第7話 カウンセラー
「ねぇリタさん、僕あんなこと言ったけど、
ダンジョンの入り口から水の神殿前に瞬間移動した後で、ルシェは正直に言った。
「ルシェ君、カウンセラーの仕事はね、まずは相手の話をじっくりと聞くことだよ。問題を解決することじゃない。それに、自分以外の誰かに話をすることで、その人自身が気づくこともあるだろうしね。それに、私もついてるんだから」
「そうだよね、リタさんがいるもんね! リタさんはお悩み解決のプロだもの!」
ルシェはパッと
「まあ、そうだけど……それにね、話しやすさってのはあると思うよ。彼らから見たら、私はランクが上の同種族だから、悩みや愚痴は言いにくいだろうしねぇ」
「あっ……そうか……」
「まあ、あまり気負わないで……じゃあまた来週、この場所でいいかな?」
「あ、はい……」
リタはルシェが頷いたのを見ると、にこりと笑って姿を消した。
「新しいノート、準備しようかな……」
ルシェは水の神殿前で一人、ソワソワしていたのだった。
「よう、レオ君! どうよ、皆の反響は?」
「ああ、リタさん! 皆驚いてたよ! なにせ人間の子供だからね! 退治されるんじゃない? なんて心配してるやつもいたけど、俺と数分にらめっこした話したら、じゃあ大丈夫か……って。俺、最弱だからなぁ」
ダンジョンに再び姿を現したリタに、レオは状況を説明した。
「おぉおぉ、いい反応だね……で、隊長さんはどうだった?」
「ハリィ隊長は新しいもの好きだから、大喜びしてたさ。この後、話をしに行くんだろ?」
「あぁ、隊長さんにはきちんと話を通しておかないとだからね……ところで、レオ君から見たあの子、率直に言ってどうだい?」
「どう?」
「仲良くなれそうかな?」
「うーん、それはあの坊主次第じゃないか? 今日初めてだったんだろ、モンスター見たの……『出たあ』なんてさ、ああいうリアクションされたの久々で、ちょっと嬉しかったよね」
レオはにこりと笑った。
「まあ、ダンジョンっていったら、たいていがレベルアップや金目当てで来る人間だから、戦う気満々の奴が多いもんな」
リタがうんうん、と頷きながら言う。
「そうなんだよね……まあ、こっちもベテランだから、慣れっこなんだけどさ……だけど慣れてるからって、攻撃されるのは痛いから嫌なんだけどさ」
はぁ、とレオはため息を吐いた。
「苦労してますな」
「まあ、あの坊主が金を気にせずにリタさんの手を借りられるようになって、俺らは愚痴をぶつけられる……一石二鳥っていうやつじゃん。さすがリタさんだよ」
「いや、それはあの子に適性があったからできたことさ。人間と魔物の架け橋になれそうな子は、貴重だからスカウトしない手はないよ」
リタはにこりと笑う。
「今の魔王様、相当人間寄りだもんな……一度も会ったことないけど」
「そりゃそうさ……なんてったって、愛する嫁さんが人間なんだから」
「えっ、そうなの?」
レオは目を丸くしてリタを見た。
「昔、一度だけ会ったことがあるんだよ……肉体はアヤカシのものだったから、純粋な人間とは言えないけど……魂は、間違いなく人間のものだった」
リタは懐かしむように目を細めた。
「へぇ……そりゃまた、変わってんなあ……」
「まったく、羨ましいことだよ」
「え? なにが?」
「なんでもないよ。あ、隊長いたから行ってくる……じゃあな、レオ君!」
リタはなにかを誤魔化すかのように曖昧な笑みを浮かべ、レオに背を向けた。
「スライムには性別ってもんがないからな……いまいち恋愛感情とかよくわからんのよ……まっ、いっか」
レオは呟き、ダンジョン内のパトロールへと戻って行ったのだった。
「この山……緑が復活したんですね……」
突然男に声をかけられ、兎はびくりと体を震わせた。
そして辺りをきょろきょろと見回すが、そこに人語を理解できそうなものの姿はない。
「あなたに話しかけたんですよ、可愛らしい兎さん……あなたは山の主の使いでしょう? 他の
「よくわかりましたね……」
兎は驚き、声の主を見た。
見た目は人間の若者のように見えるが、そうではない。
この山は、人の手がまったく入っていない。つまり、人間が足を踏み入れられるような山ではないのだ。
「お兄さんは、魔族ですね?」
兎は訊ねる。
「そうです、よくわかりましたね」
男はにこりと微笑んだ。
柔らかく、どこか頼りない印象の笑みだ。
ぐらりと、兎の中で何かが突き動かされる。
「私の主の嫁さん、魔族だったもんで……」
ドギマギする胸に内心で首を傾げながら、兎は言った。
「そうでしたよね……美しかったこの山の生気を吸い取って枯らして、随分ひどいことをするものだと思っていましたよ……でも私は部外者ですから、口を出したりはしませんでしたが……あなたの主は、決断を下したのですね」
決断を下した、という言葉は、山の主が妻だった魔族の命を断ったことを意味する。
「はい……色々とありまして……詳しくは言えませんが」
「英断だったと思います。やはり主たるもの、第一に優先すべきは守るべき民ですからね……私も、いずれは……」
そこまで言い、男は深いため息を吐いた。
「なにか、悩みでも?」
「えぇ、まあ……でも、これは私の性格上の問題なので、悩んでも仕方のないことなんですが」
「聞くだけなら! 私にもできます!」
兎は胸を張り、その胸をトンと叩いた。
その様に、男はくすりと笑う。
「随分頼もしい兎さんですね……私も主になったら、あなたのように頼もしい味方が欲しいものです」
「主……魔族の主……えっ……魔王? 魔王⁉」
「あぁ、あくまでその継承権を持っているというだけですよ」
驚く兎に、男は少し照れくさそうに笑った。
「では……あなたが王になられたら、私をあなたの下で働かせてください」
兎はまっすぐに男を見つめ、言った。
「えっ……でも……そうしたら、この山の主が困るのではないですか?」
「大丈夫です! その日までに、私は後任のものを育てますから! 時折新しい風を入れることは、良いことだと思います!」
きっぱりと言い切った兎の黒い瞳をじっと見つめ、男は微笑んだ。
「わかりました。では私が王位を継いだら、またここに来て、山の主に直接お願いすることにします」
「はい! 待っています!」
「ありがとう、話を聞いてくれて……実は課題がうまくいかなくて落ち込んでいたんだけれど、お陰でまた頑張ろうかなと思えてきたよ」
立ち去り際の男の言葉が、兎の胸に深く刻まれる。
「お役に立てて、嬉しいです……」
残った風に、兎の呟き声がさらりと流れた。
その五十年後、男は王位を継ぎ妻と共に山を訪れた。
「嫁……」
兎はあまりのショックに倒れそうになったが、男のあまりに幸せそうな
この人の為に、この人の思想を叶える為に、私は力を尽くそう。例え、この恋心が永遠に叶わなくとも。
そう心に固く誓った兎は、魔王によって人型の体と魔力を与えられ、同時にリタという名を得たのであった。
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