第2話公爵家の朝


 セルフィル=ハイブルクの朝は早い。

 一応公爵家の子供で貴族なのだから侍女が起こしに来るまで寝ていればいい筈なんだけど。


「今日は私よっ!」

「私よっ」

「てめぇは昨日挨拶しただろうがぁっ!」

「では私が行きましょう」

「「「お前は死ねっ」」」

「ぐへぇっ」

 

俺の部屋の扉の先から女性の罵声と肉を殴打される音がした後、男が醜い声で潰れる音が聞こえてきた。


 背伸びをして体をほぐして眠気を飛ばした。

 ベッドから降りてクローゼットに入っている服を着始めた。

 侍女長が見たら公爵家の者が!と叱られるところだけど、着替えだけは俺の自由にさせてもらっている。

 おらっ!いつもセルフィル様を狙いやがって変態がっ、などと罵りつつ肉を蹴る音がリズムを刻んでいて、つい鼻歌が出てしまう。


「う~ん、髪型が整わない」


 残念ながら細くて猫っ毛の金髪の寝ぐせはどうしようもなかった。


 ドガンッ


 高位貴族の家にはありえない大きな音を立て、勢いよく扉が開かれる。


「「「セルフィル様!!」」」

「丁度良かった。寝ぐせがどうにもできなかったので直してもらえますか?」

「「「喜んでっ!」」」


 微妙に服がボサボサのメイド三人が部屋に入って来たので手伝ってもらう。


「うへへ、セルフィル様の髪だ~」

「へふぅ、身だしなみを整えますね」

「はぁぁ~美しいわ~」


 ボサボサで怪しいメイドだけど俺が中途半端に着た服や寝ぐせを素早く綺麗に整えていく。

 俺が早起きする理由は、このメイド達に襲われるから。

 過去数度メイドに襲われ、執事にも襲われたことがあるのです、性的に。

 未遂で済んで、そいつらはもちろんクビにされたけど、ハイブルク公爵家にはまだまだ変態達が生息していてその中でも上位の連中が何故か俺付きになっている謎設定。

 侍女長の、緊張感を持たないと坊ちゃまは怠けます、という一言で決まったのが納得いかない。


「「「出来上がりましたっ!」」」

「ありがとう、アリー、セイト、カルナ」

「「「はうっ」」」


 美少年ショタの感謝に胸と額に手を当ててふらりとよろめくお笑い三人メイド。

 優秀なんだけど俺の寝顔を見る為に同僚に薬を盛るぐらい平気でする変態なのだ。他にも優秀なメイドがいるから侍女長とは交渉をしようと思う。

 今まで口で勝ったことは無い。


「朝食は?」

「バルト様が王城からお戻りになられていらっしゃいます」


 部屋から出る前に聞くと打てば響くようにアリーが教えてくれた。

 俺を着飾らせる間に自分達の服装も完璧に整えていたメイド達。

 公爵家でもトップクラスで優秀なんだよな~、変態さえなければ。


 バルトとは長兄のことだ。

 いつも長兄長兄としか呼ばないのでよく記憶から名前が飛んでしまうのは困ったものである。


「今回は早かったな~何日?」

「二日ですね。もう少し正確には一昨日の夕方でしたから一日半でしょうか」

「朝早くに帰って来るなんて、よほど王城にいたくなかったみたいだね」

「まともな人材がいない場所にいるのは疲れると思います」


 セイトとカルナが話を合わせてくれた。

 ハイブルク家は俺のせいで結構緩い部分がある。締めるところは侍女長が締めまくるが。


「じゃあ、長兄と家族団欒の朝食をしようかな」


 アリー、セイト、カルナの三人を引き連れて部屋を出た。

 そこには服が破けたズタボロの執事一匹。


「アレハンドロ、その破けた服は給金から引くようにしておくからな」

「私が伝えておきます」


 三人メイドに負けて廊下で動けなくなっているのは俺専属変態執事である。男の子が好きな三十二歳、婚約者のグリエダさんに会わせたら天誅してもらえないだろうか。


<><><><><><><><>


「死んでますね顔が」

「誰のせいだ誰の」


 食堂に入室したら目の下のクマがどす黒い長兄がおかゆを食べていた。

 南部の方を探していたら日本のお米に近いものが存在していたので公爵家のコネを使って取引して手に入れていた。

 現代日本の米には数段劣るけど、公爵になってから胃弱になった長兄には大人気になってしまった。


「セルフィル様」

「ひゃい」


 食堂には長兄以外に公爵家家宰と公爵家の中では前公爵夫人しか勝てない侍女長がいた。名前を呼ばれただけで条件反射で椅子に座ってしまう。

 三人メイドは食堂に入った時点で逃亡していた。あとでチクろう。


 公爵としての長兄に対する挨拶をする。

 家宰の爺さんは好々爺で緩くてもいいけど、侍女長はブリザードなのでちゃんとした挨拶をしなければ朝から心が死んでしまう。


「お前の婚約が正式に決まったぞ」

「あ、ありがとうございます。ごねたでしょう王様」


 先日、学園から帰った日に婚約者ができたことを長兄に報告したら驚かれた。そして相手がグリエダ=アレスト女辺境伯とわかったら遠い目をされた。

 そこから長兄は婚約を確定させるために奔走させられ、ようやく今日、帰って来られたのである。


 普通はハイブルク公爵の長兄と婚約者でアレスト女辺境伯のグリエダさんの二人の同意があれば俺の婚約は成立する。

 だが今回は王家の干渉が入りまくりなハイブルク公爵家三男坊の婚約だ。

 長兄はいろいろな貴族にも根回ししてから王家に問い合わせた。

 俺の婚約者探しは王命だからね。

 悪意の嫌がらせが肩透かしになったから爆笑したけど、王からは婚約を認めてもらわなければならない。

 これまでは周囲がちゃんとしていれば無能でも大丈夫だったけど、今や無能が愚王だということが表面化している。第一王子の婚約破棄騒動のせいで周囲でまともだった宰相と騎士団長がいなくなったからね。

 今回のことだって、俺を長兄に裁かせていればハイブルク家は中立、グリエダさんとの婚約に発展することも無かったのだ。

 裏目裏目の愚王様です。

 でもその愚王様が今回の婚約の最終許可を出す立場だからさらに最悪です。


 すんなりと許可を出せば公爵二家と辺境伯家を祝福したということで、ハイブルクがセイレムを宥めるだろうし、辺境伯家は愚王から無能ぐらいには評価を格上げしただろう。

 なのにごねる愚王様、お相手が自分に恥をかかせたアレスト女辺境伯というのが許せなかったみたい。

 凄い短期間で権力二家と国最強武家、合わせて三家を敵に回した愚王様は天才だと思います。


「ああ、そんなものはありえんっ!破棄だ解消だっ!とな。破棄や解消はそもそも婚約していないとできない、そう言っている時点で自分が一度は婚約を認めてしまっているということにも気づいてなかったがな」

「長兄が王になったほうが国は安定しません?それか先王の王弟様か」

「子孫が首を切られる地位になるものか。カシウスもならん」


 国の象徴になるか、生贄になるかの地球の専制君主の末路を聞かせたからハイブルク家では上を目指すことは無いんです。

 先王の王弟カシウス様も、姉上が我が家に連れてきた時に教師に授業をしていた俺の話を聞いて、鬱屈した野望があっさりとお亡くなりになられた。

 中間より上で逃げ道用意が公爵家の基本理念である。


「セイレム公爵も味方してくれたのだが、あの無能王は意固地になってしまって公爵二家と険悪になっても認めんと言い始めた時にな」


 そこまで俺を引き抜きたいのか、いびり殺したいのか。たぶんいびり殺しなんだろうけど。


「アレスト女辺境伯がやって来た」

「おや?なぜに彼女の名が」

「昨日の夕方だったな。会議の部屋の扉が廊下側から中に吹き飛んで、現れたのが女辺境伯だ」

「そういえば昨日は用事があるとか言われて先に帰られましたね」


 最近の学園の行きと帰りは一緒だ。

 それなのに昨日は先に帰られるということでギリギリまで愛でられた。

 男ではなくマスコット枠ですよ。

 特殊性癖に襲われるよりはましだけど。今はショタでもまだ成長期なのでイケメンになるのだっ!

 現在十三歳、十歳ぐらいから身長があまり伸びていません。


 で、我が婚約者はどうして王城の会議室の扉を吹き飛ばしていたのかな?


「婚約の話が広まると手を出してくる連中がいるので王家とハイブルク、セイレムだけで交渉していたのだが」

「・・・あ」

「お前か?お前だな!?」

「バルト様」


 長兄の説明に、あることに気付いて声が出た俺を見逃さず、問い詰めようと腰をあげた長兄が、侍女長に抑えられた。

 ハイブルク家の子供は侍女長には勝てません。


「何をした?」


 怖い、口元で手を組まないでください。


「えと、昨日のお昼に、長兄が王城から帰って来ないんですよ~、て軽く言いました」


 女性相手のお話は聞き役でいれば楽なのだけど婚約者のグリエダ嬢は心も美青年で聞き役で接してくれるのだ。

 だから基本俺から話すしかなくて、まあ上手いのですよ聞き役が。

 自分が女の子になったみたいにお喋りすることになり、その中で長兄のことも話しましたよ。


「それでか・・・」

「長兄が城で拘束中だと聞いただけで自分達のことだと察知されたんですね。凄いな~」

「凄いなんてもんじゃない。彼女は私達の会議室に来るまでに城の兵士と騎士72名全員の骨を折っているんだぞ」

「・・・辺境伯家は戦闘狂なんでしょうか」


 辺境伯なら普通に城に入る許可は取れるんじゃないですか?


「呆気にとられる私達の間を通り抜けて無能王に近寄り何か囁いたら、顔を青褪めさせて慌てて婚約の許可を出してきた」


 いったい何を話したんだろう?


「グリエダ嬢は意気揚々と帰り、その後は我々で調整して軽く仮眠を取ってから朝方帰ってきた」


 鶏出汁のおかゆがなければ胃が死ぬと言いつつ食べる長兄。

 自分も同じものを鶏肉付きで頼む。


 直接王様に直訴するグリエダさん、武力MAXで素敵です。

 ハイブルク家だけで安全な俺の身がさらに強化されています。

 男女平等?ショタのような貧弱魔力持ちに何ができると?


「何か僕のことで凄いことになっているみたいですね」

「実際なっているんだ。戦時中ではないとはいえ王城がたった一人に落とされることが証明されたのだからな。これは極秘扱いになっているから知っている者にしか話さないように」

「学園ではボッチなので本人にしか話せないですね」

「そうか一人なのか、頑張れよ」


 長兄に可哀そうなものを見る目で見られた。

 俺がボッチなのは第一王子の婚約破棄の余波なんですがね。それが無ければショタ美少年には砂糖に群がる蟻のように人が寄ってきてますからっ。

 自分も王城ではボッチ・・・セイレム公爵が義父になりますから二人ですか?でもおっさんは友達とは認定しません。


「さて、そろそろお迎えが来るので失礼します」

「迎えだと?」


 綺麗に二人共食べ終えて軽く会話していると、学園に行く時間になった。


「ええ、グリエダさんが迎えに来てくれるんです」

「お前は~、こういう時は男が迎えに行くものだろうが。女性を迎えに来させるなど平民でもしないぞ」


 苦虫を噛み潰した顔になる長兄。

 長兄の言う通り男の俺がグリエダさんを迎えに行かなければいけないのだ。どの世界でも男はアッシー君。


「そうしたいのはやまやまなんですが・・・」


 家宰のおじいちゃんと侍女長を見ると目を逸らされた。こいつら長兄が起きるのが遅いから知る機会がなかったので伝えるのを忘れていたな。


「グリエダ=アレスト女辺境伯様がお越しになられました」

「まあ見ればわかります」


 メイドのカリナが彼女が迎えに来たことを伝えに来る。

 グリエダさんと長兄を会わせるのはもう少し後にするつもりだったんだが、王城で活躍を見ていることだし挨拶ぐらいならいいだろう。


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セルフィル「さあハイブルク家の栄光が始まりますよっ」

長兄「私の地獄の日々が始まるのだな」

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