第13話ハイブルク家の二つの忠誠(Sideグリエダ)
婚約のことで契約書を交わすところ飛ばしたのですが書いてみました。
ドレスのために来た日より以前の話です。
ドレスの為に採寸した日より数日前。
「ではこちらに署名を頼む」
バルト・ハイブルク。
彼と同じ金髪碧眼、整った男らしい顔立ち、年相応に体格はいいしそれなりに動けそうだとも見て取れる。
魔力使いである私は視界に入ればある程度は相手の魔力が読める。相手からも読めるだろうから意味はあまりない。筋肉の付き方がいいなと思うぐらいのものだ。
簒奪公爵、傀儡公爵、若輩者、いろいろと揶揄される若きハイブルク公爵だが、私がこれまでに出会った貴族の中では立派と言える貴族だ。
こういう勘は私はほとんど外さない。
今のところ出会った中で立派と言えるのはセイレム公爵、ハイブルク公爵、元宰相のボルダー侯爵ぐらいだ。元騎士団長は私を女のくせにと言った時点でダメだ。
「アレスト女辺境伯、何か不備があったのか?」
「ん、申し訳ございません。少々考え事を。大丈夫です不備はありませんでした」
謝罪して紙に自分の名前と爵位を書いていく。
そして家紋が掘られた指輪に、用意されていたインクを付けて押印した。
家紋の入りの指輪、家紋の付いた耳飾りは爵位持ちの貴族が最低限身につけているものだ。
指輪は重要な契約をするときなどに、耳飾りは当主代行にその権力を使用していい時に渡す物だ。だから寝るとき以外は着用していなければいけないのだ。
インクが乾いた端の方に触れるが指には付着しなかった。
公爵に手渡す前に契約書にかかれた名前をなぞる。
セルフィル=ハイブルク。
私の夫としてアレスト家に嫁いでくる名だ。
ハイブルク公爵と同じ金髪碧眼の年齢よりも幼く見える美少年。だがその子供のような容姿の中には私を魅了するほどの性格の悪さを秘めている。
その彼と一歩だけでも正式な婚約者として進展させることが出来るのは嬉しかった。
「これを貴族院に提出して受理されれば、君とセルフィルは婚約者と認められる」
公爵は受け取った契約書を眺める。
「ただ、あの王が大人しくしているとはとても思えないが・・・」
「それは私もそう思いますね」
セルフィル君いわく、長兄は苦労が寄ってくる体質で、それを自分で処理しないと気が済まない苦労人です、とのことだが、今回の苦労は私と彼のせいである。
そのうち何かしらで恩を返そう。
「無能だった頃はまだマシだったってのに、政務に関わってからは愚王になるとは」
「ぷっ、ぐ、愚王?ああ、確かに無能から愚王に変わったな。くっふふ」
「セルフィル君が教えてくれたんですよ」
「あいつは名前は覚えないくせに変なあだ名ばかり付ける・・・。私なんて呼び名が長兄のままだぞ。侍女長がたまに私の名を呼んだ時に、あ、そんな名前だったね、みたいな顔をしてついでと言わんばかりに名前で声を掛けてくるのだ」
セルフィル君、君はもう少しお兄さんを敬った方がいい。
君の話になった途端に覇気ある若き公爵が下の子達に苦労しているお兄さんになっているぞ。
「しかも少し目を離したらバ?バ、バベル?まあいいや長兄―っとすぐに忘れて・・・。次男はセルフィルより記憶に難ありだからセルフィルの長兄呼びを覚えてしまい、妹もからかって呼んでいたのがそのままに」
「・・・お察しします」
鳥より記憶力がないのかい彼は?
あと周囲を巻き込んではいけない。もしかして私の名前を呼んでくれているのはセルフィル君にとっては珍しい事なのか。
「では今後はバルト様とお呼びしましょうか」
「・・・いや、今は婚約者だけで・・・義父も遠慮なく言ってくるので許容量を越え始めていて」
顔を背けて惚気けと複雑な顔で義父との仲がいいのを話されてもな。
「では義兄と」
「あ~うん、それで構わない。なぜかしっくりくるな」
長兄と変わらないからではと思うがあえて言わない。
「私のことはグリエダで構いません。アレスト女辺境伯では長ったらしいですし、父と出会うとややこしくなりますので」
「ではグリエダ嬢と」
私は一人娘なので兄が出来たことは少し嬉しい。可愛い婚約者とともに義理だが兄弟ができた。
「正直、年が近くて相談できる相手が出来たのが嬉しい」
「それは私もです」
二人で苦笑いしてしまう。
私は最年少で女で辺境伯になったのだ。平民でも女は下なのだから貴族の中での嫉妬は比にならない。
良くて無視のその中で、比較的歳が近く貴族で最高位の公爵との縁が築けたのはセルフィル君自身を抜きにすれば一番嬉しい事だった。
偏屈な年上の男共には義兄も悩まされているのだろう。さすがに二人で酒を飲むことは不貞になるので出来ないが、セルフィル君と義兄の婚約者のアリシア様が一緒ならば会話が弾みそうだ。
加えてハイブルク公爵領との交易は、ヘレナ側妃の実家の伯爵領と交易できなくなった辺境伯領には本当に助かる。
セルフィル君は私にとって幸運を運んで来てくれた妖精なのかもしれない。
お互いの家としての婚約手続きの後、少し雑談してから義兄の部屋を出た。
「セルフィル様は庭園でお待ちになっておられます」
「ん、連れて行ってくれ」
私の侍女より年かさの公爵家の侍女長が案内してくれる。
自分の婚約なのに当主二人で結ぶことが習わしというのに不満だったセルフィル君は、長兄は頭頂部が少しだけハゲろとウソ泣きしながら部屋を出ていっていた。
少し心配したが義兄に、どうせ邸内から出られない、少しすれば忘れて何かしていると聞かされて婚約の契約を優先した。
少し時間が経ってしまったので、謝っても許してくれるか心配だ。
「そういう部分はセルフィル様は大雑把なので心配なさらなくても大丈夫でしょう」
侍女長に話すと彼ならそうかもという答えが返ってきた。
「辺境伯様」
「なんだい?」
廊下の曲がり角の前で侍女長は足を止めて私の方に振り向いた。
他家の当主に対して無礼な行動、このまま切られたとしてもハイブルク家が私を咎めることは無いと侍女長は知っている。
「セルフィル様はハイブルク公爵家の宝でございます」
「うん」
「王の理不尽を躱せたのはひとえに辺境伯様のおかげということについてはハイブルク家家臣全員が感謝の気持ちを持っています」
侍女長は頭を下げる。
再び顔を上げた時には隠しきれない殺気が漏れ出していた。
「御当主様の意向に私達は従います。ですがセルフィル様を守れない者にお預けするつもりはございません」
先ほど結ばれたアレスト家とハイブルク家に出来た橋すら壊すつもりだと、この侍女長は言っている。
当主には従い、それでもセルフィル君の為に自分の命を賭けてでも破談にするつもりなのだ。
どうすればここまでの忠誠を誓ってもらえるのかセルフィル君に後で聞いてみよう。
「ではどう証明すればいいのかな?」
「曲がられた先が庭園に続く廊下になっております。真っすぐに進んでいただければ」
「わかった」
侍女長の横を通り過ぎる。
極度の緊張の汗の匂いがした。
どうせこれから何度も会うことになるのだから彼女のことは覚えておこう。
角を曲がると二部屋分先に人が数人いた。
メイドが三人と褐色の肌の執事が立っていて、そしてとんがり帽子にローブの中年男性が一人わざわざ用意したのか椅子に座ってこちらを見てニヤニヤと笑っている。
「全員を相手にすればいいのかい?」
「いやメイド三人だ。儂は見届け人だな」
ローブの男性が年齢に見合わないしわがれた声で話す。
見た目が魔法使いか魔力使いの恰好なのでどちらかはわからないが、たまに魔力持ちには外見と年齢が合わない人物がいる。彼もそのたぐいなのだろう。
「あなたとその執事が加わればいいところまでいけると思うが」
「儂とこいつはこの公爵邸の守りが仕事だ。こんなことで怪我なんぞしちゃダメなんだよ」
さっさとやれと言わんばかりに手を振るローブの男性。
執事の男はボーとこちらを見ながらたたずむだけ。
メイドの三人が一歩前に出る。
それに合わせて私も歩き出した。
侍女長からは真っすぐ進めと言われたからな、認められるためにはしょうがない。
一部屋分は動きは無し。
「「「フッ!」」」
残り一部屋分に足を踏み入れた時に彼女達は動いた。
一人が背中に隠していたのかナイフを二刀持って構え、頭を低くして突進してくる。
二人目は鞭を手元だけで操っての見えにくい斜め上からの襲撃。
最後の一人はすでに動作は終えていた。何かを投擲し終えた体勢。キラリと光るのは手のサイズの針だろう、それが四本。
タイミングは完全な時間差攻撃、魔力使いにも確実にダメージを与えることができるものだ。
だからまず最初に飛んできた針を全て掴む。
「はぇ?」
そして次に来た鞭も、操作されて返しの衝撃波が生まれる前に、もう片方の手で掴んで後ろに引っ張った。
「きゃっ!?」
鞭使いのメイドはそれだけで前のめりに体勢を崩す。
最後のナイフ使いのメイド・・・いやらしい。
片方のナイフを私目掛けて投げていた。
針も鞭も必殺ながら囮、最後の彼女が必殺らしい。
両手があいにくと塞がった私。
仕方がないので飛んでくるナイフをつま先で蹴り上げた。
しまった振り上げた脚でメイドの顔が見えない。どんな驚いた顔をしているのか見たかったのに。
残念だと思いつつ、脚を振り下ろした。
「ふぎゃっ!」
勢いのついたナイフ使いのメイドは避けることが出来ず、私の踵が背中に衝突する。床に倒すだけなので触れた瞬間に押すだけに留めた。
倒れ伏したメイドの横を通り過ぎ、体勢を崩したメイドの首に手刀を当て、呆気に取られているメイドの肩を軽く叩く。
「これで終わりかな?」
「ああ、さすがセルフィル様が選んだ女傑だ」
ローブの男性にお墨付きを頂いたようだ。
「彼女達が本気なら手加減も出来なかったが試しだしな。私としては石投げのロンブル翁にお相手してもらえるなら本気を出せたかなと思っている」
「おいおい、老体に無理を言うなよ辺境伯。こんな狭いところじゃ一瞬でやられるわ」
中年に見えるローブの男の正体は当たったようだ。
その正確で弓よりも遠くに放たれる石は数多の人の頭部を割ってきた。
そこから付いた二つ名は石投げ、戦場で笑った者の頭は仲間でもどこからか飛んできた石で割られたらしい。
なぜかセルフィル君の師匠で、よく会話の中でおのれージジイめーと毒づかれている人物だ。
「それに儂は当主の命令がなければ訓練もできんの。そいつについて行けばセルフィル様に会えるからさっさと行ってくれ」
しっしっと手で追い払うようにした後ロンブル翁はメイド達の方に向かった。怪我はさせていないと思うが念の為にだろう。
「それでは頼む」
ロンブル翁と共にいたもう一人、褐色の肌の執事に声を掛けると返事もせずに歩き始めた。
「君は私を試さなくていいのかい?」
無言で歩く執事に話しかける。
彼には殺気が少しも無い。だがその身のこなし方には猫の様なしなやかさがあった。いつでもどこでも瞬時に動いて殺せるような力を感じる。
「・・・セルフィル様のご命令が無ければ殺せない」
小さな声で呟き、一瞬だけ殺気を当ててくる。
すぐに元の無言に戻り歩き出す執事。
まさか王都で辺境の騎馬民族との戦場を思い出させるような人物に会えるとは思ってもみなかった。
その後は二人共無言。
やや足早になって庭園にたどり着く。
「ふふっ」
執事に誘導されて着いたのは大きな樹の下。
そこには横になっている私の馬、白王の腹を枕にして眠っているセルフィルがいた。
スヤスヤと眠る姿に、先ほど動いたせいで鋭敏になっていた感覚がほどけていく。
「ずっとその馬に乗ろうと頑張っておられた」
後を頼むと言って褐色の執事は去っていく。
無口で無愛想だが、馬に乗ろうとしていたセルフィル君にずっと付き合っていたのだろう。
私が近寄ってきたので白王が頭をあげた。
その首を優しく撫でてやる。
「もう少しそのままでいてくれ」
わかっているといった感じに鳴いて頭を伏せる白王。
移動してセルフィル君の隣に座る。
そのサラサラの髪を梳く。金の糸のような髪は手の中から逃げるように落ちていった。
「君と出会ってから新しいことがどんどん出てくるよ」
まだまだ彼は私には隠していることが・・・隠している気はないのかな?まあそのうち思い出したら教えてくれるだろう。
今日は心も身体も満足した。
それに二人で寝るのもたまにはいいだろう。
起こさないように彼の頭を私の足の上に乗せて、私が代わりに白王に背を預ける。
起こしてくれるのは誰だろうか?侍女長か三人のメイドたちか、それとも褐色の執事だろうか。
先に起きたセルフィル君が起こしてくれるのが一番嬉しいんだけど。
ーーーーーーーー
長兄「たまに自分の名前が口から出ないことがある」
セルフィル「え、長兄の名前は長兄でしょう?」
無言でセルフィルのこめかみをグリグリする長兄。
セルフィル「ぎゃあぁぁっ!!」
婚約の書類を交わしました。あとは許可が出るのを待つのみ。
王の許可と貴族院の許可は別なのであしからず(;・ω・)
下級なら貴族院に提出だけですむのですが、セルフィルの場合は婚約破棄が起きなくても相手がグリエダさんでなくても王の許可が必要でした。
それは上級貴族に生まれた者だから、普通なら愚王は、勝手にすればぐらいで許可をしますが、自分の息子を破滅に追いやったと思っていますから拗れています。
ちょっと物語の繋がりがうまくいってないので閑話みたいなのでした。
ええ、逃げです。逃げましたよっ!(>_<)
どうやってあの場面に二人を連れて行くんだとのたうちまわっている筆者です(--;)
どこか~どこかに繋がりは落ちていないか~(´д`)
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