当ててはいけないパチンコ店

本文

 僕の家の近所に、あるパチンコ店がある。

 その店には、こんなルールがあった。


『777を出したら家に帰れ』


 パチンコは特定の穴に玉を入れるゲームである。

 穴に玉を入れると、真ん中の液晶画面のルーレットが回りだす。

 ルーレットで数字が揃えば、無事に大当たりとなる。

 普通はその後継続で当たり続けるかの抽選が続くのだが、この店は違う。


『777』が出ると、必ず単発の大当たりで終わるのだ。


 そして、その当たりが終わったら。

 店を出なければならない。

 それがこの店のルールだ。


 常連客なら誰もが知っているルール。

 また、壁を見ると店側からも張り紙がなされている。

 いわば公式ルールでもあった。


 一度『777』の大当たりを出してしまったら最後。

 少なくともその日はこの店に来ないほうが良い。


 通称『アンラッキー7』。


 常連客からは、そんな風に呼ばれている。

 そんな面倒くさいルールが存在してもなお、常連客がここに来るのも、理由があった。


「近藤さん、こんちわ」


 僕がその日パチンコで買って店内の喫煙所に行くと。

 近所に住む近藤さんと言うおじいさんがいた。

 僕と彼は常連であり、この店は長い。

 二人ともパチンコが趣味の人間だ。


 僕を見かけると近藤さんは浮かない顔で「よぉ」とタバコを吸う。


「顔暗いっすね。負けたんすか」

「んなわけねーだろ。嫌なもん見ちまったんだよ」

「嫌なもん?」

「見てみろよ」


 近藤さんがガラスの向こう側のある一帯を顎で指す。

 僕が目を向けると、そこに。


 真っ赤な服を来た長い髪の女が立っていた。


 田舎のパチンコ屋では明らかに異質な赤いワンピースを着た女。

 顔は長い黒髪で隠れて見ることは出来ない。

 ただ、長袖のワンピースから覗く手足はカッターでズタズタに切ったあとがある。

 女は目の前で台を打つ男を、ジッと陰湿な目で眺めていた。


「出てるじゃないですか」

「出てるなぁ」

「あの席の人、アンラッキー7出してるんですかね」

「そりゃそうだろ。じゃなけりゃ、あの女は現れねえ」


 近藤さんはふぅーっと深く煙を吐き出す。

 僕らはいわゆる体質だった。

 この店の常連にはそうした体質の人が何人かいる。

 そして、僕を含めその人たちは、この店の異様なルールの理由を知るのだ。


「店員さん、言わなくて良いんですかね」

「言わねぇだろ」

「何でですか?」

「誰も信じねぇよ。『777』出したら変な女に取り憑かれるなんて」

「それもそうですね」

「この前も出してた兄ちゃんいただろ? そん時は店員の子が声かけてたんだよな」

「どうでした?」


 近藤さんは肩をすくめた。


「可哀想に。ブチギレられてたよ」

「あぁ。じゃあもう良いかってなりますね」

「だろ?」


 客からしたらせっかく大当たりが出たのに店を出ろと言われるのだ。

 当たってることをやっかんで店が妨害してきたとしか思えないだろう。


「あの女、何なんですかね」

「知らねぇよ。大方、どっかのギャンブラーに殺されたんだろ。怨霊だよ、怨霊」


 近藤さんはそう言うとタバコの火を灰皿に捨てて立ち上がった。


「見ろよ、あの男、そろそろ連れて行くぜ」


 言われて見てみると、ちょうど男が出玉を札に変えるところだった。

 その札を換金所でお金にするのだ。

 男が店を出ていくと、赤い女は男の後を追って出て行った。


 どこからともなくやって来た店員が、『店のルール』の張り紙を外す。

 解禁されたらしい。


「うし、これで当たり出し放題だな」

「今日は稼ぎますか」


 僕らはそう言って、台についた。


 この店では『777』を出したら家に帰らねばならない。

 でないと謎の赤い女に憑りつかれてしまうから。

 憑りつかれたら最後、どうなるかは分からない。

 少なくとも、この店に来ることは二度とない。

 それが、この店のルールだ。


 そしてもう一つ、ルールがある。


 誰かが赤い女に憑りつかれている間は。

 この出玉の良い店でどれだけ当たりを出しても、その日の間は安全が保障される。

 アンラッキー7は、ラッキー7へと姿を変える。


 それが、この呪われたパチンコ店のもう一つのルール。

 僕らが通う、最大の理由だ。

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