第34話 おみそが観たオリンピック

 パリ2024オリンピック、楽しませていただいた。老夫婦の暮らしに笑いを!と私はリビングに来た夫に、さっきまで観ていた競技の真似をして見せた。広げた両手を高く挙げながら1歩2歩と横に歩き、右手を斜め前にグッと伸ばす。得意げに夫に聞く。「なんだと思う?」 答えはやり投げなのだが、夫は笑ってしまって答えない。バタフライやフェンシングの真似も大笑い。体操のフィニュシュ、足を揃えて両手を斜め上に伸ばしニヵッと笑う、これだけは体操!と答えてくれた。


 笑うのはわかる。昔からよく笑われた。運動音痴の私が身体を使ったパフォーマンスをすると笑いを誘うのだ。体幹がしっかりせず、固い身体がカクカク動き、リズム感がなくタイミングが外れている。身体をどう使っていいかわからない。それを右脳ではなく左脳で考えようとする。テニスのサーブで自分で放り上げたボールにラケットが当たらず、つまりサーブで空振りしたときには吉本新喜劇のオチみたいに皆が揃ってずっこけた。


 子どものころは辛かった。こと私の場合だが、運動音痴と給食の居残り、すぐ泣くことがいじめを誘ったと思う。缶けりや鬼ごっこで私はすぐにつかまる。だが、鬼になっても誰もつかまえられずに泣き出す。遊びであっても役割を全うできない者はとなる。おみそとはのことで「ちいちゃんはおみそ」と宣言される。おみそはつかまっても鬼にならない。誰も私に触らない。透明人間みたいだ。休み時間、体育の授業、給食とみんなが好きなものが嫌いだった。


 学生になっておみそは卒業したはずだったが…。嫌いな体育の授業、大嫌いなスポーツ大会、部活ではない全員参加のこういった時間は教育的見地か何か知らないが、とにかく順番にやらされる。バレーボールでは「あの子が穴」とあからさまな声が聞こえ狙われる。取れない。仲間が「あぁー」と失望の声をあげる。バスケのフリースローは1度も入らないし、ハンドボールのキーパーは、シュートする相手の顔が世にも恐ろしく微動だにできない。そんなときはいつも思っていた。おみそでいい。おみそにしてくれと。


 この話を書き始めたとき、私は運動音痴でも齢を重ねれば、楽しみながらオリンピックを観られる日が来る、一生、体育の授業がある訳じゃない(当たり前だ)を私と同じような子に伝えたいと思った。大勢の友人と元気に走り廻る幼少期がなくても、劣等感に押しつぶされそうでも、いじめがあっても、生きてさえいればいつかは幸せになれると伝えたくて、つたない童話も書いた。それは私が生涯書きたいことだが、運動音痴については…なぜずっと音痴のままなのか、理由がわかった気がする。


 オリンピアの地に立つ者は想像を絶する努力をしている。いかに才能や環境に恵まれようとも怪我や病い、思いもしない障害に見舞われることもあろう。その時、彼らはきっと「負けるもんか」「いつか見返してやる」「必ずや恩返しをする」と思ったに違いない。勝っても負けてもあふれる涙にそう思った。


 私にはその負けん気がなかった。負けず嫌いの逆で負けることに慣れきっていた。今、思い起こして一番辛かったのは、私のせいで点を取られたときに仲間があげる怒りと失望の声。競技に没頭し勝ちたいと燃える仲間と、迷惑をかけながらできないやめたいと思う私。時にやいばのような言葉が投げられた。それはとても辛いものだったが、私は悔しいとも見返してやるとも思わなかった。負けるのが悔しいから頑張る、楽しいから夢中になって続ける、それがないと上達はしない。


 右脳でも鍛えようかと、テニスボールを左で投げては取るを繰り返しながら今、私は思う。確かに負けず嫌いは上達の原動力だろう。だが、間違った負けず嫌いもある。スポーツに限ったことではないが、自分が優位に立っていないと満足できない人がいる。ならば自らの力を伸ばすことに集中すれば良いのに、比べることが好きな彼らは他人が気になって仕方がない。人が放つ光に砂をかけたりしているうちに、いじめ心が発動する。後先も相手も考えず瞬時に言葉を打ち返す。そうなると幸せは遠のく。誰も死ぬまで優位に立っていられない。一生、人と比べて生きるのも辛いよね。


 ドン、トントン…取り損ねた黄色いボールが床を転がる。おみそは相変わらずだけど、おみそだったからみえたものもある。幸せになる道が少しだけみえたかな。

 


 


 


 


 


 


 

 

 

 

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