婚約破棄のおかげで婚約者ができました【末っ小悪魔と乙女覇王様】

@daikin1192

第1話婚約破棄のおかげで婚約者ができました

ショタと覇王と婚約破棄


転生者が全員チートだと思うなよ。 

ハイブルク公爵家三男セルフィルである俺の今生の口癖である。

 俺は現代日本からの転生者。

 ちょっとお酒を飲み過ぎて、便器に頭を突っ込み体勢が悪くて窒息死。

 目覚めたら違う世界で公爵の三男坊。


 前世に未練が無かったとは言えないが勝ち組だーっと赤ん坊になった俺は天井に向けて両手をあげた。


 そう思ったら明らかな中世貴族社会に絶望することになる。

 俺、セルフィルは二番目の側室の子供、父親のハイブルク公爵は典型的な女性蔑視のクズ野郎で一度俺を見て女なら政略に使えたものをと言ったきり会いに来ることは無かった。


 現代日本人の俺からしてみれば少女にしか見えない今生の母が悲しそうにセルフィルを抱きしめたときに、前世のおっさんが守ると誓った。


 それから6歳になるまでに調べると魔法はあるけど身体強化ぐらい、不思議な力は宿っていない、助言してくれるサポートシステムもアイテムボックスもない。あと頭脳も天才にはならなかった。

 公爵家三男(ほぼ役立たず)に転生しただけ。ただし顔だけはかなり良かった。母が可愛い系美人だったからだろう


 なので上の兄姉に媚を売った。ついでに使用人たちも優しくして味方に。

 そして公爵夫人、第一側室も兄姉から入り込み、公爵の愚痴を聞き全てを肯定して好印象を得、家族を道具として扱う旦那で父親はいるのかと囁いた。


 数年後、愛人に病気をうつされた父親公爵は隠居、地元の領地のどこかにいる。公爵夫人から秘密♡と聞いた。超怖い、けど公爵夫人は少しきつめの顔の美人なので大好き、あと巨乳。

 まともな(矯正した良いイケメンは普通にモテるからと)長兄が16歳で家督を継げる年齢だったので公爵を継ぎ、元公爵夫人がサポート。

 第一側室の産んだ次男は公爵家が持つ子爵領を年齢が達すれば継ぐことに。(長兄に上との交渉は任せて武力面で自由にできる環境欲しくないかと次男には囁いた)


 元公爵夫人に第一側室、第二側室の俺の母は元公爵がクズということで仲良くなるように調整、子供たちの利益の配分が綺麗にできているのもあるが姉妹のように仲が良い。

 元公爵夫人が産んだ姉も先王弟との婚約となり、ハイブルク公爵家は安泰となった。

 でそれを七年で成した俺セルフィル=ハイブルクは。


「アリシア!お前は王太子である私の婚約者でありながら聖女マリルに陰湿ないじめをしていたな。そんな女を王太子妃にはできんっ!今ここで婚約を破棄する!そして私ジェイムズ=エルセレウムは聖女マリルを新たな婚約者として迎える!」


 婚約破棄の現場にいた。

 十三歳になった俺は王立学園中等部に入学し、高等部最上級生の卒業パーティーに参加している。

 同級生が数人しか参加していないパーティー、殆ど親しくもないというより卒業生のパートナーとして来ている子達ばかりなので一人で参加している俺とは挨拶ぐらいしか会話しない。


 なのでほぼ自由に壁の花どころか花を飾る花瓶を置く花台並みに気配を消し、椅子を用意して給仕係に料理を取りに行かせて一人食事に舌鼓を打って満足している。

 国内の最高の食材で作られた料理は公爵家でも頻繁には食べられない。それを食しつつ宮廷楽団の最高の演奏を聴けて、俺は最高の贅沢を満喫していた。


 まあ自分の役目と公爵家の目的を忘れかけていたことを除けばだが。

 ハイブルク家は公爵であり三男で十三になっても婚約者もおらずにフラフラしている俺でも上級貴族として絶対に参加しなければならない行事がいくつかある。

 今回の卒業パーティーもその一つ、いずれ公爵家を出ていかなければならない身では社交の場で相手を見つけなければならなかった。


 なのに食事を楽しんでいる俺。

 家庭の問題を解決した彼はすでに独身人生を楽しもうとしていた。ぶっちゃけるとその内に結婚できるさの現代日本の感覚。

 それで結構な年になっても独り身だったことを少し忘れかけている俺だ。


 ワインを頼んだら年齢で止められ、がっかりしていた耳にここ最近よく聞く不快な声が聞こえてきた。

 一応、エルセレウム王国の第一王子の顔と声ぐらいは覚えている。

 名前はすぐに忘れるけど、側近の連中もイケメンだろうが一人の女を囲っている時点で覚える必要のない連中だ。


「お約束しちゃったよ」


 茹でて剥いてある海老に白いソースが掛かっているのを指でつまんで一口で口に入れる。公爵家の侍女長に見られていたら一時間は絞られる行為だ。だが会場の全員の視線が一か所に集まっているのでここぞとばかりにやった。

 酸味のあるソースがプリプリの海老に合う、なぜ手で食べると美味しいのだろうか。


「そんなっ、私はそんなことはしておりませんっ。それに婚約を破棄だなんて嘘でございましょう!?」


 手に付いた油は・・・うん、飾りの布で拭き拭きと、証拠隠滅だ。服で拭ったら侍女長の小言が倍になるしな。


「はっ、知らないふりをしても無駄だ。お前がしていた行為を見ていた者がいるのだっ。皆セイレム公爵家の脅しにも屈せずに証言してくれると言ってくれている」


 王子が呼ぶと五人の男女が出てきた。


「私は噴水の前で聖女様の背を押しているところを見ましたっ」


 一人の女子を皮切りに次々と出てくる悪事、しかし大半が公爵家に勤める下級貴族の子女達から聞いたのよりも遥かにお優しいものであった。


 馬鹿な王子が上昇志向高すぎの女に騙された茶番劇は宮廷楽団の調べほどの興味を持てない。

 今断罪されかけているのはハイブルク公爵家に対立しているセイレム公爵家の娘である。古臭い貴族体質で毎回嫌がらせをしてくる家なので貴族社会では知らないものはいないほどだ。

 だから見捨てる。


「私はその女が聖女様の背中を押して階段に落としたのを見ていますっ」

「はっ?」


 見捨てるはずだった、最後に発言した女がいなかったら。


 ガシャン!


 勢いよく立ったせいで膝の上に置いていた皿が落ちて会場に響き、注目がこちらに向く。これから一仕事しなければならないので丁度良かった。


「大事な中で音を立てて申し訳ありません」


 前公爵夫人に鍛えられた一礼をする。

 はっはっはっ見ろっ。母譲りの童顔ショタの美少年を、メイドに数度、執事に一度襲われかけた魔性を。


「すみませんが中央の現場までの道を空けてもらえませんでしょうか」


 ニコリと笑うと人波が割れて婚約破棄現場の花道ができる。ほとんどが年上で13歳にしては低い身長の俺には人が壁の様。

 つい前世の癖で手刀で謝りながら行こうとしたので、胸を張って進んだ。


「何者だ」


 王子がアリシア嬢の横に立った俺に発言を許す。

 上の者から声を掛けないと発言も許されないのは面倒くさいと思うがまあそれは横に置いといて。


「ハイブルク公爵家三男のセルフィルと申します」


 腰から曲げての一礼、この意味がわかっていたらまだ救いがあるのだが。

 体を上げると王子は聖女?を抱きしめて傲慢ともいえる目線で見ていた。


「まずはご卒業おめでとうございます」


 ええ、卒業パーティーの中で一番の地位を持つ王子への挨拶が俺の仕事の一つでした。ハイブルク公爵家の名代で出席しているのに忘れていたよ、てへぺろ。


「そしてこのような茶番劇を開いてくださり後輩として大変興味深いものでした」

「茶番劇だと」


 王子の眉がピクリと動く。


「貴様っ!いくら公爵家の者としても失礼だぞっ!」


 王子の側近・・・ごつい身体だから騎士団長の息子かな?あとの敵意剥き出しなのはたしか宰相と大司教と大商人の息子だっけ。


「ええ、茶番劇です。アリシア=セイレム様は何者ですか?公爵令嬢でいずれ王妃になられる方ですよ」


 青褪めているアリシア嬢を向いて微笑みかける。

 大丈夫ですよ~、中身日本人のおっさんが助けてあげますから。

 前第一側室が書いた美少年がおっさん達を虜にしていく小説の魅惑の笑顔で安らいでください。さっきは見捨てようと思っていましたが。


「何を言っているっ!私が王になる」

「はい、結構ですがセイレム公爵が娘を虚仮にされて王子を支持するとでも?」


 場がピシリと凍った。

 よしその間に。邪魔なのでアリシア嬢には退場してもらおう。


「情が無いなら自分とセイレム公爵家の為に婚約破棄を受け入れて下さい。ハイブルク公爵家の名にかけて悪い様にはしません」


 こそこそと横にいるアリシア嬢にだけ伝える。


「・・・ジェイムズ=エルセレウム第一王子殿下、セイレム公爵の娘アリシアは婚約破棄を受け入れます。ただし私は国王陛下に誓い、マリル様に危害を加えるようなことはしておりませんっ!」


 こちらの言葉に目を見開くアリシア嬢、だけどすぐに王太子妃教育で培われた知識と矜持でこちらを上回る宣言をしてくれた。


 ざわつく会場、そりゃそうだ国王陛下の御名に誓うということは嘘を吐いていたと判断された場合はかなり重い罰になる。


「嘘よっ!私は確かに階段から突き落とされたのよっ」


 聖女、逆ハーかました性女らしき女が騒ぐがアリシア嬢は揺るがない。


「さて王に誓いを立ててまで無実と宣言したアリシア様を屋敷まで送ってくれる方はいらっしゃいませんか?」


 会場の男たちは動かない。

 未だ完全に落ちていく王子とアリシア嬢を天秤にかけているようだ。ここで動けばセイレム公爵に近づけるチャンスなのに、あとセイレム公爵派の連中はダメだ、自分のところの姫がピンチなのに何もしないなんて下手すると家を追い出されるぞ。


「私が送ろう」


 ハイブルク公爵派閥の奴から適当に選ぼうとしたら綺麗な声が聞こえてきた。

 聞こえた方を見ると、長身の長い銀髪を後ろでまとめた美青年がやって来た。

 周りの女性陣がホウッと息を漏らすほど格好いい。

 今の自分とは正反対の青年に少し嫉妬する。

 大丈夫まだ成長期、背は伸びるはずだ。


「お願いできますか?」

「任せてくれ」


 やだっ超美声に惚れちゃいそう。

 青年の目は深く蒼い目でこちらを見てくる。

 そっちの気はありませんから、小説ではアーッ!されているけど好きなのは女性なので。


「ありがとうございますセルフィル様」


 アリシア嬢が礼をしてくる。


「いえいえアリシア様はこれからお父上を説得してくださいね。上手くいかないとハイブルクも危機に陥るので」


 クスクス笑うアリシア嬢、うん美少女は笑う方がいい。

 彼女を青年に預ける。

 彼はすぐに会場の入り口にアリシア嬢を誘導し始めた。


「ま、待てっ!そいつは罪人だ!捕まえろっ」

「セイレム公爵派閥の人達ーっ、ここでアリシア嬢を庇わなかったらあなた達は終わりですよー」


 流れに追いついていなかった王子が再起動して会場を見張っていた騎士達に命令するが、俺も人壁を召喚する。

 会場が混乱している間にあの青年は上手く連れ出してくれた。


「この者が手引きしたのですっ!こいつを捕えなさい」


 えと確か宰相の息子だったっけ?

 そいつの命令で俺の方に騎士団長の息子が鼻息荒く近寄ってきて。


「ガアッ!?」

「ご無事ですかセルフィル様」

「うん」


 ハイブルク派閥の男共が騎士団長の息子を床に這いつくばらせた。

 愚かだよね~、俺の一言でセイレム公爵派閥が動いたのに、ハイブルク派閥が俺の為に動かないわけないじゃないか。


「なっ!?お前は王族に反抗する気か!」


 聖女を抱きしめながら唾を飛ばす王子。駄目だこいつ。


「いいえ?襲ってきた暴漢から私の家の派閥の者が助けてくれただけですよ。最初に言ったじゃないですか、私はハイブルク公爵代理でここにいるって。たかだか宰相の息子に唆されて襲ってきた騎士団長の息子に、公爵代理が襲われるのを放置するような者はハイブルクにいませんよ」


 まあ王子の命令でも動いただろうけど。

 本当にこいつら国の中枢になる連中か?確かに王は頂点だがその下には幾つもの派閥があってそれをまとめているのが公爵、侯爵、辺境伯の上位の貴族だぞ。

 すでに宰相の息子はハイブルク公爵家を完全に敵に回した。


「おいそいつの手を使いものにならなくしろ」

「はっ」


 俺の命令に派閥の男の一人が押さえつけられた騎士団長の息子の手に踵を踏み下ろす。


「っ――――!!」


 頭も押さえつけられているのでまともに叫び声も出せないようだ。

 ここでようやく会場が静まる。全員が俺セルフィル=ハイブルクを見ていた。


「今さらですが代理としてこういう物を渡されています」


 ポケットから出したのはハイブルク公爵家の紋章のピアスだ。耳に穴が無いので着けていないが当主が代理に権限を持たせるときに渡す重要なものである。


 王子は少しひるむが聖女は理解していない。

 宰相の息子は崩れ落ちた。公爵家全体を敵に回したのがわかったのかな。

 大司教と大商人の息子は顔が青褪めているだけだけど、お前らも聖女の傍にいる時点で敵だぞ。

 まあこいつらは後回しだ。用事があるのは。


「ガーネット子爵令嬢出てこい」


 用があるのは最後に告発した女だ。

 ガタガタ震えながら王子達の後ろから出てくる女。

 ハイブルク派閥の家の娘だ。


「『私はその女が聖女様の背中を押して階段に落としたのを見ていますっ』だったか?」


 ガーネット子爵令嬢は何も答えない。


「おいっ!彼女は勇気を出して」

「彼女はウチの派閥の者です。王子は口を出さないでください」


 馬鹿王子を黙らせる。

 さすがに派閥に口出すのは王家でもそう簡単にはできない。そのくらいは知識にあったようだ。


「答えろ。セイレム公爵令嬢は国王陛下の御名に誓いを立てたぞ。お前も真実なら国王陛下に誓え」


 ハイブルク派閥の連中から殺気が漏れ出している。そのくらいこのガーネット子爵令嬢はやらかした。

 先王弟に公爵家から姉が嫁いだので王太子妃のレースにはハイブルク公爵家は関わることを辞退していたのだ。

 それなのにガーネット子爵令嬢はセイレム公爵家に喧嘩を売るような真似をしたのである。

 もしセイレム公爵が怒り狂えば国が割れるのだ。


「誓いを立てなければお前の家はハイブルク公爵家が取り潰す」


 彼女は誓いを立てた。聖女に唆されて嘘を吐いたと。


<><><><><><><><>


「やり過ぎだ」

「やり過ぎましたか」


 あの卒業パーティーから一週間後にハイブルク公爵家当主、長兄に執務室に呼び出された。

 ガーネットが誓いを立てたことで王子の婚約破棄計画は瓦解した。だって残りの証言者達も嘘だったと喋り始めたんだもの。


「宰相、騎士団長は職を辞した。その息子達は領地で幽閉だ」

「あれ、辞めたんですか?優秀なんだからこき使わないと」

「辞めてはいるが後継が育つまではその補助をすることになっている」

「辞めるのが責任を取ると思われても駄目ですよね」


 ジロリと睨まれた。

 後継を作るまでが責任です。あと幽閉って大概数年で亡くなるよね。


「大司教は司祭に落とされ、息子は神父見習いで反省が見られれば見習いは外れるそうだ」


 神に仕える者が聖女に手を出しちゃ駄目でしょ。やるなら権力を持ってから裏で。


「商人は家族と共に逃亡したが国境近くで捕まった」

「処刑ですか」

「ああ」


 さすが貴族社会、平民には容赦がないな。


「偽証していた奴等はどうしましたか」

「全員平民に落とされる」


 生きているからましではない。貴族でぬくぬくと暮らしていてあんな穴だらけの策に乗る連中だ。すぐに裏道か川でお亡くなりになるだろう。


「ガーネット子爵令嬢の家は」

「子爵から爵位の返上があった」


 うん、潰してはいない。自分から望んで返上だからしょうがないね。ガーネット子爵令嬢はどっかの娼館行きかな、元気に生きていってほしい。


「聖女は教会で生涯神に仕えることになった」

「死ぬまで飼い殺しですか」


 一応魔法がある世界なのでなにか貴重な魔法でも使えたのだろう、たぶん回復魔法とかかな。


「第一王子は・・・」

「あ、あいつずっと自分が王太子と思っていましたよ」

「アリシア嬢と婚約が続いていればだな。セイレム、我がハイブルクも支持しないと表明したからそう遠くないうちに神に仕えることになるだろう」

「おお、愛する人と同じ道を行くことになるなんて良いことじゃないですか」


 たぶん去勢されるだろうし聖女とは一生会えないだろうけど。


 ハァーと息を吐く長兄。

 手で来い来いされたので近づいた。


「お前はどうして問題を起こすかなぁ」


 先ほどまでの厳格なイメージが抜けた長兄。

 公爵から兄として接することに変更したみたい。


「いや、13歳にこれ以上どうしろと?」

「ほら前世の知識を使って」

「貴族なんていない社会だったから無理ですよ」


 自分に前世知識があることは公爵家の者は全員知っている。

 中身がおっさん精神なのは教えていないが、だって産んだ我が子がおっさんて嫌でしょ?だからなんとなくうろ覚えの知識があると教えていたのである。

 微妙な現代日本の知識でも役には立つもので公爵家の資産は長兄が公爵になってからは常に右肩あがりだ。


「私は後始末で三日まともに寝ていないんだぞ。あの魔窟の中で三日」

「長兄は苦労人ですもんね」


 まだ25歳の長兄は魔窟(王城)では新参者、下に見る連中が多いらしい。前公爵夫人の息子で英才教育と現代日本の無駄知識を受けているのに愚かな連中だ。数年後には長兄に頭を下げる羽目になるだろうに。


「セイレム公爵が別人かと思うぐらいに私に好意的でな」

「おお良かったじゃないですか」


 ハイブルク公爵家に反対しまくりのセイレム公爵が長兄に接触してくるとは、アリシア嬢は父親に愛されていたようで嬉しいことだ。


「セイレム公爵は王に対し第一王子有責の婚約破棄を突き付け、なぜか私にアリシア嬢を嫁がせると宣言してな・・・」

「それはそれはおめでとうございます?」

「昨日アリシア嬢に会ってきた」

「いい子だったでしょう?こちらの意図をすぐにわかってくれて本当に助かりました」


 まさか国王陛下の御名への誓いを立ててくれるとは思いもしなかった。おかげで後が楽になったので判断力と決断力のある才女なんだと思う。


「あの王子は彼女にいったい何の不満があったんだ?少し話しただけでも素晴らしい女性だったぞ」

「すぐに身体を許してくれる方がよかっただけでは?」

「子供がそういうことを言うな」


 正直に答えただけなのに酷い。


「まあこれでハイブルクとセイレムは足並みをそろえると、よかったよかった」

「王家がお前を寄越せと言ってきている」

「処刑なのでは?」


 一応俺は公爵家の者だけど所詮三男坊、しかも長兄が公爵を継いでいるので予備としてもあまり必要が無い存在だ。

 そんな奴が公爵代理の権限を持っていたとしても、馬鹿でも第一王子を貶める行為を行ったのだ。王家は恥をかかされたので最低でも俺に報復しないと気が済まないだろう。


「お前を処刑したらハイブルクと王家の戦争になるな」

「おや王家は僕のことを知っているようで使い潰す気かな~」

「ハイブルクとアリシア嬢を助けたお前に恩を感じているセイレムからの圧力を受けて処刑なんて馬鹿なことは言わなかったがな」


 それでも寄越せというのは処刑と変わらないのでないかと思うけど。


「寄越せというのもほとんど無効にしてきた。セルフィルが場を収めなければ第一王子ではなく王家にセイレムの恨みが現状より遥かに強く向かっていたと脅してな。私が弟を売ると思っているのか」

「流石です長兄、でもかなり王と側妃には恨まれていますよね」


 王は第一王子を溺愛していると聞いている、その王子の母親は王の寵愛を受ける側妃だ。

 側妃の生まれは伯爵家、侯爵家の王妃と婚約している時から真実の愛などとほざいて、今の王は息子と同じようなことをしでかそうとしていたらしい。

 前公爵第一側室が楽しそうに俺の母と前公爵夫人に話しているのを昔聞いたことがあった。

 その時は前王が阻止したらしいが側妃として迎え入れて馬鹿な第一王子を先に産ませた。

 その時はウチの父より脳が足りないですねと言ったら母達が爆笑したのを覚えている。

 そして生まれた第一王子の後ろ盾としては伯爵家はかなり心もとないので公爵家のセイレムのアリシア様が婚約することで王子の後ろ盾となったのだ。


 親の心子知らずを親子で表したお馬鹿親子である。

 自分の息子の知能指数ぐらい調べておけよと思う。

 あと側近連中、公爵令嬢を陥れるなんてことは止めろよ。王子は助かってもお前らはセイレム公爵に殺されているから。


「恨まれてもな、お前が場をかき乱さなかったら下手すると内乱が起きたかもしれないのも気づいていない連中だ」


 長兄は頭がいいからつい貴族社会の末路や、資本主義、社会主義などいろいろと教えたので無能な今の王を嫌っている。

 アリシア嬢は無能王に宣誓できるものだよ。

 なのでハイブルク公爵家では王に宣誓するなんてしません。


「毒殺で死んだことにします?」


 それぐらいしか思いつきません。犯人は王家に向ければ・・・長兄が王になれるんじゃねえの?


「それをしたら私の仕事が増えるではないか。お前を寄越すのを拒否したら最終日にあの無能王が王命を出してきてな」


 王命、それはよほどのことが無い限り覆すことのできないものだ。


「お前が学生の間に婚約相手ができなかった場合は第二王女に入り婿することになる」

「それもう詰んでませんか?」


 ただでさえ幼少の頃からの婚約者がいない三男坊である。長兄の様に結婚しようかなと呟いたら月に何十枚もくる釣書が数倍に膨れ上がることはない。


「婚約を申し込んでも断られますよね」

「王から睨まれるのが平気ならな、ついでに公爵と侯爵までは婚約できないことになっている」

「取り込むか報復する気満々ですか。ちなみに第二王女の母親は」

「王妃だ。そこは救われたな、母の友人だからとかなり捻じ込んで下さったのだ」


 領地でバリバリ働いている前公爵夫人様に感謝をささげます。


「じゃあ卒業までギリギリまで粘って毒殺か馬車落下で公爵領に逃げ込んでおきましょうかね」

「まてまて、そんなにあっさりと貴族の地位を捨てるな」

「えー、公爵の三男坊で王とその寵愛を受けている側妃に睨まれて婚約なんてできるはずないでしょう」

「母上がいたらどうにかなったのだがな、すでに大半の家に王命は告知されている」

「ちなみにハイブルクとセイレムの派閥からは」

「どちらも駄目と釘を刺された。それにセイレムに入られたらハイブルクの弱点を持たれることになる」


 自分の家を大事にしたら自分が危機に陥りました。


「一応聞いておきますけど暗殺は無いですよね?」

「そこはこちらから、というよりセイレム公爵が釘を刺した。ハイブルクが条件を受け入れたのだから娘の恩人を暗殺などした場合はどうなるかわかるよなとな」

「わお、最高の脅しですね」

「もちろんその時はハイブルクが真っ先に王城に攻め込むがな」

「愛されてますよね~」

「ハイブルク公爵家は父を除いて全員が大切な家族と思っている変な一族だからな。要のお前が不幸になった場合。家族全員、いや公爵家に仕える者達を私は抑えられん」


 嬉しいことを言ってくれる長兄だ。

 母親の為に画策したことが、今ではハイブルク家を一致団結に塗り替えてしまった。


「まあ頑張って嫁探しをしてみます」

「母上をこちらに呼び戻す。それまではのらりくらりしていろ」

「母さんには秘密にしといてください」

「それは当然のことだ」


 前公爵夫人についていった母親はまだ若い、というよりまだ二十八歳の女性だ。そして長兄の初恋の相手でもある。

 自分が死んでも大切にはしてくれるだろう。側室にはあんまりしてほしくないけど。


「ま、あと五年ありますからどうにかしてみますよ」


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「甘かったわ~」


 ハイブルク家三男セルフィル大ピンチです。

 久しぶりに学園に登校したら顔を合わせてくれない。

 こちらから声を掛けたらヒィッと悲鳴を上げられて逃げられた。


「予想以上に王命の影響力は強かった・・・」


 上位貴族は普通に挨拶してくれるのだけど下級貴族は化け物を見たという風に逃げてしまう。

 おかげで婚約者どころかお話もできていない。

 長兄にはあと五年と言ったけど、王派の連中も嫌がらせしてきてどうしようもなくなっていた。


 長兄も動いてくれてはいるけど若い公爵は舐められている上に、ハイブルク家の女性陣が王都にいないことで貴族の繋がりの半分が使用不能なのだ。

 前公爵夫人が王都に戻ってくるのは早くてひと月、その間に王家が根回しをするには十分である。


「これは死ぬしかないか」

「ずいぶんと不穏なことを言っているな」

「はひぃっ」


 昼の休憩時間、俺以外の生徒は昼食を摂りに食堂やカフェテラスに向かっている。

 なので気を抜いて自分の今の状況を紙に書いてた。


 そこにいきなり声を掛けられれば驚くのは無理はないだろう。

 声の方を振り向くと、長身の長い銀色の髪を後ろでまとめた美青年が立っていた。

 男子の制服が少し線が細い(自分は無視して)けどよく似合っている。


「あ、卒業パーティーのときの」

「あの時以来だね」


 フフッと笑う美青年はかなり絵になっていた。

 いいかなと隣の席を見るので、手でどうぞと勧める。


「セイレム公爵には恩を売れましたか?」

「いきなりだな。私は馬車までアリシア様をお送りしただけだよ。私を知っていても親しくない者が一緒に乗れば不安しか感じないだろうし」


 座った彼に図々しく聞いてみたら軽く流されてしまった。

 肩をすくめる姿はそこまで年上でもないようだ。それに学園にいるということは生徒で、着ている制服は高等部のものである。


「会場に戻った時には魔王みたいに君が君臨していたが・・・その後の自分のことはどうしようもなかったみたいだな」

「あっ」


 書いていた紙を取り上げられ見られた。


「王家に睨まれ王派に監視され、二つの頼れるはずの公爵派閥も先に潰された上での婚約者探し。で卒業まで見つからなかったら絶対に君を恨んでいる王家に婿入りか、終わっているね」

「うぐっ」


 第三者視点から冷静に言われると自分の逃げ道があまりないというのがよくわかる。


「ん?けっこう重要なことを書いてあるのを見ているのに落ち着いているな?」

「別に見られても僕の現状だけですから、あなたが王家からの監視役でも困りませんよ」


 肩をすくめると笑われた。

 美男子は笑い方も格好良い。第一側室に見られたらまた俺が襲われる小説が書かれそうだ。


「ふふっ、いやすまない。普通の貴族なら絶望しているのに困ったなと言う君の態度が困っていないように見えて、ふふっ」

「笑ってもらえるなら嬉しいですね」


 おそらくどこかの家の跡継ぎなんだろう。

 有名どころの貴族と自分の派閥ぐらいしか覚えていない自分の記憶を探っても少しも当てはまる人物はいなかった。

 笑われてもその笑いに嫌味もなく本当に楽しいという感じだったので不快になる気も起きなかった。

 あとヅカ風イケメンの笑顔は見ている分には良いものを見られて満足。イケメンと美女に差別無しが信条です。

 でも自分がアッ──!!されるのは嫌。


「で、どうするんだい?あれだけのことをして被害は自分だけに収めようとしている君は」

「頭がいいんですね。そこまでは考えていませんでしたよ、公爵二家の権力があれば王家も後ろめたさがあるなら強引なことはしないと思っていましたし」


 彼との会話はちょっと面白い。

 中級から上の貴族の子供たちは自分の家は~とかしか言わないから何を学びに学園来ているのかわからない連中が多いので思惑を気づいてくれる人との対話は楽しかった。


「まあ一番酷い内乱は避けられましたからね。あとは僕に向けられている敵意と興味を受け止めながら高等部の適当なところで消えるのが一番穏便かなと」

「君に王家とその周囲の目が集まっている間に公爵家の力を増やすんだね」


 いやー言いたいことを先に言ってくれると楽だな。


「王家に話してもいいですよ。その頃には僕は死んでいますから、まあ公爵領のどこかに墓が立って自由し放題にさせてもらうだけですから」

「いやいやそんなことはしないよ。こんな可愛くて頭も優秀な子を平民に落とすなんてもったいない」


 あ、ヤバい人に目を付けられたかも。

 彼は俺が書いた紙を見せつける。


「セルフィル=ハイブルク」


 名前も知られて、まあ調べればすぐにわかることだ。


「我がアレスト辺境伯家に婿入りしないかい?」

「はい?」

「公爵二家の派閥でなく王族派でもない、辺境伯なので一応上位貴族だが公爵と侯爵ではないから婚約はできるよ」

「あ~少々お待ちください」


 アレスト辺境伯家、隣国と騎馬民族からエルセレウム王国の東方を守護する超武家のお家である。

 王ではなく国に仕えるという自負があり、当代の当主は女辺境伯爵で騎馬民族を無傷で追い散らした猛者であるらしい。

 王家が近衛に入れようとして断られて恥をかかされたと騎士団百名を派遣して拘束しようとしたらたった一騎の騎士に壊滅させられた。しかも全員生存してだ。


「王は国を守るということがわからぬか、ならそのそっ首切り落としに行くぞ」


 と倒れ伏した騎士団に豪語したという話が国中に広まり平凡より少し下だった王の評価が無能に変わったのだ。


「もしかしてハイブルクとの交易を望んでいます?」

「よくわかったな、現在のアレストの領地は王と側妃に嫌がらせを受けていてな。特に側妃の家の伯爵の領地が隣で関税を倍にされてかなり困っている」

「わお、無能王が愚王になっていましたか」


 もしアレスト辺境伯領が隣国、騎馬民族に抜けられたら真っ先に側妃の伯爵領が狙われるのに愚かすぎる。

 ハイブルク家はアレスト辺境領には直接は接していない。だけど。


「今のハイブルクはセイレムと仲が良くなっていくから安く通れるようになるだろう」

「よく知っていますね」


 彼は長兄がアリシア嬢と婚約したのを知っている。

 セイレムはアレスト辺境領と側妃伯爵領ほどではないが接していた。そしてハイブルクはセイレムに接している。

 これは仲が悪い者同士で見張り合えとかなり昔の王が決めたらしい。


「アレストなら婚約しても王家や王派から自分の身も守れるぞ」

「うわぁ超魅力的です」


 俺がまあ婚約者をほぼ諦めた理由は王家の制限のせいだけではない。もし婚約者を見つけ出せても妨害工作が絶対に起こって婚約者を傷つける可能性が大なのだ。中級以下の貴族から選べば死傷させるかもしれない。

 武勇を誇るアレスト家ならそういうことは大丈夫なのだろう。


 そしてアレスト家との交易の大半をハイブルクでできるのはかなり魅力だ。セイレムにもお金が落とされるだろう。


「ご姉妹はおられるのですか?」

「?いやいないな」


 なるほど俺は後妻ならぬ後夫となるのか、彼の母親ならさぞかし美人だろう。大丈夫。美人ならどんなに年上でもいけます。

 ただ彼にはすまないことになるな。自分よりも年下の父親なんて可哀想だ。

 彼は次期当主みたいだし母親のお話し相手でも探していたのかもしれない。


「ではよろしくお願いします」


 頭を下げた。


「いろいろと考えていたみたいだけど、決断が早いね」

「まあ一番いいと思っただけですよ。死亡したことにすると親に会えなくなる可能性が高かったので」


 嘘が吐けない母さんには死んだことにしたらおそらく会えなくなる。それぐらいだったら年上の女性のところに婿入りするのもいいだろう。


「それじゃ今後よろしくお願いします」


 握手の為に手を出す。

 次期当主には嫌われないようしないとね。

 彼は差し出された俺の手を見て軽く驚き、なぜかそのイケメンの頬を赤く染める。

 そしてがっしりと握手してきた。その手は予想していたよりも柔らかい。


「ああこちらこそよろしくお願いするよ」


 いいイケメン顔で爽やかに笑う。


「グリエダ=アレスト女辺境伯の名にかけて婚約者セルフィル=ハイブルクを全てから守ることを誓おう」

「ん?」


 この人は今何を言ったのかな?

 グリエダ?それは少しごついけど女性の名前じゃないですか。


「女辺境伯・・・?」

「ああそうだな。私は負傷した父の代わりに十の頃から辺境伯をしている。実権はまだ父に任せているが武力の方面では中々だと自負している」


 あ~これは言えない、まさか彼だと思っていたなんて彼女には絶対に言えません。

 なんとなくは恰好いいけど女性っぽいとは思ってましたよ。


「あの騎士団百名を倒したというのは」

「ははは、そんなのは嘘だよ」

「そうですよねそんな人数」

「実際は五十名だったな倒したのは。あとは降伏したのさ」

「・・・」


 婚約するの断れないかな~。


「私はこう見えて可愛いモノが好きなんだ」


 あ、俺を見る目つきが愛でる対象になっている。


「膝の上に乗って貰って抱きしめてもいいかい?」

「はい・・・」


 断ることはできませんでしたよ。

 満足するまで頭を撫でられました。その時に後頭部に柔らかいものが当たったので女性というのが確定。

 セルフィル=ハイブルクは最強の女辺境伯グリエダ=アレストの元に婿入りというよりお嫁に行くことになりました。


「ああ可愛いな」

「ええ公爵家でもマスコットにされるぐらいなので、いくらでも愛でてください」



 後日

「長兄、婚約者ができました」

「ブホッ!?い、いったい誰だっそんなおかしい奴は」

「グリエダ=アレスト女辺境伯です」

「・・・セイレムも合わせれば国のほぼ半分権力を握っているのも同然なのに、国最強の武力か~」

「え、僕の婚約者そんなに強いの!?」

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