第3話 食事処

食事処は無人だった。しかもキッチンの他に、食料というなんとも物騒な趣きの看板の近くに12個もの食事の自動販売機があった。しかもそれぞれ売っているものが違うと言う徹底ぶりだ。料金は……入れるところがない。単純にボタンを押したら出て来るのだろう、ボタンが一つしかないのが気になるが。


「豪華客船のご飯ってこんな感じなの?」


「いや、違うと思うけど……」


「そもそもなんで誰もいないんだ?」


おかしいのは食事処に限って話ではない。ここに来るまでの間、誰にもすれ違わなかった。昨日までは乗客で溢れかえっていたし、船員たちも忙しそうにしていた。毎晩パーティーが開催されるような勢いだったのに、誰もいなくなっている。……いや、これが普通なのか? なんだか頭にモヤがかかっている気がする。深く考えると頭が痛くなりそうだ。


「えっと……もうお昼どころかおやつの時間だし、ご飯は諦めてさ、甘いものにしない?」


ただことじゃなさそうな空気を察してか、ナタローが可愛い提案をしてきた。確かにもう3時過ぎだしいま食べても昼ごはんって感じはしない。なら夜に回して今は軽くおやつを食べる程度でいいのかもしれない。


旅行は1週間もあるんだし、2食程度逃したところでそこまで支障はないはずだ、これから挽回すればいいだけのこと。


「よし、じゃあそうするか」


「やったー! みんなでお菓子とか食べるの初めてだね」


「あはは、ナタちゃん可愛いー」


ナタローは子供のように喜び、みんなに確認を取ると満場一致で賛成だった。早速自販機に向かうと間食関係の自販機は全部で3つ。揚げ菓子、ケーキ、アイスと悩ませてくれるラインラップだ。しかもそれぞれの台にボタンが一つしかない感じを見ると、お菓子の中でも何が出て来るかはランダムだろう。


「なら、ナタはケーキがいいなぁ」


そう言ってケーキの自販機のボタンをポチッと押した。すると取り出し口にガタンという音と共に箱が落ちて来て、目を輝かせたナタが開けると中にはショートケーキが入っていた。しかも落下の衝撃に耐えられるように密封されたプラスティック容器に入っている、スコップケーキのような形状で出てきた。フォークも付随されている、自販機に売ってあるタイプのオーソドックスなケーキだ。


「わぁ! 美味しそう!」


「良かったな、ナタ!」


「ありがとう! 純次先輩もケーキにするの?」


「本当にナタは甘党なんだな。オレはドーナツ好きだし、揚げ菓子にするぜ」


純次はそう言うと揚げ菓子自販機のボタンを押す。するとまたもや、がたんと言う音が聞こえて落ちて来たものを純次は手に取る。プラスチック容器に入った、よくある冷凍食品を解凍したようなオールドファッション風のチョコドーナツだった。大きさもそこそこで大満足仕様だ。


そこから順にみんなは好きなが甘味を選んで行った。正宗さんはケーキの自販機を選び、レアチーズケーキが出てきた。永作さんはアイスクリームを選び、バニラ味のカップアイスが出てきた。紙のスプーンも付いていて外にあるプールサイドでも食べられそうだ。


「圭吾くんはどうする? 僕はアイスにしようって思ってるんだけど」


桐郎ももう舌が甘味を食べたがっているようだ。俺はその、したい事があるからキッチンに行く。ご自由にお使い下さいと紙が貼られてある広めのキッチンにはお湯を沸かす機能もあるだろうから。


「えっと、ちょっとキッチンで紅茶かコーヒー探して来るな」


「……あ、じゃあぼくがみんなの分も淹れて来るよ。それに圭吾は紅茶かコーヒーがないと甘いもの食べられないもんね」


さすが幼馴染、バレバレか。昔はそうでもなかったんだが、中学に入ったあたりから甘いものを食べると紅茶かコーヒーが欲しくなってしまうようになってしまった。甘味単体で食べるとこう……気持ちが悪くなる。その一部始終を見ていた永作さんは随分ニヤニヤしていた。大きめの紅茶パックがあったよと全員分の紅茶を淹れてきてくれた桐郎と俺を交互に見ている。


「なんちゅーか、桐郎くんは圭吾くんのいい女房役やなと思うてな」 


なんだ、そんなことか。確かに桐郎はしっかり者だし優しいし、俺の幼馴染そして女房役? には惜しいぐらいだ。


「そうですね。俺もそう思います」


「え!? いやいやいや、そんなんじゃ……うぅ」


桐郎は何故だか恥ずかしそうに縮こまった。否定するでも肯定するでもなく恥ずかしがっている、何故なんだ。その姿を見ていた永作さんは愉快愉快と言わんばかりに笑いを堪えていた。

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君達にはゆるくイチャイチャしながらサバイバルをしてもらう!! 荒瀬竜巻 @momogon_939

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