名も知らぬ
晴れ時々雨
👅
興味本位で入った公園の男子トイレの手洗い場に放置されていた数冊のアダルト雑誌が、壁に嵌め込まれた分厚い飾り窓から射し込む、春を兆す西陽を反射して輝いていた。そこに誰もいないのはわかっていたが、それに伸ばす手は震えた。初めて知らない大人の女の裸をみた。女たちはまるっきり裸と縁のない場所で、服を着ているときより堂々と、普段は覆われているはずの部分を直視してはいけないようなポーズで露出し尽くしていた。小学五年、私の性の原風景だと思う。
(ない…)
提出しなければならない課題を自宅に忘れてきたことが発覚し、途方に暮れる。この授業を受け持つ教師は期限に大層な重きを置くことから、当日に用意できないとなると厳罰は免れることがない。寝る間を惜しんだ努力も水の泡になった徒労感に苛立ち、何の気なしに斜め後ろの席にいたクラスの女子に、
「ねぇ、あんたの答案貸してよ」
なんてありえない言葉を投げた。全然仲もよくないし、ほとんど喋ったこともない単なる同クラというだけの間柄だった彼女に、こともあろうか八つ当たりしたのだ。なんだかその子の雰囲気に、久しく意地悪な気持ちが芽生えた。はは、子供っぽい。馬鹿じゃないの何言ってんだろう。すぐ冷静になり撤回しようとすると彼女はいいよと言った。
「え、」
顔をみると彼女は優しげに微笑んでいた。それは彼女にとって何かいい事があったときのような、嬉しそうともとれるほど無垢な笑顔で、凝視した数秒間のうちに気色悪くなってきた。笑顔当たりしたみたいだった。
「冗談だって」
言い訳がましく身を翻して前に向き直る。それからの授業は、カッコ悪さとバツの悪さから即死したくなるのを堪えた。後ろから彼女の発する聖エネルギーを浴びた背中は壊死ししかかっていたと思う。私は帰宅すると、あの時持ち帰り、今では定番おかずと成り下がっていた引き出しの奥のエロ本をひっぱり出して乱暴にページをめくった。おなじみの顔ぶれが並ぶなか、当然だけれど、捲れど捲れどどの女も彼女ではなかった。
右手があと二本くらい欲しい。制服のシャツのボタンを外す指を持つ手と、パンツの中に忍ばせる手と、雑誌を固定するのは左に任せ、ページを繰る手。完全なる右利きなので不器用な左手に繊細な動きを求めると思考が冷静になってしまって、こんなことが捗らなくなるのは経験済みだった。口許が若干あの子に似通ったヌードモデルを探しだし、忙しく手を動かす。というか、ほとんど似てない。きっと自分だけがそう見えるって程度の女。この雑誌でいえば好みのタイプは他にいるが、今は彼女でなければならない。彼女の片鱗を見出し、四時限目の教室の照明を思い出し、いいよと笑った彼女を。郡山ありさ。郡山ありさ。郡山ありさ郡山ありさ郡山郡山郡山。あ。り。さ。涙が滲むくらい気持ちいいのに終わった感じがしなくて酷く情けない。私の膣からは粘液が止めどなく溢れ、指も下着も大変だ。弛緩しつつあるこの状態から狂熱を再燃させようと左手で右の胸の肉を掴む。左手にはちょうどいい仕事だ。大胆であればあるほど今はいいのだから。昨日爪を切ったことを後悔した。伸びた爪で胸に傷をつけたい気分だった。つけようと思わずに、行為に準じた結果そうなってしまうような傷。今私の胸はありさの仮の姿なのだ。あのとき私をしくじらせた、彼女への罰。単純に当然にただそこにいただけの、私に対して衒いのない笑顔のできる女の子の罪の印。
いいよってなに。いいよってなに。いいよってなによいいよって。きっと彼女は頼まれれば彼氏(いるとするなら)のペニスをどこでだってしゃぶる。いいよと言ったあの口で。団地の自転車置き場だって、スーパーの値引きワゴンの下に潜ってだって、岩壁でも、水中だって山中では勿論、空中でだってしゃぶりかねない。ちくしょう。ちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうちくしょう。私だってあの子の柔らかいクリトリスをねぶり上げたい。ぴたりと閉じられた小さな丘を、私のモーゼがじっとりと押し開いていく。それからあまり細くしすぎない杖で、れれれれとずっとずっとずっと弾き、その奥に控えめに聳える、出す専門の門へ。そしてあらゆるヒダやシワに潜んだ汚れを残さず綺麗に掃除してあげる。ぴかぴかのぬるぬる。そのときは靴下は履いていてね。今日のと同じやつ。でも磨くだけ汁が出てきちゃうからやめ時がわからなくて困る。だから、ありさがやめてもう許してって泣くまで。
そしたら私、いいよってにっこり笑えると思うんだ、ありさに。あれ、亜莉沙だっけ。亜理紗かもしれない。
あの子が机の上に添えた指を秘かに染める薄ピンクのネイル。わかっててやってるんでしょうそういうことを。私はすっかり正気に戻り、まずは新しいパンツに履き替える。タイミングよく生理にならないものか。洗ったパンツなんて干したらママがどんな風に勘繰るか。かといって捨てたりしても在庫狂いのママの目を誤魔化し切れるわけもない。全部めんどくさかった。十八になったら大手を振って好きなだけエロサイトを巡る。「はい」の赤文字を選択して進もう。通販で最新のエロ本を買ったっていい。もう滾りしかない。たくさんのどスケベな女どもに体を開かせて目で舐め尽くしてやる。
妄想の世界では、女が私を訝しんだりするくだりは省かれている。たとえ不気味だと思われても、偏った情報に侵された脳内の私はそれに屈することなく、むしろ糧に、強引に女を籠絡する。抱きしめる女はイヤと言いながらも何でも許してくれて、涙を溜めつつ私の与える快感に溺れていく。好きとか愛してるとかナシ。ただたまらなく欲しいんだ、女のからだが。いつかそんなことが現実になったときのために自分の体で練習しておくっていうのも悪くない。自分も女だから。まずはキスが上手くなりたいな。自分相手に鏡を舐めてみたことがあるが「鏡だな〜」以上の感想が持てないくらいにそれは鏡として立派で、想像する人間の口の感触と平面の冷たさの対比がスイッチとなり新たな妄想の扉をあけ、余計興奮してしまった。サカったあと、唾液ででろでろになったついでに舌で全面を磨いてみたが結局タオルで拭き取った。ああやばい。女体を舐めたい。女大好き。でもひとつ、こんな考えを覗かれてしまったら即爆死する機能を備えたい。
ありさのことが好きなのだろうか。よく判らないが、今は女がみんなありさに見える。私の盤上で勝手に動かす以外の彼女の反応はどんなものなのだろう。本当に何にでもいいよと答えるのだろうか。私にしても、すぐに彼女のマンコを舐め回すなんてことはできない。せめて合意を含む抵抗を受けたい。今まで割愛してきた何がしかの導入が必ずあると考えると、自分の妄想がいかに狂気じみているかわかり気が遠くなる。もしかしてこれからの私は、路傍のエロ本を探し、更にその中にまたありさの姿を探す羽目になるのだろうか。明日話しかけてみるか。おそらく彼女は、チンポに突かれて悦ぶタイプの女なんだろうな。それでもいい。確かめるためにも妙案だし、そこからこちらへ導いてやる自信があった。何しろ私たちは冒険したくてたまらないんだ。おない年の女だからわかる。
名も知らぬ 晴れ時々雨 @rio11ruiagent
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