第15話美少女と義父のち美女


 王主催の夜会の日、王城は緊張に包まれていた。

 いや正確に言えば現状を知っている者達がだ。

 とうとうエルセレウム王国の滅亡の日が来たと考えて絶望している。


 宰相、騎士団長が辞職したあと、王と側妃の浪費から国庫を守っていた財務大臣が夜会を開催すると王命まで使われて命令されたとき、そのまま前のめりに手も使わず倒れた。

 床に伏して見えない顔の辺りから真っ赤な液体が広がったが、それが果たして鼻血なのか吐血なのか、介抱した者達にもわからなかったそうだ。


 逃げられる者は城から逃げた。

 残ったのは仕事から逃げられない者と、理解できていない者、人の胃を痛める才能しかない高位貴族達だ。


 夜会に参加するために登城してくる貴族を正面玄関で出迎え、応対する者達の大半は気が気ではない。

 正面玄関前の大階段に到着する馬車についている家紋を見て、夜会が始まるまでの待機部屋に誘導しなければならない。

 つまり全ての家紋、顔、部屋割りを全て覚えている者が出迎えを任せられる。財務大臣の最後の仕事で出迎えの者達だけは職務に忠実な者に任されることになる。

 王と側妃の取り巻き貴族をそこに入れれば問題を起こすことは確実。夜会が始まる前に内乱が起きることだけは防がれた。

 というより、側妃派の連中が職務を奪い取っていた時もあったのだが、ある日を境に全員が辞めた。そのため、職務が元の真面目な者達の手に戻っていたというところが大きい。


 だがそこまでだ。

 次々とやってくる馬車から降りる貴族達の間にはすでに温度差ができている。

 王家派、側妃派は我が世の春と言わんばかりの態度で馬車から降車して、派閥仲間と大きな声で騒ぎながら大階段を上がっていく。

 その反対にハイブルク、セイレム、アレストの三家派閥に笑みはなく、話もせずに誘導する者に従って移動していた。

 他の派閥も登城してくるが二つの派閥を前に少し怯えてこそこそ行動している。


 三家は人数を制限されているのかいつもの半分も来ていない。反対に王家派側妃派は最大人数呼ばれているのかこの日だけは三家を上回っていた。

 誘導する者達は貴族社会の奥までは詳しくは知らない。だが貴族というある種、人ではない者達の顔を伺うことに長けた彼らはこう思ったのだ。

 無能な王に軍配が上がったと。


 それは正しいかもしれない。

 一般に勝者は笑顔で、負け犬は余裕がない表情であるものなのだ。

 派閥のものが笑顔なら王と側妃は大笑いだろう。

だとすれば、これから城の下の身分の者達は彼らの横暴に我慢して職務を遂行していかなければなくなる。

 絶望とまではいかないが最悪な職場になるのは間違いない。

 表情には出さないが陰鬱な気分になる誘導者達。


 彼らの予想は間違っていない。

 だが正しいとも言えないのだ。

 他家より立派な馬車が入って来た。四頭立ての豪華な馬車に飾られる家紋は天秤。片方には平民と貴族を分ける剣が、もう片方には人を表す心臓が描かれている。天秤は心臓側に傾いている。

 国内はもとより諸外国にも有名なハイブルクの家紋である。

 その時その時の当主によってその天秤の傾きは変化する。前公爵の時には剣の方に傾いていた。絶対に釣り合うように描かれない天秤はハイブルクの意志を示すためと言われていた。


 まあ、今の家紋はある三男坊の『え、民に媚を売っていたほうが楽ですよね?圧政さえしなければバレないバレない』という言葉によって心臓側に傾いたというのは身内だけの秘密である。


 停車した馬車のドアが開かれて降りてきたのは現在存在する公爵の中で最も若い男、バルト=ハイブルク公爵だ。

 美丈夫の彼が地面に降り立つだけで周囲にいた貴族のパートナーの女性達がホゥとため息を吐いた。

 黒に近い紺のタキシードを一分の隙も無く着こなす彼には男でも視線を奪われてしまう。

 ある三男坊が『男は女性の飾りですよ?ゴテゴテしたの着て目立ってどうするんです。ですが女性に見合うようにはしないといけません。ヘイッ!メイド達よ少しでも太ったら着れないような服を作るのだ!』

『『『かしこまりましたっ!』』』

 という当主の彼の意志を無視して数年前から三人のメイドが製作しているのはハイブルク家の秘密事項である。


「アリシア嬢」


 その彼が馬車の中に声を掛ける。

 スッと現れた白磁の様な白く美しい手。

 その手にハイブルク公爵が手を差し出す。

 公爵に支えられながら現れたのは湖の女神だった。

 美しい湖の青を切り取ったようなドレスを身にまとった少女は公爵の隣に立つとその美貌をさらに際立たせた。


「バルト様」


 その彼女、アリシア=セイレムが少し不満げに公爵を見る。


「嬢はおやめください。どうか呼び捨てで」

「・・・アリシア」

「はいっ!」


 少し困った表情の公爵に、嬉し気な表情のアリシア。

 今の仲睦まじい様子に、数か月前の疲れ切っていたアリシアの姿を知っている者は信じられないものを見た気分になる。

 第一王子の横暴と浮気によってボロボロになっていた蝶は王家という鎖からようやく放たれ、その美しい羽根を最大限に魅せる相手と出会ったのだ。


 あの王子はどうしてこの令嬢を手放したのか、王城で働いている者達の中ではいまだに謎とされている。


「そうだぞバルト殿。いつまでも遠慮していてはいかん」


 周囲も二人の雰囲気にあてられて幸せになっていたところに巌のような声が馬車の中から冷や水を浴びせた。

 ヌゥと鍛えてゴツゴツした指が出てきて馬車のドアの縁を掴む。

 その後に続く身体は、少し贅肉が付いてはいるものの、がっしりとした体躯の持ち主と言えた。

 ハイブルク公爵が令和の美丈夫なら、昭和の時代劇に出てくる男前。

 それが馬車から降り立つセイレム公爵である。


「もっと近づいて、ほら腰に手を回してだな」

「もうっ、お父様っ!」


 先代の王もひるませたと言われる眼光を緩ませて娘とその婿になるハイブルク公爵を眺めるセイレム公爵。

 第一王子の婚約破棄に怒髪天で王に迫って漏らさせた人間と同一人物とはとても思えない。


 派閥の者達がみなどんよりとした雰囲気だったのに、三家の内二家のトップは落ち込むどころか、普通に夜会を楽しみにやって来たという風に見える。


「行きましょうバルト様。馬車の中ではずっとお父様が話していたのですから、部屋で私とお話しをしましょう」

「ワハハ、甘いぞアリシアよ。私も同じ部屋だ」

「っ!?セイレム家の為の部屋があるでしょうっ」

「ふんっ、愚か者達がうるさかったからな、譲ってやったわ。まあ今回だけだがな」

「お父様いらないですっ。せっかくセルフィル様とグリエダ様とも一緒にいられる機会なのに」

「ほうっ?それは聞いてなかったぞ。ちょうどいい機会だ二人には直接感謝を伝えなければと思っていたのだ」

「いりませんっ!椅子でも用意してもらって廊下で一人でいてくださいっ」

「・・・アリシアよ、それは酷くないか?なあバルト殿」

「はあ、そうですね。・・・胃がシクシクするなぁ」


 なぜかハイブルク公爵を真ん中に置いて、アリシア嬢とセイレム公爵が両脇を固める形で城内に向かう三人。


 貴族を出迎えていた者達は自分達の考えが間違っていたのかと戸惑う。

 どう見ても公爵二人に敗者の気配はなかった。


 混乱していても馬車はさらにやって来る。

 何とかさばいていると一台の馬車が来た。大きさはそこまででない、だが曳いている馬が真っ白で他の馬車の馬を圧倒する大きさだったのだ。

 その馬車に飾られている家紋は剣とその周囲に花が散りばめられている。探せば何家かありそうな家紋だがその花はある地域にしか咲いていないものだ。

 深紅に咲くその花には名前はない。ただそこを支配する貴族の名で呼ばれている。


 アレストの華と。


 守護する者達と敵の血で染まったと言われる花だが、現当主は『あれは蜜が美味いんだよね。蜂の巣箱から盗み取るのがまたいいんだよ』と婚約者に言ったとか。


 巨馬が曳くアレスト家の馬車が停車する。

 その瞬間、場の音が消えた。


 アレスト女辺境伯、男尊女卑の貴族社会の中にあって十歳で爵位を継いだ女傑だ。

 パーティーやお茶会には男性の恰好で現れる彼女を女のくせに男の恰好していると蔑む貴族は多い。かといって普通に女性の恰好していたら貴族を舐めているのかと囁かれる。


 その彼女が夜会にやって来たとなれば興味を抱かない貴族はいない。

 しかもあのハイブルク公爵家の三男と婚約したと知れば見たくないはずはないのだ。


 馬車の扉が開く。

 ゴクリと喉を鳴らす音が聞こえてきそうになる。


「よっと」


 従者が用意した馬車の乗降用の台をピョンピョンと降りてきたのは白い小さな妖精。

 金髪を後ろに流して少し大人っぽくしているがその整い過ぎた女の子のような顔は幼く見える。

 周囲は全員大人なのに全く怖気ずにニコニコと笑っていた。

 少年に夫人たちが魅了される。

 その装いは純白のタキシード姿。着られているのではなくその小さな身体にぴったりと合わされて、彼に似合っている。

 その胸元を深紅のハンカチーフが紅一点とばかりに彩っている。


 彼が馬車の室内に手を伸ばす。

 女性の手が伸びてその手を掴んだ。

 ゆっくり馬車内から現れるその全貌。

 きめ細やかな腕が現れ、それが途中から深紅の布に包まれていた。


 馬車から降りた人物にその場にいた全ての人の視線が集まった。


 流行りの柄の付いたスカートが膨らんだドレスではない。

 全てが赤、それも深い紅色一色のドレス。靴にも赤に染めたシルクが貼られている。

 太ももから下は広がっているが他はその肢体の全てのラインを魅せていた。

 コルセットを装着せずにその細いくびれにぴったりと張り付くドレスは男を惹きつけ、女性を嫉妬させた。

 豊かな胸元は途中からレースになってギリギリ谷間を見せ、首まで覆っていた。

 そしてドレスを着るなら髪を纏めるという常識を無視して、美しい銀髪を流していた。

 アクセサリーも耳飾りの他は着けていない。


 全てが流行りのドレスと正反対。嘲笑されても不思議はないのに誰もが彼女、グリエダ=アレストに魅了されていた。


 彼女は馬車を降りるときに支えてくれた妖精の少年に微笑みかける。

 その唇も美しい紅に彩られていた。

 身長差があるため腕は組めず、少年に手を取られて城に向かう彼女。


 誰もが停止した世界で金髪の白の妖精と銀髪の深紅の女神が動く。

 階段の途中で彼女が止まった。

 振り向く彼女につられて銀髪が揺れる。

 その下の背は腰近くまで大胆にスリットが入ってそこをレースで彩られていた。

 それを目にした男性陣が開いた口を閉じ、周りに聞こえるほどに喉を鳴らした。


「彼が私の為に仕立ててくれたドレスだ」


 美しいだろう?


 綺麗な笑みを浮かべる。

 残りは言わなかったが笑みにその言葉がこもっているのを誰もが理解した。

 少年に寄り添いその背中を再び銀髪で隠しながら階段を上がる女辺境伯。


 二人の公爵、そして深紅の女辺境伯、誰がこの三人に勝てるだろうか。

 貴族を出迎えた者達全員がそう思った。


ーーーーーーーー

セルフィル「どうだエロいだろうっ!」

グリエダ「みんなに見てもらいたいのかい?」

セルフィル「あ、羽織るのも作っているのでなるべくなら着ていてください。あ~でも夜会では愚王達に見られるのか・・・ヤろうかな?」


あ~ドレスばっかり調べていたから広告が全部ドレスになっている・・・(;´д`)

絶対にスマホの画面を人に見られないようにしないと。


もう服の描写は嫌だ~(。>д<)

筆者はショタと覇王様のイチャイチャが書きたいの(ノ´∀`*)

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