第15話 郵便ポスト、どこにあったっけ

 郵便局の赤いポスト、手紙を入れると届けてくれるアレです。家から駅までの間にどこにあるか言えますか? 以前の職場で道を説明していたとき、その先の道、ほらポストのある角を曲がると…と言ったら、えっポストなんてあったけ、と言われた。いつも通る道なのに…。その人を批判するつもりはなくて、ただ思うのはきっとポストに手を合わせた経験がないんだなって。私だって人が行き交う道でポストに手を合わせてお辞儀したりはしないけど、心のなかで手を合わせたことはある。どうか書類審査が通りますように…とか、この思いが伝わりますように…とか、大事な書類、ちゃんと入れたぞ、とか。人は心が動かないとそこにあるものも見えないんだ。


 島に移住してクリーンセンターの事務のバイトをした。通称ゴミ屋さん。数少ない事務の仕事につけたことが嬉しかった。パッカー車で集めてきたゴミの重さを測ったり、持込みゴミの受付をした。午後は明朝回収する空き缶やペットボトルなどのリサイクルカゴを配る。この仕事に就いて半年経ってから、休みをとって実家に帰ったとき、街なかのリサイクルカゴが目に飛び込んできた。こんなにたくさん、いろいろなところにゴミ置き場があったのだ。ずっと暮らしてきて、駅までの道、いつも通っていた道にたくさん。人は心が動かないとそこにあるものも見えないんだ。


 次に建設会社でバイトをした。私はやらなかったけど、交通誘導員っていう仕事がある。通称ハタ振りさん。それも次の休みに実家に帰ったら、ハタ振りさんが目に飛び込んできた。都心に出かけて行けば、そこかしこにいる。かなり高齢の方もいるし、外国人の方もいる。今まではどんな人がやっているか顔も見たことがなかった。暑いなか寒いなか立ちぱなっし。無神経な人や言うことをきかない人どころか、信じられないほど危ない人がいて大変なんだよね。身も心もすり減らす。

やっぱり人は心が動かないとそこにあるものも見えないんだ。


 齢を重ねて今、仕事を辞めて10カ月になる。夫とふたりの老後生活。時間を気にせず散歩に出ている。ずっとそこにあったのに見えなくて、新たに見えてきたものはあるだろうか。木を見るようになったかな。葉の色は緑のクレヨン1本では描けない。初々しい黄緑から深い森を思わせる濃い緑、つやつやの緑から灰色がかった緑まで様々。海の色も土の色もそうだ。この島は赤土の大地、レンガのような色をして粘土質だ。そういえば生まれ育った土地は焦げ茶色の土だったなって、今更ながら気がついた。通学も通勤もコンクリートの舗装路で、土にまみれて遊んだこともないけれど、生まれた土地の土の色は覚えているものだなと思った。


 見えていないことはたくさんあるし、知らないことは星の数だ。世界にはいまだ戦争があって、連日、痛ましいニュースばかりが流れるが、なぜ争うのか、なぜやめられないのか、マスメディアの言うことは正しいのか、わからないことばかりだ。せめて、世の中がわかったつもりののばあさんにはならないようにしよう。


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