第19話愚王は裏目魔法で包囲されつつあります


 不機嫌なのに気分は良いというのは不思議だ。

 会場に入場してからジロジロと不快な目で見てくる男共は鬱陶しいが、見るぐらいなら許してやろうと思ってしまう。

 声を掛けてくる下品な連中にもにこやかにやんわりと断りをいれることもできた。

 それでも触れてこようとする者には腕の骨にヒビぐらいは入れてやったが。


 夜会というのは戦場とあまり変わりはない。

 違いは武具で攻撃するか口で攻撃するかで、共通点は自分達の陣地を築いておいたりすることか。

 最年少で女で辺境伯になった私は貴族社会では異端過ぎて、今までは女が爵位を持つのが気に入らないジジイ共が皮肉を言ってくるぐらいだった。

 その他は男の恰好をしている私に近寄ってくる奇矯な者が両手で数えるくらい。

 女性達が集まってくれて男が寄る隙がなかったのもある。


 だが今の私はドレスを着ていて、しかもセルフィルが私の為に贈ってくれたのはなかなか煽情的なものであった。

 似合っていると、それを着た私を彼が褒めてくれていなかったら少し躊躇したかもしれないドレスだ。

 あれほど私を見下していたのに、ただ服装が変わっただけで男共が集まること集まること。


 これまでの様に一人でいたならば、さすがに途中で隙を見せてしまったかもしれないが、今の私には休憩できる陣地があった。

 会場の、王が入ってくる扉から一番離れた場所にそれはあった。

 体格のいい貴族がその一角に数人、外部からやって来る者を拒絶するように立っている。

 近づくと私だと気づいて横に避けて通してくれた。

 その中にはアレスト、ハイブルク、セイレムの三家派閥の貴族が何人もいる。

 ここは敵地の中に作られた橋頭堡だ。

 武闘派を外に置いての休憩場所の確保は普段のパーティーではほとんど実行されることはない。

 今回はそれだけ三家が警戒しているのだということを他の派閥に向けて意思表示しているのだ。


「グリエダ様っ」


 中の椅子に座っていたアリシアが私を見て喜びの顔で出迎えてくれた。

 私からすれば義姉になるのにセルフィルと一緒に呼び捨てで構わないと言われて、私は呼び捨て彼はさん付けになった。彼はさすがに義理の姉を呼び捨ては心にくるらしい。

 言っておくが私が二歳年下だ。

 お姉様と呼んでいいかと言われたが、それは拒否させてもらった。もう一度言っておく。私は年下だ。


 アリシアに勧められて椅子に座る。


「今まで社交に力を入れなかったのがたたっているね」

「ふふっ、それでも上手く立ち回れておられますよ」


 普段の口調でいいと言われているのでこちらも遠慮なくさせてもらう。

 王妃になるはずだった彼女は案外話しやすい相手だった。

 学園で気を張り詰めていた人物と別人かと思うくらいに柔らかい雰囲気に変化している。


「私が公に出るのは久しぶりなので注目されると思いましたが、グリエダ様の美しさのおかげで目立たずにすんでいます」

「それならば見世物になった甲斐があったが、あなたの婚約者とお父上がおられたら、なにも心配はいらないと思うがね」


 ちらりと目を向けた先には自分より年上の貴族達と対等に話している義兄と、圧倒的な格の差で他派の者ですら思わずひれ伏しそうなセイレム公爵がいた。

 この二人の傍にいる限りアリシアを宴の肴にするような輩はいないだろう。


 国王主催の宴ははっきり言って最悪だ。

 まず私達の入場の順番が凄すぎた。

 下位の爵位から会場に順に入って行くのが普通である。これは敵対していてもどの貴族も変更することは無い。せいぜい同じ爵位で前か後かを変更するぐらいだ。

 ところがこの夜会では、辺境伯の私、侯爵である元宰相、最高位である二組の公爵のあとに入場してきた者達がいたのだ。

 王家派のまとめ役のアガタ公爵と派閥の下位貴族、そしてヘレナ側妃の実家、ランドリク伯爵とその派閥の者達。

 アガタ公爵はいい。だが他の貴族は全員私たちより爵位が下だ。

 そいつらが先に会場にいた我らを見下しながら入場してきたのだ。


 若く、爵位持ちとなってまだ数年しか経っていない私にはたかだか順番くらい、なのだが。愚王が何かやらかすと知っていてすらセイレム公爵はこのことに激怒した。

 元宰相の貴族派もあきらかに怒りに震えている。


 これが、国を象徴する王がまともな貴族に対する仕打ちなのだ。

 セルフィルが予想した黒幕であろう王妃が差配しない状態では、初手で臣下の忠誠を減らすどころか敵意まで抱かせる。もはや呆れるしかない。

 それでも彼は愚王の首を獲る許可を私に出さなかった。

 正当性の無い主君討ちは後に祟る。

 それが彼が私に愚王を殺させない理由だ。

 理不尽な目に遭おうとも臣下が恨みで主君を弑した時点で他の家臣、隣国にも国を獲る正当性を与えてしまうらしい。


 私にはいまいち理解できなかったが、義兄からそのことを聞かされていたセイレム公爵はなんとか激情を抑え、今は貴族派を味方につけようとしている。

 義兄もベラ嬢を始めとする地方貴族や少数派閥を取り込もうとしていた。

 私のドレス姿はそれらを気づかせないための陽動、謂わば踊り子のようなものだ。


『愚王が最悪なら無能で何もできない状態に戻してやればいいんですよ。どうせ張りぼての力しか持っていないんだし、象徴としての首だけに王家にはなってもらいましょう』


 それを言ったときのセルフィルは私が抱きしめていたので表情は見えなかったが、自分が彼をモノにして良かったとゾクゾクさせてくれた。

 まあ無能に戻す方法が私頼りというのが可愛らしいけど。


「愚王は何をしてくると思う?」

「・・・私は第一王子の心情もわからなかった女です」


 そういう予想ができない私はアリシアに何の気なしに聞いてみたのだが、どうやら過去の傷を開かせてしまったみたいだ。


「最初は自分が何か気に障ることしたのかと考えました。その次は聖女様が何かをして王子の心を支配したのだと思いました。そして最後は全てが自分のせいだとおかしくなっていました」


 アリシアはもう終わったこととして淡々と話している。そこには何の感情も無い、彼女にとってはすでに終わったことなのだ。


「セルフィル様が傍に来てくれて、情が無いならと言ってくれたときに初めて自分が第一王子に一筋の情も無かったことに気づいたんです」


 くすりと笑う彼女は同性から見ても美しかった。


「今は第一王子はご両親の血を受け継いでいるのだとよくわかります。なので本当に推測できません。・・・もしかするとセルフィル君ならわかっていたかも」

「彼も愚王は愚か者の天才だから理解不能と言っていたね」


 その後に愚王は裏目魔法持ちだから、私は激怒しないで首を刈らないようにと何度も注意された。愚王が魔法使いとは聞いていないが王家には隠された魔法があるのだろうか。


「ふうっ、貴族派はこちらについてくれるようになった」

「私の方もセルフィルのおかげで地方貴族とは話がついた」


 セイレム公爵と義兄が疲れた顔で戻ってくる。

 その背後にはこの国でも有名な二人がついて来ていた。


「おや元宰相のボルダー侯爵と、元騎士団長のヒルティ子爵ではないか」

「失礼するよ、アレスト女辺境伯」

「・・・失礼する」


 少しやつれた二人をからかい交じりに呼んだら、元宰相は飄々とかわして、元騎士団長は苦虫を潰した顔をした。


 セルフィルは大まかには計画を立てたが中身は二人の公爵におまかせすると放棄した。

 その公爵達は愚王の入場の件を上手く使い、二つの派閥と二人の大物を釣り上げたようである。


「ここに来たということは、私を止める気は無いのだな」

「ああ、そうだ」

「これ以上は国が傾くのでね」


 はっきりとこの二人には誓わせる。

 一人で会場に入場した後、義兄たちに私を止める存在をできるだけ少なくしてくれと頼んだのだ。

 セルフィルとの口づけで満足したが、分かたれたのはまた別の話である。

 愚王を擁護する者には容赦はするつもりはない。彼の判断なら止めはするが、その彼が現在いないのだ。


「何人かは諦めろ、どうせ愚王に付き従う連中だ。少しぐらいはいなくなってもいいだろう?」

「待ってくれグリエダ嬢。爵位を引き継がさなければ民が混乱する」


 少しは憂さ晴らしがしたかったが義兄が慌てているので仕方ない。


「・・・アレスト女辺境伯」


 元騎士団長が声を掛けてくる。

 その表情は陰鬱で、目は縋る者の目だった。


「なんだ」

「私の息子が屋敷から逃亡した。おそらくここに来ているはずだ」

「私の息子もだよ」

「ふむ?」


 元宰相も続く。

 それは第一王子の無能の側近だった連中だろう。

 本人達は愚王側でなにかあってきたのだろうが、私からすれば自分達で死に場所を選んだのだろうという考えである。

 セルフィルからは王族以外はどうでもいいとも言われている。つまりそういうことだ。


「最後は家で処理したい」

「同じく」


 なんともお優しい父親たちだ。

 そして国の中枢にいながら自分の子供に甘すぎる。


「知らん。諦めろ。私の婚約者を逆恨みしそうな奴らを逃す親など信用できない」


 ギリッと口から音が鳴る元騎士団長と静かに目を閉じた元宰相。

 そうだろう?彼らはセルフィルを恨んでいる。彼のおかげで少しは生き延びられたことにすら気がつかないような連中は死ぬべきなのだ。


「ただ愚王が予想外な行動をして、止めを刺すことすら面倒臭いと思うようになるように期待しておけばいい」


 二人の希望は自分達が支えるべきだった王がさらに醜態をさらさないと叶えられないという罰を与える。


 愚王が会場に入る先触れが出された。

 さて、国を運営できる貴族の殆どに見限られた王はわざわざ呼びつけた私に何を見せてくれるのかな。

 どうか笑って許せるくらいでおさめて欲しい。

 今の私は止めてくれるセルフィルが傍にいないんだ。

 手が滑ってその首を城門に晒すことになっても許して欲しいな。


ーーーーーーーー

胃痛持ち「なんで弟を離したの王妃・・・」

覇王様「首刈り首刈り♪」

義姉「メッですよっ」


真面目な話は筆者がつまんない(´・ω・`)

イチャイチャかコメディがないと極端に筆の進みが遅くなる筆者ですm(__)m

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