テレビが壊れた

リウクス

 生気のないありふれた午前11時。

 テレビが壊れた。


 中央から突然赤黒い染みのようなものが画面を侵食し始めて、「ここから先は見るな」と言っているようだった。

 音だけは聞こえて、何が起こっているのかは分からない。


 昔ながらのやり方でテレビを叩いてみたけど、当然直らない。機械も体罰はお気に召さないらしい。


 とりあえず知恵袋に書き込むと、驚天動地の早さで答えが送られてきた。

 言われた通り各種コードを抜き差ししたりしてみたけど、反応はなし。依然画面の先は通行止めのまま。


 しばらく待つと、解決策がもう1つ送られてきた。世の中にはよっぽど暇な人間がいるらしい。

 中に詰まっている埃を取り除けば直るケースが多いとのことだ。


 ——そういえば、このテレビを初めて使ってからどれくらい時が経ったんだろう。5歳の頃に引っ越してきた時点で、もうここにあったような気がする。

 誰かが中を掃除したのを見たことがないから、埃も相当溜まっているに違いない。


 面倒だけど、私は工具を出してテレビの背面を丸裸にした。案の定、埃まみれだ。

 一体君たちはいつからそこにいるのだろうね。

 私と同じ分だけの時を刻んで成長した埃はダマになっていた。

 そういえば私も大人になったんだったな。


 ハンディモップで拭き取ると、それは粉塵となって私の鼻腔に侵入した。



 ……甘い香りがする。



 ふと、懐かしい記憶が蘇った。幼馴染の男の子が家に来て、一緒にゲームで遊んだ記憶。

 同じソファに座って、同じものを見て、同じものを楽しんでいたなんて、今では想像できない。

 ああ、あの頃の私は彼が好きだったな。


 彼だけじゃない。色んな人とこのテレビを通して時間を共有した。

 転校生の子を初めて家に呼んで映画を観たり、日曜朝は姉妹で早起きしてアニメを見たり、父親にサッカー観戦を強制させられたり。


 睡眠を除けばこの画面の前に座っている時間が人生で一番長かったのではないだろうか。

 43インチの四角い箱が私の生涯を内包しているのかもしれない。


 奥に詰まった埃を摘み出していくと、そんな気分になる。



 ——ハクション。



 くしゃみが出た。

 私は埃アレルギーだから、そりゃくしゃみくらい出るだろう。なぜ気が付かなかったのか。


 私はマスクを付け、改めて掃除に取り掛かった。

 すると、やはり作業は捗った。多少洟を啜ることはあったけど、もうくしゃみは出なかった。


 基盤にはもう埃一つ残っていない。回路を邪魔するものは何もない。

 正直これで直ると思ってはいなかったけど、案外そうでもないんじゃないかとも思えてきた。


 テレビの電源を付けてみる。


 いつか丘の上で見た夕焼けのように、画面は真っ赤なままだった。



 ……やっぱり壊れているらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

テレビが壊れた リウクス @PoteRiukusu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ