第7話 銀髪に憧れて丸刈りに
銀髪って表現で伝わるかしら。真っ白な髪にしたい。草笛光子さんのような。うちのおばあちゃんは白いご飯のことを銀しゃりって言っていたから、銀髪って言わせてほしい。銀髪にしようと思った。だから丸刈りにしてもらった。夫にバリカンで。高校野球の選手のような頭。いやぁ触り心地が新鮮。ジャリジャリって。
銀髪にするのになんで丸刈り? 若白髪で40台後半から髪を染めていた。週末に必ず。染めないと雪をかぶった富士山。髪も痛んでいるし、仕事を辞めたらバッサリ切ってキラキラの銀髪を1から育てようと思った。
バリカンを持ちながら夫が心配そうに言う。丸刈り?上だけ残せば? シーナ・イーストンみたいにしてあげる。映画好きの夫は素敵な女優さんの顔をボワンと描いたが、妻の顔立ちがそれをパチンとこわした。富士山の土の部分を刈り上げ、雪の部分を残しカッコよく整える…のだが、丸みを帯びたホームベースに白いトサカが立っているようになった。かくして年末に丸刈り。ニット帽を買った。冬で良かった。
春がきた。丸刈りから4か月。4センチほど伸びた。白いトサカ部分はなでつけると横に流せるようになった。ホームベース型の頬はむきだしで恥ずかしいが、帽子を取って電車に乗った。立っている人が十数人の車内、優先席が1つ空いていた。その近くに70台位の女性が立っていた。白い髪をお団子にして、おくれ毛数本。背中が丸い。座ればいいのに、皆そう思っているよ、と思った。そして気がついた。
人は目の前に鏡がないとわからない。私も同じように見られている。座ってよ、そのほうが落ち着くって私も思われている。席を譲られる日も近いかも。その時はお礼を言って素直に座れるように、今から心の準備をしよう。断られると身の置きどころがないからね。
丸刈りにして気がついた。何もかも楽。トリートメントもブローも、その後に洗面台と床に落ちた髪の毛を拾うのも、せっかく整えた髪が風に乱れるのを気にすることもない。時間節約。だけど自分のために使う時間は無駄ではないかもね。街角でTVカメラの前でインタビューを受けている女の子がしきりに前髪を直している。気持ちはわかる、私もそうした。でも気にしすぎは可笑しい。
銀髪を目指して気がついた。おくれ毛が時に魅惑的に映るのも、古着や崩した着こなしが格好良く見えるのも若さゆえである。これからは背筋を伸ばして歩こう。背筋も膝裏も伸ばして立っていよう。席を譲られないように。きちんとした服装をして、薄く化粧をして、銀髪に似合う明るい色のイヤーカフでもつけよう。どこを切ればいいの?と美容師さんを悩ませる髪でもこまめに整えてもらおう。
会社員時代。急ぎの案件で承認印をもらいたいのに課長がいない。どこ行ったの?
/床屋さんらしいよ/えーこんな大事な時に(そこでやめておけばいいのに思わず言い放った)どこを切るのよ、バーコード頭のくせに。
課長、ごめんなさい。いつまでもダンディでいて…いようとしてください。
私もがんばります。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます