第14話 月あかりの夜に その2

 今宵は十三夜月じゅうさんやづき。山吹色の大きな月が出ている。夫とふたり、歩く私達を優しく照らして…と書きたいところだが、ふたりの影法師は異様な姿。夫は釣り竿を、私は直径50センチもある網を肩にかけている。夫は私より30センチ背が高く、体重はちょうど倍である。昼間だったらガキ大将が子分を連れて歩いているようだが、今宵の影法師は夫の四角い身体に竿という名の角が生え、私は小さな身体に巨大なの頭(網なのだが)ついているようで、さながら宇宙人のふたりづれである。


 人も車も通らない。街灯も人家の光もないが、月灯りが行く道をうっすらと照らしている。そういえば島に来た当初、歩いて釣りに行く私達を拾ってくれた人がいた。島育ちの強面こわもてのおじさんがキュと車を止め、巨大な網を見上げながら「マグロでも釣るんかぁ」とニィと笑った。「何を釣りたいんだ? 漁場まで乗せてやるよ」と言ってくれた。何を釣りたい?と言われても初心者の私たちは、かかったものを釣ろうと思っていたわけで何を釣るとか、とかエサとか全くわかっていなかった。巨大な網も東京と比べてしまうと悲しいほど品数が少ない店先で、大は小を兼ねると思って買ったもの。マグロを釣ろうなんてゆめゆめ思っていない。


 あれから数年が経つが釣りは未だ初心者。とは魚の住む階層、水深のこと。網はタモと呼ぶことを知ったが、相も変わらず、かかったものを釣って喜んでいる。こうやって出かけて行くのが楽しい…が、ふいに月に雲がかかる。道の両側の草木がザワザワと葉を揺らし、なにやらガサガサと音がする。ねずみかトカゲか?なにせ島は枯葉も大きい。強い日差しでカラカラに乾いた手の平より大きい葉っぱが敷き詰められているから、小さなトカゲでもガサガサと音を立てる。都会で人の多さに辟易していた私達はこの誰もいない空間に狂喜乱舞したものだが、実は怖い。何が怖いのかと言うと誰もいないと思ったところに誰かがいる気配がする、例えばガサガサとかボゥと見える何かとか。そこにいるものが人間、そして善良な市民とわかるまでが怖い。


 海側に車が2台ほど停まれる草むら、その先が崖になっているところに出た。崖というほどでもないが海面まで2メートル弱、釣り糸をまっすぐ垂らせる岩場、今宵の目的地だ。夫は竿を肩から降ろし崖の方へと近づいて行った。そのあとを私はそろそろとついていく。足に草があたるのがわかるが足元は全く見えない。海は波音もなく湖面のように静まりかえっている。崖の手前にぼんやりと人影が見えた。釣り竿は見えないが、肘を曲げた両手を前に出しているような恰好だ。夫が声をかけた。


「こんばんはぁ。釣れますかぁ?」

返事がない。もう1度、もう1歩、近づこうとした夫のシャツを私はぐっと握りしめた。おかしいよ、なんかおかしい。頭と身体の大きさが…肩幅が狭いというか…アンバランス…人間じゃないよ、まさか宇宙人…血の気がひいていく。

 雲が切れた。月が海を照らす。水面みなもが銀色に輝く。いきなり夫が笑い出した。挨拶をした相手は切り株。立ち枯れた1本の木であった。


 


 

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