第42話 力を抜いて柔らかく
今年も終わる。来年は65歳になる。人生、何が起こるかわからないが、幸運にも85歳まで生きることができるとしたら、あと20年。いや、もう少し生かされるのかも知れない。あと30年あったりして。年の暮れに数字を並べて何を考えているかと言うと、通帳を眺めてお金の計算をしているのだ。
来年から年金がもらえるはず。だが、月々のやりくりの赤字と車検代、旅行費用(冷蔵庫も壊れそうだ)などは貯蓄を切り崩していくほかあるまい。20年ましてや30年、お金はもつのだろうか? 車は早めにやめるつもりだし、死ぬ間際まで旅行に行かないだろうが、医療費や施設に入るお金も必要となってくる…と思った処で不確定要素が多くて思考停止。もやもやと黒い雲がひろがって心も動かなくなった。
心停止はまずいので、ちょっと切り変えることにした。20年かぁ長いと思った。生まれた子が
さて、20年をかけて何をやっていくか…だが。
仕事で島に滞在していた友人が帰るので、久し振りに港に見送りに行った。見送り太鼓が轟き
観光業を営むご夫婦が同業者の人と話をしている。お客さんを紹介してもらえるようだ。奥様の方に目がいった。よく通る声で何度も「ありがとうございます」と言っている。上から見ると、肩に力が入り上半身が四角い板のようにみえる。満面の笑みなのだが、その手はグーに握られている。人は拳を握って笑うものではない。若くはないし経験もそれなりにある方なのだが、いつも必死に一生懸命、緊張感が伝わってくる。
いいことではないか、初心を忘れず常に一生懸命なんて、と思われる方もいると思うが、私にはピーンと張った糸が見えて、頑張りすぎ、過剰適応だなと思う。もちろん、事情も知らずに勝手なことを言うのは失礼だし、私が彼女に何かいう資格はない。私が言いたいのは、彼女の姿はまるで私だということ。実はずっと前からわかっていたのだが、私は過剰適応だと思う。
幼いころから運動オンチで不器用、頭の回転も遅い私は、いつも人に遅れをとっていた。姉が両親の期待の星で、私は期待はずれの子だと思っていた。親が特段、差別をした訳ではなく、祖母は私を
どこか不自然な愛想の良さ、不必要な緊張はもうやめたい。顔色を窺って期待を察するよりも、自分の心の声を聴きたい。…ねばならぬ、…すべき、よりも自分がどうしたいのかを考えたい。遅くてもいい。自分のペースでいい。拳を握って笑いたくはない。もっと自然な自分でありたい。
今まで何度もそう思ったが、長年の心の癖は治らなかった。でも今日、あと20年もあると思ったのだから、少しずつ少しずつやっていこう。
新しい年が来る。力を抜いて柔らかく生きていきたい。
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