第4話婚約者は結構脳筋


 お馬に揺られてどんぶらこ。

 グリエダさんの愛馬、白王はこちらに気を使ってくれているのか振動は馬車よりも少なかった。

 朝の忙しい人達が行き交う王都の中をパカラパカラと二人と一頭で進んでいく。

 馬車が渋滞を起こしている隣をスイスイと行けるのを体験すると馬車には戻りたくなくなる。

 これこれ下級貴族の子供たちよ、指を指してはいけません。

 ショタだけど男だからね、後ろの美青年は美女だから。他の上級貴族なら不敬罪で切られることもあるから注意しようね。


 王立学園までは貴族の屋敷が建つ区域を進まなければならない。

 エルセレウム王国では貴族でいるために中等部から学園に通うことが必須で、どうしても通えない事情がない限り貴族の子供はみな通っている。


 俺の婚約者(まだ仮)のグリエダさん。

 グリエダ=アレスト女辺境伯は特例で貴族位についていた。

 前辺境伯、彼女の父親が略奪の為に襲撃してきた騎馬民族に重傷を負わされた時に、彼女が代わりに辺境伯軍を指揮して追い返したのが功績となり辺境伯位を継いだらしい。

 当時十歳のグリエダさん、もちろんあり得ないと他の貴族からの反対があったが、アレスト家にしか従わない辺境伯軍を、怪我から回復しても前辺境伯が率いるのは難しいとの理由で最年少の女辺境伯が誕生した。


 その後に無能な王が中等部に入学した最年少女辺境伯に興味を持ってちょっかいを出し、愚王にランクダウンしている。

 何でしょうこの覇王様、主人公キャラを爆走していらっしゃいますよ。


 現在十六歳のグリエダさんは王都で悠々自適な生活を送ってる。

 辺境伯の領地は辺境伯軍が全力で守っていることになっている。

 実は前辺境伯のグリエダさんのパパは完全回復している。爵位を娘に渡し、本人は楽しく軍を率いて騎馬民族を追い回して遊んでいるというのが実状だそうな。

 やはりグリエダさんは覇王様だ。


「くぁ」


 グリエダさんが小さく欠伸をした。

 後ろにいるから見えないけど欠伸もイケメン。


「寝不足ですか?」


 好青年のグリエダさんが気が抜けた欠伸をするなんて出会ってから初めてのことだった。


「ん、いや逆によく眠れたんだが少し疲れが残っているみたいだ」

「あ~もしかして昨日の王城での出来事で疲れが」

「ん?ああ公爵か、そうだね少し張り切ったせいで早めに寝たんだが、それでもね」


 彼女にとって城で兵士と騎士72名の骨を折ったのは少し張り切るぐらいのことのようです。


「どうして城に乗り込んだんです?」


 長兄が城にいることを教えたのは昨日の昼食時、それから情報を集めて城に突入するまでの行動が早すぎる。


「第一王子の婚約破棄の件が一段落した後なのにハイブルク公爵が登城したまま帰っていないのは国防か私達のことだろうと考えたんだよ。一応セイレム公爵の動向も調べたらほぼ同時に城に行って戻っていないから、私達のことだというのは確実になったかな」

「読みが凄いなぁ」

「一応登城の前に先ぶれを出したんだが、あの王は私に会いたくないようで城門で拒否されたから、直接乗り込んでやった」


 さすが軍を率いる立場のグリエダさんは機を見るに敏。


「愚か者は直接叩くに限る」


 訂正、暴力で決着を着けるのが覇王様です。


「まあ私はあの王には嫌われているから婚約を妨害してくるのはわかっていたんで、罪悪感もなく暴れられたのは楽しかったよ」

「普通は反逆罪で捕らえられますからね」

「ははは、アレスト家が取り潰しになったらこの国は終わりだね。真っ先に騎馬民族が平原から略奪にやって来て、その後に隣国が大軍で侵攻して王族は皆殺し、貴族は従順な者でも奴隷落ちだろう」


 グリエダさんは世紀末に生きておられるのかな?

 でも彼女の予想はあまり外れていない。

 この世界の歴史を調べたことがあるが、現在は日本の信長さんがいた頃みたいに弱い国はあっという間に滅ぶ戦国時代と変わらない時代みたい。

 他の隣国に続く土地は大軍が即座に行動できるような箇所はないので、平原から直接エルセレウム国に続く場所にアレスト家がいなかったら愚王ではどうしようもないだろう。


 なら愚王の王家よりアレスト家が王になったらいいのかといったら重要拠点を守る者がいなくなるし、ハイブルク公爵家が王になればいいのかというと、貴族の反発や変化に対応できない平民が抵抗するかもしれない。

 数十年もすればどの国も安定し始めて小競り合いで済むぐらいの世界に変化するかもしれないし、しないかもしれない。

 ハイブルクが動けばその変化は早まるだろうが、平和な日本で生きていた俺は時代の変革者になるつもりはないし、身内や親しい者達が死ぬかもしれないことに賭けることはしない。

 未来に対応できる意識の改革を公爵領で芽生えさせるぐらいだ。国は残らずとも人は残る。


 話が逸れたが俺達がいるエルセレウム王国はグリエダさんの実家に守られているから平和を享受出来ている。

 ハイブルク、セイレムに他の多数の貴族はそのことを理解しているからグリエダさんの最年少女辺境伯を認めるし、王が派遣した騎士団を叩きのめしても城に一人で大損害を与えても黙認しているのだ。


「しかし国の中枢を守る連中のくせに弱かったよ。危なくなったら剣を使おうと思っていたが訓練用の木剣で済んでしまった」


 背中にグリエダさんが動いた感触があり、おそらく肩をすくめたのだろう。


「どうやって倒していったんですか」

「剣を持って近寄ってきたのは剣に横から木刀当てて吹き飛ばしてから腕に一撃、槍で突いてきたのは避けて腕に一撃、綺麗に折ったからすぐにつくよ」


 なにその強者の戦い方。


 超強いグリエダさん、戦いの才能があるし国内有数の魔力使いだ。

 俺からの知識をパクったロンブル翁が両腕で持ち上げる石を片手で持てるのです。一般の魔力使いが筋力が上がるだけなのに、どうも話を聞いていたら動体視力や反応速度、思考スピードも上昇しているみたい。

 王都で戦うことも無く、しているのは訓練ぐらいの兵士やちょっと力持ちの貴族の騎士では相手にならないだろう。


「無茶しないでくださいよ。長兄とセイレム公爵にアレスト家の名前があればこの国で通らないことはないんですから」

「・・・もしかして心配してくれたのかな?」

「朝に長兄から聞いた時には驚きましたよ」


 愚王でも一応国の頂点だ。

 彼女からすれば雑魚の騎士と兵士でも必死で守るから何があってもおかしくない。

 万が一彼女が我を通せずに捕まっていたらさすがに処刑だろう。

 そうしたら俺は結婚しないまま寡夫になります。そして王家に直行です、まあ逃げるけど。


「おうふ、グリエダさん?」


 暫くの沈黙のあと後ろから抱きしめられる俺。

 俺達が乗っている馬の白王さんは賢いので手放しでも落とさないようにして目的地まで連れ行ってくれる自動運転馬なので大丈夫なのだけど。

 

 当たってます。身長差があるので後頭部に。


「いやはや人に心配してもらうなんて子供の頃以来だけれど、かなり嬉しいものだね」

「普通は誰かが心配すると思いますが」

「ほら、最後は力で全てをねじ伏せれるから。私は頼られる側なんだよ」

「国の頂点まで力で会いに行けますもんね」


 う~む、婚約破棄の時は紳士な美青年だと思っていたら賢い覇王様でしたよ。

 ハイブルク、セイレム、アレスト・・・余裕で国盗りができるな。

 しませんよ?ほらトップなんて無能ぐらいが下は自由に動けるから国としては健全に運営できているんです。

 国に必要なのは何かあった時は挿げ替えられる頭とちゃんと動く体です。王家の頭はあと何人いるのかな?この前一つ自分から転げ落ちたから困ったものだ。


「そういや長兄から聞いた話では、グリエダさんが愚王に何か囁いたら素直に婚約を認めたそうですが、何を言ったんですか?」

「ああ、それはね」


 抱きしめる腕にギュッと力が込められる。

 顔が近づいてきたのか耳に息遣いが聞こえてきた。

 あれ?今は朝ですよ?パカラパカラとお馬さんに乗って学園に登校中です。ショタと美青年は注目の的になっていますよ。


「私達の婚約を認めるか、今からご自慢の近衛騎士団を全滅させられた後に首を切られるか、どちらか選べと言ったんだよ」

「・・・」


 ドキドキと恥ずかしさがヒュンッと一瞬で消え去った。

 婚約者が世紀末の世界で生きていらっしゃいます。

 ショタのわたくしはグリエダさんを悪の王国に手籠めにされるところを救ってくれた王子様と思っていたのに、真実の姿は三下に身売りするショタを力でもぎ取る覇王様でした。

 魔力という不思議な力がある世界だとしてもちょっと暴君過ぎないですか?



ーーーーーーーー

グリエダ「君のためなら王の首を獲ってこよう」

セルフィル「やだ婚約者が格好いいわっ」


グリエダさんは結構やんちゃさんです( ´∀`)

頭はいいんですが大抵のことは腕力で解決できるので。

セルフィルはやんちゃですが自分では解決できません。案外いいカップルか?

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