第4話
茉里奈が特に行く方向を示さなくなったため、私はどうするか迷う。
いったん帰るべきだろうか。
学校はまだ授業中で、クラスの方に行くわけにはいかない。
迷った挙句、人気の少ない資料室に入る。
私は過去に、授業がいやになって何度かサボったことがあるのだが、そのときはここで過ごしていた。
人がやってくることは稀で本がたくさん置いてあるしパソコンもあるため時間を潰すことができる。
私は気になって当時のことを調べ始めた。
パソコン検索するとすぐに事件状況の記事が出てきた。
――朝、早朝の部活動にやってきた男子生徒が女子生徒の死体を体育館倉庫で発見。
これは渡部先生のことか。
大縄跳びのヒモで首をつって自殺。死後十時間~十五時間程度経過。
大縄跳びのヒモ。そっか。うちの高校で大縄跳びが禁止されているのってこれが理由なんだ。
……。
あれ、ちょっと待って。
嫌な予感が背筋から脳へと走り抜ける。
――学校の七不思議。
その中に、宙にうねる大縄跳びのヒモがあった。
えっと、発見時が朝で十時間くらいってことは死んだのは夕方。
七不思議の中に夕方開閉する扉って言うのがある。
全身をゾクリと鳥肌が駆け抜ける。
この七不思議……。もしかして、茉里奈の死に関連した事柄が取り扱われているってこと!?
その瞬間ハッとなり、体中を恐怖が支配していく。
職員室の背後霊。
最初に見た時は、たしか渡部先生の後ろに立っていた。
進路相談室で、茉里奈を初めて見た時も彼の後ろにいた。
そして、さっき先生と話したときも、茉里奈はずっと先生の後ろに立っていた。
ポルターガイストが起こったのも、先生の名前が書かれている盾やメダルだった……!
先生も彼女の死に関連しているってこと……!?
あるいは――。
憶測が疑念へと変わる。
先生が、殺した……!
ガラララッ!
心臓がドクリと跳ね上がる。
扉が開き、今最も会いたくない人物が入室してきた。
私は思わず椅子から立ち上がり窓側へとたじろいでしまう。
「誰かと思ったらるみなか」
動機が激しくなり、呼吸がうまくできない。
手足が震えて、立っているのがやっとという状態だ。
私の異常を察知したのだろう。
先生が詰め寄ってくる。
「おい、るみな、どうしたんだ? まさか――」
――俺が殺したって気付いたのか?
その言葉が飛んで来たら終わりだ。
落ち着け!
自分の心臓に何度も鎮まれと唱え続ける。
必死に手足を硬直させて、震えがバレないようにする。
先生が近づく……!
そのとき――。
茉里奈が私の手を握ってくれた。
そして、顔から飛び出している目玉の瞳が私をしっかりと見つめる。
本来なら茉里奈のこの姿は恐怖するものなのだろうが、不思議と彼女のその瞳は心強かった。自分の呼吸が安定してくるのを感じ、いつの間にか震えもおさまっていた。
「だ、大丈夫です。先生」
そう言って、私の目の前まで来ようとする先生を制止する。
「はぁ……。驚いた。また病気が再発したのかと思ったぞ」
「い、いえ、そんなことはないです。せ、先生こそ、こんなところでどうしたんですか?」
目をキョロキョロとさせてしまう。
「見回りだ。この資料室は最近サボりに使う奴が多いんだ。ここはクラスから離れたところにあるからな」
「そ、そうですか」
次サボるときは別の教室を使わないと。
「ところで、この前知ったんだが、この学校に七不思議というのがあるのをるみなは知っているか?」
心臓を鷲掴みにされたような思いになってしまう。
間違いない……。
先生、私が茉里奈の名前を出したから、探りを入れて来てるんだ。
どう回答しよう……。
「し、知って、ます」
扉の位置を確認する。
この部屋を出るためには、先生の脇を潜り抜けてあの扉を出る必要がある。
万が一の場合は何とか逃げ延びないと。
スマホで助けを呼ぶのもいいが、先生と私の距離は三歩分くらいの距離。
電話をかけようとしても、スマホを奪い取る方が速いであろう。
「どんな内容か、教えてくれないか?」
どうしよう……。
嘘をつくべきかな?
でも、先生がもし内容をすでに知っていた場合、嘘をついたことで逆に疑われてしまう。
迷った挙句、素直に話すことにする。
「宙をうねる大縄跳びのヒモ。夕方勝手に開く扉。体育館倉庫で聞こえる、少女の泣き叫ぶ声。音楽室でケースの中にしまわれているのに鳴り響くチューバ……」
あれ……音楽室って何に関連しているんだろう。
「……まだ四つだが、あと三つは?」
言い淀んだ私に先生が催促してくる。
「ああ、すみません。教職員室で先生の後ろに立つ背後霊。進路相談室のポルターガイスト。この六つを見聞きすると、最後に七つ目の少女が現れるそうです」
その話を聞くと、先生はとても複雑そうな表情をしていた。
七不思議が自分のことを示していると察したのであろう。
大丈夫。先生の目から見て、私が犯人に気付いているとは思わないはずだ。そんな祈るような思いを持ちながら、できる限り平常心を装う。
キーンコーンカーンコーン。
チャイムの大きな音がなって私はビクッとなってしまう。
「ああ、もうこんな時間か。先生はこの後授業だ。るみなも出て行くか?」
「い、いえ、まだ、その……」
「いや、無理はしなくていい。好きな時に帰ってこい」
そう言って、先生は行ってしまった。
その姿を見送り、私は大きなため息とともにその場にへたり込んでしまう。
死ぬかと思った。相手は大人の男性だ。暴力では逆立ちしたって私では敵わないであろう。
授業合間の休憩時間が終わるのを待って、私は先ほど持った疑問の正体を確かめに行く。音楽室へと入り、奥の扉の中にある音楽準備室へと向かう。吹奏楽部が使う楽器類はここにしまってある。
そこへ入ると、すぐにケースに入ったままのチューバが音を鳴らし始めた。おそらく茉里奈が鳴らしてくれているのであろう。数多くある楽器ケースを押しのけて、目的のケースを開く。
チューバを調べてみるが、特段変わったものではない。少し錆び気味の金属フレームが鈍い光を照り返している。
ふと、ケースのある部分が凹んでいることに気付いた。
これ……なんだろう。
手を入れてみると隠しポケットのような場所があった。
そこには小さい手帳のようなものが収められている。
裏表紙の内側を見ると名前が書かれていた。
遠藤茉里奈――!
一ページ目を開いてみるが、日記だ。
これは彼女が書いていた日記なのであろう。
「るみな!」
ビクリとなって扉の方を見る。
そこには渡部先生が険しい表情で立っていた。
咄嗟に逃げ道を探るが、この部屋の逃げ道は先生が立っている扉のみ。楽器がごちゃごちゃしていて、脇をすり抜けるのはほぼ不可能だろう。あとは背後にある窓。でもここは二階だ。
「先生、授業はどうしたんですか」
先生のことをキッと睨みながら聞いていく。
もはやこの状況だ。言い逃れなどできない。
「るみな、その手帳は?」
きっとここに、先生が犯人である証拠が隠されている。絶対に奪われるわけにはいかないし、仮にこれを渡したところで、先生が私をそのままにしておくとも思えない。
立ち上がってゆっくりと後退っていく。
「その手帳、渡してもらえないか」
「渡せません」
険しい表情の先生が一歩踏み込んでくる。
逃げ道は一つ。
二階なら、さすがに死ななよね。
私は意を決して窓を開ける。
「るみな……?!」
「先生、これは、絶対に渡しません!」
そう言って、私は二階から――。
飛び降りた。
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