第3話やだ婚約者は世紀末覇王様?


 長兄を連れて正面玄関にドナドナ~。

 驚く長兄の顔を早く見てみたい。


「何を隠している」

「え?」


 長兄が声をかけてきた。


「お前が鼻歌を歌い始めるときは良いことがあったか、これから人を騙すか地獄に落とすときだ」


 何それ?僕知らないよ?

 俺達二人の後ろをついてくる家宰、侍女長、三人メイドのほうを振り向くと顔を背けられた。

 おかしいのよ、ハイブルク家の家臣は忠誠厚いから諫めるときははっきり言うんじゃなかったのかな侍女長。

 まったく、自分達に都合よくふるまう家臣たちは誰に似たのやら。

 うん、ここはトップの長兄だろう。

 昔に前公爵夫人に効率のいい人の使い方を聞かれたので覚えている限りの労働環境改善を教えたこともある。ただ貴族社会には合わないので厳しさ三倍ぐらいでとも伝えた。


 ん~、もしかして俺が関わっているから俺に似ているってこと?ショタ好きと似ているのは嫌だな~。


「ははは、今まで長兄に隠し事をしたことがありますか?いやないっ」

「今隠し事をしているのはどうなんだ。ん?」

「あ、止めて下さいっ!襟が伸びますっ!首がグイッとなって息が詰まりますっ!」


 長兄に子猫の様に首の後ろを掴まれて持たれた。

 十三歳にしては軽めの体重の俺はブラーンと風に揺れる柳のよう。


「子猫ですね」

「首を掴まれたら大人しくなりました」

「「「可愛い、ハァハァ」」」


 あとで覚えていろよ忠臣達。


 軽いとはいえ男の子を片手で持ち上げる長兄は凄い、というわけではない。

 この転生した世界には魔力というものがあるのだ。

 生物の体内にあるらしく、それを使用することで身体能力を向上させることができるらしい。

 さらに、魔力を外にまで出せる人はその魔力を魔法として使えるようで、第一王子と一緒に婚約破棄ショーをしてくれた性女は回復魔法が使えたらしい。

 とんがり帽子でローブ姿の魔力使いの先生であるロンブル翁がそう教えてくれた。彼は魔法使いではなく魔力使いだったので、一抱えもある石を頭上に持ち上げられるのだが、そんな爺を見ても拍手を送るだけだった。

 魔力は基本血で継承されていくものであり、大体が貴族の魔力持ちで、たまに平民に魔力持ちが生まれるのは先祖に貴族の血が入っている者だかららしい。


 殆どが〝らしい〟になるのは俺が少ししか魔力を使えないから。

 貴族でも魔力が使えないのは半数はいるから、そこら辺で追放だーっ!とかはないけど転生した身ではチートだワハハと叫んでみたかった。


 少しは使えるのよ少しは。ロンブル翁と意見交換して、筋肉?血流?電気信号?と体内のことを教えてわかったことは、人それぞれ、だった。

 ちなみに俺はお腹のお肉に電流を流す機械を思い出したら使えるようになる。

 ただショタの身体ではいくら魔力で強化しても一抱えもある石は持つことすらできなかった。だって1.1倍になってもたいして変わらないの。

 おのれー、ショタボディめ。

 ちなみにいろんなことを知ったロンブル翁は一抱えの石からその倍ぐらいの岩を持ち上げられるようになった。

 おのれー、ジジイめ。


 そのロンブル翁の教えを受けたハイブルク家の人達はなかなかの腕力さん達でショタの身体能力は最下位を彷徨っています。

 長兄は流石というかそつなくこなせる凄い人です。そのおかげで苦労人ですが。


 あがいても無駄なので大人しく子猫になって正面玄関まで運ばれた。

 長兄が降ろしてくれると三人メイドが素早く服装を直してくれる。

 地位が高いと自分でしてはいけないことが多くなって困る。でも朝は自分で着替えないといけない公爵家三男坊セルフィルです。

 侍女長に苦情を言ったら襲われてもいいなら執事を寄こすと言われたので、一人で起きて着替えられるようになりましたよ。


 公爵家の正面玄関の扉ともなるといろんな彫刻が彫られ、芸術作品にすら見える素晴らしいものだ。

 だけどそれを季節ごとに取り換えて、だいたいがそのシーズンでお役御免になるらしい。お金って使いきれないほどあっても碌なことには使われないという典型のようなものだ。


「辺境伯様は玄関前でお待ちです」


 扉の前に控えていた執事が教えてくれる。

 それを耳にしてピクリと眉が動く長兄。

 高位の貴族を外で待たせるというのは、家の顔として優秀な者が応対するはずの玄関での最初のマナーとしては良くないことだ。


「大丈夫ですよ、グリエダさんが望んで外にいるんです」

「ふんっ」


 俺の言葉で長兄の圧が弱まり、玄関待機の執事はホッと息をついた。

 若輩とはいえ長兄は公爵、上から数えて十指に入るほどの地位にいるのだから、一執事の身では下手すると心臓が止まっていたかもしれない。


 長兄が視線で命令する。

 それを受けて執事が扉を開け始めた。

 重厚感溢れる木製の扉は軋む音一つ立てずに開いていく。

 魔法はあっても中世ヨーロッパと同じくらいの文明なので電気は無い。朝でも玄関ホールは少し薄暗い。

 そこに二つに分かれていく扉の間から朝日が差し込んできた。


 その光に少し目が眩む。

 白くなった視界が徐々に戻っていくにつれ、徐々に視界の大半が違う白に占められる。

 開いた玄関の先にいたのは白い巨馬。

 公爵家にいる馬車用の馬よりも一回り、いや二回りは逞しいその体格、長いたてがみが垂れる顔の間から覗くのは穏やかな目だ。


「やあ、おはよう。今日は早かったね」


 そしてその白い巨馬の傍に立つのは男子の制服姿の銀髪の美青ね・・・ではなくて少し前に俺の婚約者になってくれたグリエダさんだ。

 今日は長い髪をしっかり編み込んで中性的な美形度がさらに上がっていた。

 こちらに向かって爽やかに微笑んでくれるのがさらにイケメン値上昇。

 舞台俳優をやらせたら毎日が満員御礼になりそうである、客の全員が女性で。


「これは・・・昨日はご迷惑をお掛けしましたね。グリエダ=アレスト女辺境伯爵です」

「バルト=ハイブルク公爵だ。アレスト辺境伯が来てくれなければあの王はさらに無駄な時間、いや君達二人のことをうやむやにしようとしただろう」

「ははは、それなら少し無茶したかいもあったようです」

「おかげで私は今日から自分の寝室でゆっくり眠れるよ」


 グリエダさんは俺以外に人がいるのを視線で確認するとまず長兄に挨拶をした。

 この場で一番地位が上なのは公爵である長兄だ。

 前世の記憶の中で、貴族は下の者から話しかけてはならないと聞きかじったことがあったのだが、前公爵第一側室に貴族のマナーを教えてもらった時に聞いてみると正式な場以外はそうでないと教えてくれた。

 つまり先にグリエダさんから長兄に挨拶したのは今は正式な場ではないということ。


「なんだお前は」

「私の婚約者は嫉妬深いようです」


 挨拶を交わした二人が俺を見ていた。

 長兄は呆れて、グリエダさんは苦笑している。


「む、そんなことはありませんよ」


 まだちゃんとした婚約の手続きもしていないのにジェラシーを起こすほど子供ではないので、だって中身は侍女長よりもお歳・・・ヒッ殺気が!?


「そんなことだよ。口を尖らしているのだから」

「むう~」


 グリエダさんが俺の頬に手を添えてムニムニとほぐしてくれる。

 ちょっと恥ずかしいです。

 ほら変態メイド達がハァハァしているの。侍女長そいつらに説教を!


「ハイブルク公爵、今日のところは挨拶だけで」

「ああ、王から許可は貰ったのだから、ちゃんとした場を設けよう」


 当事者なのに放置です。所詮貴族の三男坊、公爵と辺境伯の会話に入れません。

 配慮ができるショタ、セルフィル。セルフィルをどうぞよろしくお願いします。第一王子がやらかした時は配慮なんてしなかった?だって面倒くさかったのだもの。


「それでは行きましょうか」

「ああ、今日は少し早い時間だからゆっくりと行こう」

「・・・待てセルフィル」


 学園までの登校の時間は二人のお喋りの時間である。

 美青年風婚約者グリエダさんとの大切な時間を邪魔する長兄は敵か?敵なんだな。

 力と権力では勝てないので今後も王城に行くように仕向けよう。気に入られたセイレム公爵の相手はどうかな?嫌味ばかりの貴族達の針の筵とオッサンと一対一での付き合い、どっちが長兄には地獄だろうか。

 ・・・長兄の婚約者のアリシア様にお手紙を書いておこう、セイレム公爵を長兄が父と慕っているって。


「その馬で行くのか?」

「そうですが大丈夫ですよ。この子は敵意の無い者には大人しいですから」


 長兄が見るのは大きい白馬さん。

 何のために玄関まで長兄を連れてきたのか忘れていたよ。


「ここ最近はグリエダさんが乗る馬に乗せてもらって登校しています」

「・・・公爵として馬車に乗れと言うべきか、男として馬に乗せてもらうなと言うべきか」

「長兄、長兄、それはどちらも同じだと思います」


 グリエダさんが辺境伯なので俺の方から攻めようとしているな、長兄。


「私のワガママに彼が付き合ってくれているんです」

「馬だと学園の門前で混雑する馬車を尻目に入っていけるから優越感があって楽しいんですよ」


 グリエダさんは夜会などの時はちゃんと馬車に乗るけど基本一人で馬に乗って動くらしい。最初は俺に合わせて馬車だったけど二日目にはギブアップなされました。

 それから晴れた日はお馬さんの背に揺られての登下校だ。

 

「・・・わかった。お前がそれでいいなら何も言わん」


 こめかみをグリグリする長兄。

 チラリと自分の臣下を見ているのは後で注意するつもりなのだろう。

 キッチリと注意して欲しい。

 だってそいつらはこの後の俺を見るために長兄に伝えていなかった節があるからだ。


 長兄の許しも得たのでグリエダさんの愛馬、白王(白だから黒〇ではない)に跨る。


「ふぬっ、うぬっ」


 跨る。


「うぬぬっ」


 鞍を掴むが身体が持ち上がらない。


「くぬっ」


 どんなに力を、1.1倍になる魔力を込めてもつま先立ちから上に上がることは無かった。


「跨らせてください・・・」

「「「プッ」」」


 奮闘した俺の隣にいるグリエダさんに助けを求めた。

 長兄以下、ハイブルク家の者は笑ったな?忘れたころに地味に嫌ないたずらをしてやるから覚えていろよ。


「私の婚約者は可愛いなぁ」


 俺の腰を掴んでヒョイッと白王に乗せてくれるグリエダさん。

 完全な子ども扱いされているショタです。


 ここ毎日の朝の光景、俺が一人でお馬さんに跨れるかな?はこれで終了である。

 初めてグリエダさんが迎えに来てくれた時に意地になって一人で乗ろうとしたら危うく遅刻寸前になり、次の日から素直にグリエダさんに乗せてもらおうとしたら今日は出来るかもと唆されて再挑戦。

 今では朝の定番のお約束事にされてしまっている。お願いするまでがグリエダさんのご要望です。

 ハイブルク家の臣下連中も人の痴態を見て喜んでいるからムカつきます。


 ショタを愛でられるのは受け入れた!だが強制羞恥プレイはごく少数にしか許してないのっ!


「では責任をもって帰りも送りますので」

「う、む・・・お任せしよう辺境伯プッ」


 グリエダさんの言葉に頷く長兄、笑ってもいいですよ?アリシア様との逢瀬をセイレム公爵との逢瀬に変わるようにお手紙を書くだけですから。


 グリエダさんが白王に跨る。

 俺が前でグリエダさんが後ろです。


「ブハッ!」


 はい長兄アウート。お酒もセイレム公爵に送っておくので王城で二人っきりの逢瀬を楽しんできてくださいね。期間はセイレム公爵次第にしときましょう。あいだにアリシア様と逢えたらいいですね。


 前俺、後ろグリエダさんは彼女の要望です。学園の生徒だけじゃなくて王都の中もだから羞恥心はなかなか鍛えられたよ。

 今ではこちらを見る人の顔がお野菜に見えるから不思議です。


 ふと思い出したことがある。

 前世で見た漫画に巨大な馬に男とその前に女の子が乗ったシーンなかったっけ?

 こちらは白馬イケメン女子の前にショタだけど。世紀末?戦国時代末期?どっちだったっけ。



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セルフィル「ふぬっ、はうっ」

グリエダ「可愛いなぁ」

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