14.また来週


「いやあ……こんなに本読んだの久しぶりだ……」

「ん、楽しめた」



 夕焼けが茜色に染まるアスファルトの上を並んで歩く帰り道。

 日常生活を送る上で目にする活字の量を遥かに超え摂取した俺は若干疲れ気味。一方信濃さんはそんな一日に満足だったのか、心做しか足取りが軽かった。


 表情こそ、大きく変わることは決してない。だけど、ちゃんと見ればちゃんと彼女は感情表現している。今は、それなりに機嫌がよさそうだ。



「信濃さんさ、毎週図書館に行ってるの?」

「行ってる。今日は本ばっかり読んだけど、課題のある日は課題したりする」

「なーるほど......ん、ってことは来週も行くの?」

「その予定」

「ほーん......じゃあ、来週のメニュー今から考えとかないとなぁ......」



 毎週ハンバーグ! というのは流石に飽きが来るかもしれない。カロリー気にするかもしれないし、あっさり食べれるもの......それでいてご飯のおかずに良さそうなもの......。

 これはお袋からまた伝授してもらう必要があるかな、と顎に手を当て笑ってしまう。楽しくなってきたぜ。



「え......来週?」

「ん、へ、あ......あー、ごめん。来週もついてく気満々だったや。流石に迷惑だよね」



 きょとんとした表情で信濃さんから見つめられた。まるで俺の発言が変だったみたいに、こてんを首を傾げていた。

 一体何をと考えたところで、俺があまりにも自然に来週も信濃さんと共に過ごそうとしていた事実に気付く。


 若干の羞恥で、頬が熱くなるのを感じる。今なら、夕焼けに照らされてるからバレることは無いだろう。でも、思わず口元を隠すように右手を当ててしまう。



「......構わない」



 ふいっと顔を前に向けた信濃さんが、ぼそりと呟いた。車の音に掻き消されそうになったその声を、俺はしかと拾い上げていた。

 思わず立ち止まる。つられて信濃さんも立ち止まり、こちらを振り返る。彼女の色素の薄い茶色の髪に夕焼けが反射して、きらきらと輝いていた。



「迷惑じゃない。邪魔もしてない。お弁当は美味しい。断る理由が無い」



 矢継ぎ早に捲し立ててくる信濃さんはちょっと珍しい。どことなく、必死というか、躍起になっているように見える。

 しばし、二人の間の会話が無くなる。近くにある公園から聞こえる子供たちの声が、やけに大きく感じた。



「……えっと、だから、あの………………来週も、一緒に、居たい」



 普段ははっきりとした物言いをする信濃さんが、しどろもどろになりながら一歩踏み込んでいた。

 思わず目をぱちくりと瞬きする。一歩二歩と信濃さんに近付き、彼女の目の前に立つ。



「……いい、の?」

「そう言ってる……その方が、幸せ」



 ──私を、幸せにするって言った。


 表情こそ変わらないが、胸に手を当て、真っ直ぐ俺を見上げていた。いつもいつも、信濃さんの視線は真っ直ぐだった。


 逸らしてはいけない──そう感じた俺は、信濃さんの顔をじっと見つめる。その顔からは、感情を伺うことは出来そうにない。



「……素直だね、信濃さん」

「思ったことを口にしただけ」

「ははは……分かった。来週も同じように図書館で──」

「──黒澤くんの! ……行きたい、場所に」



 俺の言葉に被せるように発せられた信濃さんの言葉は、これまでで一番の声量だった。


 近くを通り過ぎようとしていた中年男性が、一瞬こちらに目を向け……微笑ましそうな目線を向けてきていた。



「ここ数日、私ばかり良くしてもらってる」

「そんな……俺は別に……」

「友達、なら……お互いに、平等」



 これは……親父の言葉だったか、お袋の言葉だったかは忘れた。『他人にした分相手が何かしたいと言ってきたら、素直に受け取れ。それが友人なら、なおさら。逆に、何もしてこない相手と付き合うときは気を付けろ』……要するに、相手の気遣いも受け取らないと、関係が対等な物では無くなるという話だ。


 彼女がどんな気持ちで提案したかは、推測の域を出ない。だけど、それが俺を気遣っての物なのは明白で……それが、単純に嬉しかった。



「そっか……うん、そうだよね。じゃあ、来週は、そうだなぁ……この前の街案内の続きでもしてくれないかな? まだまだ面白そうな所一杯あるし」

「……じゃあ行きたい場所、決めといて」

「わかった……お昼は、何がいい?」

「ハンバーグ。絶対に入れて」

「気に入ってくれたんだね。りょーかいっ!」



 スマホのカレンダーアプリを開き、来週の同じ曜日に予定を入れる。『信濃さんとお出かけデート』と入れておく。


 これは明日からの一週間も気合い入れて頑張らないとな、と一人意気込んでいた。

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