第17話 ねぇ落ち着いて聞いて
前回、義父がもしかしたら亡くなっているのでは、と血の気が引いた話を書いた。齢を重ねると親の介護から看取りまで辛いことが色々と出てくる。病人や高齢の親を抱えていると、夜中や早朝に鳴る電話や何度かけても電話に出ないときなど、えっもしかして…という瞬間が何回かある。杞憂に終わることが多いのだが。
今、私たちはともに63歳、ともに両親を亡くしている。だから全ては過去の話になるのだが、今もドキっとしてサァーと血がひく瞬間を経験している方に、いとも馬鹿らしく杞憂に終わったエピソードを書きたい。
40の齢に移住してきたこの島は虫が多い。そして虫を食するトカゲ、カエルが沢山いる。鳥も多い。鳥はなんら問題がないと言いたいところだが、お米を盗られたことがある。安定した仕事を辞め島に来た私たちの暮らしを心配した、知人からの贈物がお米に集中したことがあった。有り難くも食べきれず保管しておいたら虫が湧いた。戦前派の親に聞いたら、紙でも敷いて外に広げておけば虫はいなくなる、米を捨てるなんてとんでもないと怒り口調で言われた。誰も捨てるなんて言っていないが。
ところが、である。言われた通りにやったらお米は全て無くなった。わずか2時間、ブルーシートの上に散らばせておいたお米。一粒残らず。誰かに盗られたのかと思ったが、人が来たらわかったはず。そう言えば鳥たちのさえずりがいつにもまして騒がしかった。食べたの? 全部? おなかパンパンで飛べなくなちゃうよ。
まぁ鳥はいい。問題は、というか、同居が許せないのはヤモリ、トカゲそしてカエルである。ヤモリなぞは知る限りの人は皆、同居している。害虫を食べて家を守ってくれる奴かも知れないが、私たちは同居が許せない。理由はひとつ、気持ちが悪い。私が大騒ぎをし夫がドタバタとタオルでつかんで外へ逃がす。
春先に羽アリが飛ぶ。繁殖相手を探すために巣から飛び立ち、見つけると羽を落とし地上をうろつき新居に潜り込む白アリである。それを狙ってカエルたちが勢揃いする。いたるところにいて車は避けきれず轢いてしまう。
そんな夜だった。夫は仕事仲間に誘われて釣りに出かけた。私は台所で食器を洗っていた。家の作りは玄関からまっすぐに廊下が伸び、突き当りがお風呂場。廊下に沿って台所と洋室が並んでいる。私は廊下に背を向けていたが、かすかな気配に振り返った。焦げ茶色の
ぎゃあぁー!物凄い声が出た。私は自分の口を押さえて廊下にへたりこんだ。奴は風呂場に逃げこんだ。耳を澄ます。近所の人が出てくる気配はない。良かった。殺されそうな声を出してしまった。カエルだとわかったら笑われる。カエル、あれがカエルなのか。絵本に出てくる緑色の小さなカエルじゃなくて、暗い色のイボイボのヒキガエル。20センチはゆうにあった。どうする?どうしょう。あんな気持ち悪いのを捕まえて外に出す? できない。だが、カエルのいる家には一刻も居られない。
私は走った。何も持たず髪をふりみだして走った。夫がいる港まで。
夫を見つけると肩で息をしながら言った。
「ねぇ落ち着いて聞いて」 夫の顔に緊張が走った。構わず私は続けた。
「カエルがいるの!うちのなかにカエルがいるの」
「ええ!カエル。なんだぁ……。俺、親父が死んだと思ったぁ」
ごめんなさい。驚かせてごめんなさい。落ち着くのは私のほうです。
だけど今、我が家には、でっかいイボイボのヒキガエルがいます。
追伸:このあとのカエル捕物劇は次の機会に書きます。
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