第5話

 気付くと白い天井の部屋にいた。


 病院か……。


 体の状態を確認する。

 片方の足にギブスが巻かれ吊るされていた。


 はぁ……。足、折れちゃったんだ。

 でも、二階から飛び降りてこの程度で済んだんだから、むしろ喜ぶべきかもしれない。下手をすれば半身不随になったり、死んでしまっていたかもしれないのだ。


 私、あの後どうなったんだろう。

 渡部先生はどうしたのかな?

 手帳……。

 そう言えば、手帳は!?


 周囲を見回すと、すぐ横の机にその手帳は置いてあった。


 ある……。

 ってことは、証拠はすでに抹消済み?

 それとも改ざんされてたりするのかな……?


 ざっと確認してみるも、ページが破られたあとや手帳そのものがすり替えられている痕跡はない。


 私は意を決して中身を読んでいった。


 やはり日記だ。

 彼女の日々の活動が記されている。


 主に部活のことが多く書かれている。

 今日はタイムがどれだけ縮まったとか、このトレーニングは有効だったとかそういう内容だ。


 日を追っていくと、渡部先生が登場してきた。


 彼は当時、陸上において高い才能を持っていたらしい。

 そんな彼のことを茉里奈はライバル視していたようだ。


 だが、いつしか内容は恋に近いものへと変わっていた。

 彼の走り方を研究すると称して彼ばかり見てしまい、彼といる時間が増えたと記載されている。


 そして、ある日を境に、彼らは付き合いだしていた。

 二人で部活をやりながら仲良くなっていく。

 円満な学生生活を送っているように見える。


 でも、ほどなくして、内容は一変した。

 日記には、自分に悩む姿が記されるようになっていた。

 陸上が伸びない。努力しても変わらない。どれだけやり続けても意味がない。無駄な努力だ。自分には才能がない。そんな虚しい言葉が続くようになっていた。


 そしてそれと並行して、渡部先生が受賞していること記載されていた。

 彼に対する憎しみとも羨望とも取れない言葉と共に。



 日記の最後のページにたどり着いた。



 明日、渡部君と別れようと思う。

 もう、これ以上は耐えられない。



 日記はその言葉で締めくくられていた。


 それをちょうど読み終えたところで、人が入ってくる。

 お母さんだ。

 それと――渡部先生も一緒だ!


 なんで先生が……。


 私が目覚めているのを見ると、二人は安心したような表情を浮かべる。


「るみな、よかった。目が覚めたのね。痛いところはない?」


 お母さんが私の手を握ってくれる。

 そして、自然と私の手元にある手帳に目がいっているようだ。


「うん。大丈夫」


「その手帳、読んだ?」


 私は静かに頷いた。


「あなたが嫌がったみたいだから、お母さんたち、まだ読んでないの。良かったら、何が書いてあったか教えてくれない?」


「……私が寝てる間に、勝手に読めばよかったじゃん」


 そう言うと、お母さんと先生は悲し気な表情を浮かべる。


「もし、その資格があるのなら、きっと茉里奈は私たちの前にも現れてくれたと思うの。あなたの前に茉里奈は現れた。きっとあなたにこそ何かを伝えたかったんだと思うの」


「私に……?」


 何を伝えたかったんだろう。


「先生、その前に本当は何があったのか、教えて下さい。茉里奈さん、先生に別れ話をしたんですよね?」


 そう言うと、先生は表情をさらに暗くした。

 だが、やがて重い口を開いていく。


「……俺が……茉里奈を殺したんだ」


 やっぱりな。


 先生のことを責めるような視線で睨んでしまう。


 しかし、次の言葉は想定外だった。


「茉里奈に、殺されそうになったんだ。だから、俺もあのときは必死で、気付いたら、茉里奈が動かなくなってて、俺、怖くなって、自殺に見せかけたんだ」


「……え?」


 茉里奈が? 渡部先生を殺そうとした……?

 どういうこと?


「俺、茉里奈に別れたくないって言ったんだ。そしたら、茉里奈が俺のことを大縄跳びのヒモで絞め殺そうとしてきて、もつれあいになって、それで、気付いたら……」


 沈黙がその場を支配していく。


 やがて、お母さんがその沈黙を破った。


「渡部君、警察のところへ行きましょう。今からでもちゃんと話すべきよ」


「ああ……」


 その言葉と共に、先生は涙を流す。


「実は、俺は七不思議のことはずっと前から知っていたんだ。七不思議の話を聞いて、すぐにそれが茉里奈のことを指しているってわかった。もしかしたらそこに茉里奈からのメッセージがあるんじゃないかと思ったんだ。……でも、俺の前には茉里奈は現れてくれなかった。いくら待っても俺の前に不思議は一つも現れてくれない。茉里奈の言葉を、ずっと聞けずにいる」


 お母さんも先生と同じような表情をしていた。

 お母さんも、同じ思いを、しているの……?


 その後、手帳をお母さんと先生に渡した。

 内容を読みながら、二人は酷く複雑な表情を浮かべていた。

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