第29話 人手

蒸留機は現代であれば家庭用で数百万円あれば(ピンからキリだが)それなりの物が買える。

ハジメは商業用の物は故郷の北海道・余市にある醸造所で何度か実物は見た事がある。


ただ当たり前だがこの世界では未だ存在しないので商会に頼んで純度の高い銅を手に入れてもらい試作品をドワーフに作っている。


試作品が出来上がるまでにまず雛形を作りたいので代官屋敷から少し登った丘に川から水を引いて30坪位の平屋を建て、作業部屋の25畳と事務所の5畳と寝かしておく保管部屋の約10畳の3部屋に分けた。

ウイスキーを作る上で大事な温度計も圧力計も無いので、手探りでやっていくしか無い。昔の人も沸騰前の音なんかで判断していたのだろうし。

次に発酵させるために必要な酵母だが、主食がパンのこの世界には数種類の酵母が発明されておりそれを代用してみる事にした。



醸造所の建設に前後して、ジョシュワ商会の支店が出来てから物と人がミルズ村に入ってきた。

これはパウロにお願いしていた、アウレリアからの移住の希望者達だった。リバーシのおかげで新しい産業が出来ていたが、やはり大きな街になると一定数は仕事に就きたくても仕事ご無い人が出てくる。 

辺鄙な田舎の村に来てくれる若者は少ないかと思ったが、商会が募集を募った事で安心感があり移住後の数年は納税の優遇措置を決めた事も相まっておおよそ50人の働き盛りを確保できた。



そしてこの醸造所の仕事を任せる人を面接で決める事になった。応募の中に宣言の時にハジメに話しかけてきた若い男の2人の姿があった。

『君たちも、応募に参加してくれたんだな。』ハジメは声を掛ける。

彼はアイラとスコットという名前で村の若者達のリーダー的な立ち位置だった。

『ハジメ様!覚えててくれたんですか?』

『勿論だ。あの時すぐに話しかけてくれて嬉しかったよ。この仕事は今までに無いものを生み出すから是非君たちみたいな若者と一緒に作っていけたら俺も嬉しい。』


アイラとスコットは即採用として、移住者の中からもアウレリアでエール製造に携わる仕事の経験あるシーバスという男も採用した。こうして人材の目処も一通りついた。


ウイスキー醸造と並行して雪が降るまでにやっておきたかったのが温泉の採掘だ。


どちらもハジメの趣味なのだが、強い観光資源になるので欲望丸出しというわけでは無い。

ミルズ山の中腹標高約400mの辺りに湯気と泡が出ている小さな泉がある事が村の猟師の情報で明らかになった。

さっそくハジメが見にいくと確かにやや硫黄臭がする温泉のようだ。素手では触れないくらい熱いのでコレを日本の水道橋の様に引いてこれれば村に温泉施設を作れる。


以前に募集していた温泉の人手を動員して温源泉を掘り広げるチームと温泉を引く管の設置チーム、村側に貯水しておく貯水地・浴室の建設チームの3つに分けた。こちらは主に掘るチームを村人に菅の設置は移住者チームに任せてシアに調整の責任者になってもらった。繋ぐ菅と言っても塩ビ管はないので土を数十センチ掘りレンガを敷き詰めて上もレンガで蓋をして簡易的な管とした。


内装はハジメ自ら指揮する事にした。

浴槽には自分のイメージを反映させたかったからだ。


男女別に内風呂と露天風呂の二つ浴槽を作り、そして少し離れた所に離れを作ってハジメ用(来客用)も作るつもりだった。


ミルズ山から適当な大きさの石を集めてもらい原始的なコンクリートを生成して接合材とした。スーパー銭湯なんかでよく見る10人くらいが入れる岩風呂風の浴槽だ。

この時に細かく砕いた砂利や粘土質の石も混ぜて作ったセメント(もどき)が商会傘下の建設現場監督の目に留まり、画期的な発明としてパウロに報告されアウレリアのみならず王国中で接合材としてハジメ卿セメントとして有名になる。

このセメントのおかげで菅の工事も簡単になり雪が降るギリギリ前にハジメ達用の温泉も完成した。

村人は基本無料とした事で益々ハジメに対する好感度が上がり、手が空いている村人が自主的に温泉の清掃をしてくれる事になった。


後日、ルーカスとパウロが視察の為に温泉に入りに来たが大変好評で、次はお互いに家族を連れてくる事になった。


それから数日後

ハジメは代官屋敷での事務仕事を終え露天風呂で1人、冬の夜空に想いを馳せる。

(あっという間に一年が終わっていくんだな。こっちに来てから約半年だったけど濃密な時間だった。来年はもっとこの村を住みやすい所に変えていきたいな。)


こうしていよいよ雪も降り始め一年が終わろうとしていた。

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