事を三連投。どこか語気が強いと感じるのは、きっと気のせいではないだろう。


 所変わって、ここは図書館。俺が岡山にいた時に時々通っていた図書館とは、広さも貯蔵量も綺麗さも設備も何もかもが上の図書館だった。都会凄い。普通に館内に飲食コーナーがあるのびっくりなんだけど。

 そこの一階。小説やエッセイなどが置いてあるコーナーの窓際。窓に向かって設置された机に並んで座る。

 入るなり信濃さんはすたすたと奥まで入っていき、何冊かの本を持った状態で流れるように今の席に座っていた。慌ててその左隣に腰かけたが、先ほどの出来事などまるで無かったかのように振舞う彼女に、流石に困惑してしまう。


 あの後、しーとつーは二人で仲良く買い物に行った。あの二人、双子ということもあってか恐らく世間一般的な姉弟と比べても仲がいい。余程のことがない限りずっと一緒にいる。


 あの二人にはいつまでもあのままでいてほしいな……という兄の虚しい思いは置いといて、信濃さんである。



「黒澤くんの考えも理解した。弟さんと妹さんも迷惑ではなかった。謝ることはない」

「いやもうぶっちゃけるんだけどさ? もうね、はっずかしいたりゃありゃしないのよ。正直今信濃さんの顔見るとさっきの痴態を思い出しちゃってダメなのよ」



 キザすぎる。勢いで口にしたとはいえ、あまりにもキツイ。こんな感じで後で恥ずかしさに身を焦がすことになるのだから、後先考えずその場の感情だけで話さないようにしてたのに。


 信濃さんと同じように持ってきた小説を脇に避け、机に突っ伏す。あれから小一時間ほど経ったが、未だに顔から熱が引かない。



「そう......意外。黒澤くんって、いい意味で昔の事を振り返らない人だと思ってた」

「ポジティブなのと、反省しないのは別だよ......反省するから、俺たちは成長出来るんだよ。人間は過去から学ぶことで種の存続と繁栄をしてきたんだから」

「また主語が大きい」

「でも、事実だよ?」

「......それは、そう」



 結局これも、親父からの受け売りだけどさーと、首だけ信濃さんの方を向けてへにゃりと笑ってみせる。前を向いたままだったので、教室と同じような構図だった。意外と姿勢良いな、信濃さん。


『良かったな、今失敗して。これで次は同じ失敗をせずにすむ』


 幼い時、親父やしーやつーと一緒にお袋の誕生日に出す料理の試作をしている時の話だ。シュークリームを作る時に生地がきちんと膨らむか不安になってしまい、オーブンを開けてしまった。結果ヘニャヘニャの生地が出来上がってしまい、泣きかけてた俺たちに親父が言った言葉だ。


 その甲斐あってか、今ではシュークリームは俺の得意料理の一つになった。



「だから、俺は自分の行いをよく思い返すんだけど......その度にこんな感じになる」

「難儀」

「難儀だよ......」

「じゃあ......お願い。私のために、胸を張って」



 胸ポケットに入れてた栞(木製。そんなのあるんだ)を読んでいた本に挟んで閉じる。そのまま俺の方へ向き直る。


 右眼が見えた。優しく、細められていた。



「あの言葉......私は、嬉しかった」



 その言葉に、思わず息を飲んだ。


 言葉を選ぶかのように、慎重に、ゆっくりと口を動かす信濃さん。



「私に幸せになって欲しいって言ってくれたの、お父さんと、お母さんと、伯父さんだけだった。そんな言葉を、出会って四日の人から言われた──黒澤くんが、言ってくれた」



 初めて、彼女の口から両親のことを聞いた。

 彼女にとって、両親がどんな人なのか想像しかできないが......口振りからしても、表情からしても、きっと優しい人なのだろうと想像するのは難しくない。


 きっと、伯父さんも合わせて彼女にとって大切な人たち。彼女は、そんな人たちと同列に俺を並べた。



「だから、そんなに自分を卑下しないで欲しい。その言葉に、私は、喜んだのだから」

「......分かった。ありがとう、信濃さん」

「......こっちの、台詞」



 構わない、では無い彼女の返答に思わず笑みが零れてしまう。

 そうだ。あの言葉に嘘は無い。森羅万象に誓ってそう言える。


 覚悟は決めたんだ。確かにあの発言は恥ずかしいものだったが、それを背負い込んでみせよう。


 俺は、信濃さんを、幸せにするんだ。



「じゃあ......早速一個、幸せを運んでみせましょう......飲食スペース、行かない?」



 俺は自前のバッグの口を開け、中に入れてたふたつの包みをちらりと見せる。

 それを見た信濃さんは、マナーモードに設定していたスマホの画面を付け、時間を確認。現在、11時45分。いいくらいの時間だろう。



「構わない。本返してくる......私がやるから、先に行って席取っておいて」

「あら、それは有難い。じゃ、これお願いします」

「構わない」



 信濃さんに俺が持ってきてた本を手渡す。午後からちゃんと読まないとな、とその本のタイトルをきちんと覚えておく。


 あの夏目漱石の『こころ』が、何故か目に入ってきた。


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