第卅話 悪魔は死神を知る



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 大日本帝国国民を蹂躙じゅうりんし尽くしていた悪魔たちは、満面の笑みで目の前の食事に舌舐めずりをする。

 自分たちの食事がこう簡単に手に入るのも味気ないものだが、最高のご馳走を用意してくれたと、いつも自分たちを使役している者達に対して、ある一定の感謝をするが、後々はこの施設を破壊し、外に出て獲物を狩ろうと思っていた。


 ここにいるだけの生活ではつまらない。

 もっと多くの血肉を喰らいたい…………!

 腹一杯になるまで、この美味しい肉の味を舌で転がし続けていたい……!


 そんな欲求に何度も何度も身を焦がされそうになって、ようやくやってきた食事の味はどうだろう…………!

 普段の食い物といえば、肉食中心の生活体系の奴ら。この肉袋を食すと……胃もたれがして、次の食い物を食すにはは相当時間が経たないとまともに食べられないほどであった。

 そんな中での、バランスの取れた食事体系をした、この歩く肉袋達は…………悪魔達にとっては最高のディナーであっただろう。



 歯を鳴らして喜びにふける物や、爪を立てて自分の餌を横取りさせないように周りを牽制する物。ヨダレをダラダラと流しながら、次の獲物はどれにしようか指差しで確認する物…………これが悪魔達の食事なのだろう。

 その見た目から、嫌悪感を増長させるような……そんな行動をとる物達に、人間は怯え戸惑い、憎しみの炎を燃やしていたが……そんなものは無意味であると、リーダー格の悪魔は汚い歯を剥き出しにして大声で嗤う。


 人の尊厳を踏み躙るかのように、目の前の子連れの子の方を捕まえ、止める母親を他所よそに大口を開けて、その肉を貪る。

 絶望の声で泣く人間の感情も、またこの悪魔好みであったのは言うまでもなく、そんな悪趣味に付き合わされている人間達は、次第に疲弊をして言った。

 そんな時から時間が経ち、もうお腹も一杯になってきた悪魔達は、人間達を追い回すのは止めて、ただただ殺しを楽しむために虐殺を始める。

 肉を切り裂く感触などを忘れないようにするために……脳裏に浮かぶあの音が心地良い物だと分かっているから言うのだ。

 獣の行動など、所詮獣の範疇でしかなく、悪魔と呼ばれるこいつらも……世間から見たらただの害獣であると言う事に相違そういない。



 次の獲物は何処か探す一人の悪魔は、入り口の付近で銀髪で短髪の碧眼の少女に出会う。

 いつもの人間とは違う上等な服に疑問を持ちながら、歓喜することになる。

 上等な服を着ている人間であるのならば、上等な飯を食っているに違いない……そんな肉を食えば、自分は一体どんな幸福感を味わうことができるのだろうか……と。

 取らぬ狸の皮算用とはまさにこのことである。

 まだ自分が何も手にしていないのにも関わらず、全てをとった気になっているこの悪魔は、他の悪魔よりも数年前に作られた存在で、力は絶大であった。それこそ、ジェネリックの職員が手を焼くぐらいには。


 そのこともあり、自身は強者だと勘違いしてしまっているのだろう。

 目の前にいる存在が自身よりも強い存在だと言う事を念頭に置いていなかったのだろう。…………この悪魔にとっての外敵など、存在しなかったから。

 悪魔は嗤いながら近づいて、頭にその鋭く長い爪を頭に突きつけ「お前は俺のものだ!」と言うように、自身の権利を主張するが、そんなものは目の前のだ。


「………………邪魔だから失せろ」


 ナイフを自分に対して振るわれたが、何も起こっていないことに腹を抱えてゲラゲラと嗤う悪魔。

「もう食ってやろう」、そう判断して、自身の立派で鋭く長い爪を動かそうとするのだが、爪が動かない…………いや手が動かない。

 それもそのはずだ。腹を抱えて嗤っている頃には、自身の手はもうなかったのだから。

 それにひどく驚いた悪魔は大声を叫び仲間に危険を知らせようと試みるが、次の瞬間には喉仏を右手の握力だけで抑えて、声を出そうとするととても強い力を加えられて、呼吸さえ困難な状況になる。

 自分がコイツに何をしたんだと考え始める悪魔だが、自身が被害者になるまで、こんな経験をしたことがなかったから、自分の痛みにはとても敏感なのだ。

 そんな被害者面の悪魔に興味が失せたのか、華恋は喉仏を掴んでいた指を離し、行っていいぞと手を向ける。

 逃げようかとも考えた悪魔だが、「ここで逃げてしまっては、コイツに敗北したことになる……」と考えてしまった。その、一瞬の躊躇がこの悪魔の命運を分けた。


「………………チャンスだったのに、なぜそのチャンスを不意にする?何故、逃げなかったんだ?」


 足のけんを切られ、その場から動けなくなってしまう悪魔は、もう絶望を通り越して、恐怖が芽生えてきた。…………なんでこんなことになってしまったのか、考えても分からない悪魔は、泣きすがるしかなかった。

 その様子を冷めた表情で見ていた華恋が、途端に満面の笑みになってから口を開く。


「………………お前も俺も一緒だな?逃げるチャンスを与えて、一瞬の希望を持たせた瞬間に歩けなくさせる……これってお前にとっては楽しかった行為だったんだろう?…………だから私もやってみた。楽しいかなって思ってね…………!」


 もうそこに満面の笑みなど存在しない。

 憤怒の表情が、更に悪魔の絶望を加速させ、しまいには生きる事を諦めようとした時に、舌を掴まれて、死のうとしても死ねない状況を作られる。

 あぁ、神は俺を許してはくれなかった。

 この………………目の前のは大層ご立腹だったようだ。……自身がどんなものに手を出したのか分かってしまった。分かったからこそ、この後の展開も予想ができた。


「…………あばよ、クソゴミ」


 心臓を一突き…………どころではなく、ぐちゃぐちゃに何度も何度も切り刻まれて、絶命するその時まで、痛みを長く長く感じさせようと努力を尽くした。

 同じ事をして、自らの罪を自覚させるように。

 顔に付着した血を拭おうともせず、ただひたすらに悪魔の体を傷つけていく華恋の表情には、憤怒も楽観的表情もない。

 事実としてあるのは、この悪魔を屠った死神がそこに存在しているのみである。

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